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伊豆の海辺で冥想。

 

水しぶき、風、日差しを肌に受けて

突然すべてが生きているという実感が

生々しく全方位から立ち現れました。

今日も命にありがとうございます。

 

 

 

さていま

ちょうど、うお座新月ですね。

 

うお座新月は、内面の癒し、浄化、精神的な望みをするのによいようです。

ノートなどに書き記すのもいいかもしれません。

 

友人で作家の高森玲子さんが教えてくれたのですが

「自分と他人の境目のない魚座の新月なので、

自分の願いをみんなの願いに重ねて、まとめて叶ってしまうイメージで!」

とのこと。

 

 

では、わたくしも書き記します。

(以下、ナイショ)

 

と思ったけど書いちゃえ。

 

 

「四弘誓願文」

衆生無辺誓願度 しゅじょうむへんせいがんど

煩悩無尽誓願断 ぼんのうむじんせいがんだん

法門無量誓願学 ほうもんむりょうせいがんがく

仏道無上誓願成 ぶつどうむじょうせいがんじょう

 

衆生は無辺なれど誓って度せんことを願う。

煩悩は無尽なれど誓って断ぜんことを願う。

法門は無量なれど誓って学ばんことを願う。

仏道は無上なれど誓って成ぜんことを願う。

 

この文章、

沖道ヨガ生活行持集の中にありまして

山中や海辺や公園などで、

大きな声で明るく唱えています(^^)

 

*「度」は、「悟ること」

 

今回は今井浜の防波堤で佐藤松義先生と高らかに。

海鳥たちが聞いていました!?

 

 

~~~

 

さて

先日、日経新聞に、小林正観さんのCDブックの広告を掲出しました(^^)

 

「小林正観CDブック 神様を味方にする法則」

 

◎仕事の本質は「お金を稼ぐ」ことではなく「いかに喜ばれる存在になれるか」にあるらしい

◎商売繁盛のヒント=「自分が客ならどう喜ばせてほしいか」

◎お金が喜ぶ習慣=行列のできないラーメン屋で食事する

◎神様が喜ぶ寄付の目安=そのときの所持金の1割くらい

◎伊勢の老舗和菓子店に客が途切れない訳=店主が神様にお願いごとをしていないから

◎最高の仲間に恵まれる人=いばらず、どならず、怒らない人

◎夫・子どもを大成させるなら、名前を呼ぶとき○○するといい

◎夫婦とは好きで結びついたのではなく「互いの幼稚性を克服し、人格を磨き合うために結びついた関係らしい

◎「ヨーイドンで1位を目指しなさい」という生き方ではけっして幸せを感じられない理由

◎美空ひばりはなぜ最期に「川の流れのように」を歌ったかを考えると、人生のしくみがわかる

◎「まだ不幸だ」「もっと欲しい」と不平不満を言うかわりにただ「ありがとう」と声に出し続けると奇跡が起こる ほか

 

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以下に本書の内容を少し抜粋してご紹介します。

 

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【神様の愛を実感する方法】


■奇跡的につながらなかった電話

ある年の4月7日、数十日ぶりに家に帰りました。
翌朝、南の窓のカーテンを開けたら、小学校の校庭の桜が満開だった。
8日じゅうにはもう別のところに出かけ、以後、数十日にわたって家に帰れないという予定だったので、家の窓から朝の景色を眺められるのは、この8日だけという状況でした。

たまたま帰ったその日、桜が満開だったのです。

あるとき、なじみの宿を出て1時間ほどたって、いつもお尻のポケットに入れている財布がないことに気がつきました。
宿に電話を入れました。そんなにはやっている宿ではありません。ですが、電話が何回も話し中。
午後になっても、全然つながりません。けっきょく、次の宿に入るまで、電話は通じませんでした。
宿に入って荷物を開けたら、いつもはポケットにあるはずの財布が、荷物の中にありました。

「電話が通じなくてよかった」と思いました。

もし通じていたら、私は「財布は宿のどこかにある」と主張していました。宿のどこにも財布は見つからず、宿の人は嫌な思いをしたことでしょう。

この宿には、後にも先にも、連続して電話が通じなかったことはありません。そのときだけ、奇跡的に、通じなかったのです。

■不思議な現象は1000回も起きていた

神様に感謝したくなるような「不思議な偶然」を、私は、「天の微笑み」と名づけました。

天の微笑みを書きとめておくと、人生がより楽しくなります。
私の場合は、40年の間に、約1000の項目がたまりました。
1000個というとすごい数のようですが、1年にしたら25個。
12カ月で割ったら、1カ月2個くらいです。
特にものすごい数というわけではないでしょう。

「こんな偶然が起きて、楽しい」と思えたら、ノートに書いていきます。人に見せるものではないので、「すごい」内容かどうかは問題外です。安っぽいことでいいのです。
自分が思い出せればいいので、細かく書きとめる必要もありません。

不思議な現象の1つひとつに、特別の意味があるわけではないでしょう。
ただ、それらをにノートに書きため、何十と並べると、ある種の感慨がわいてきます。

「私は神に好かれているかもしれない」というものです。

元気がないとき、この「天の微笑み」ノートを見てみる。
1つひとつは取るに足らないことかもしれませんが、並べたものを見ていると、「こんなにたくさんの偶然が、1人のもとに集まるだろうか?」と思えます。

自分は神様に愛されているということが実感できます。(続く)

~『小林正観CDブック 神様を味方にする法則』より

※ゆほびかFBで担当編集者の伊藤がプレゼントキャンペーンやってます 


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天の微笑みといいたくなる出来事、、、

よく考えると毎日毎日が全部

その積み重ねなのかもしれません。

 

今日も、とてもうれしいこと、楽しいこと、笑いたくなることがたくさんありました。

おいしいお味噌汁だったり

煮物だったり

新しいカーディガンだったり

 

人から見たら他愛ないことでも

自分にとっては生きててよかったと思える出来事、
大好きな人たちの顔、

大好きな音楽、映画、絵、

おいしかった食べ物、

感動した景色、

思い浮かべると

もう星の数ほどあります。

 

それらすべて、宇宙の歴史のなかで

気が遠くなるほどの偶然の積み重ねの中から

ここしかない!という最高のタイミングで、

自分の目の前に立ち現れたと思うと

ほんとうに有り難いと感じます。

 

 

今日もお読みくださり感謝です。

すてきな一週間をお過ごしください。