** STILL BORN 退院の日 ** | Tortue topico*

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**アンティークに魅せられて**
いい事も 悪い事も 全て人生…
時が経てば味になる。
そんな風に生きられたらいいなぁ
お空に還した我が子の為に 
生きる意味を見つけながら
暮らしていきたい

好きなもの色々ひとりごと。。。

6月17日 朝

スーちゃんの身体をこの手に抱ける最後の朝。




朝食の途中で看護士が呼びにきた。

予定より早めに先生が診てくれるというので処置室に来るようにとのこと。


退院前の診察に向かう。

夜中に陣痛が強くなった時、先生に診てもらった処置室だ。


私が最初らしい。


ドアが開け放してある処置室と産科病棟の廊下はカーテンの仕切りだけ。

廊下で順番を待つ妊婦さんの話し声が聞こえてくるのがつらかった。

私はもう妊婦ではないんだ。。。



新人の看護士なのか、指示も曖昧で、処置台に乗せられ、しばらくすると先生が来たが、必要な準備をこの看護師がしていなかったらしく、更に待たされた。

先生と同行してきたベテラン看護士がすまなそうに謝ってくれたけど、少しイライラした。


診察してくれたのは、一度、妊婦検診でお世話になった先生だった。


あの時は「順調」だと言ってもらえて凄く嬉しかったのに。



子宮の状態を診てもらう。

内診とエコー。

何度見ても子宮は空っぽ。。。


「大丈夫そうですね。キレイですね」と言われて退院の許可が出たが、嬉しくない。

子宮の中は何もなくて、キレイというのは今の私には酷な言葉だった。


新人看護師に変な風にまくられたままの産褥ショーツが腰の方まで上がっていて、診察台から降りるときに悪露がついてしまった。

こんなことにも、いちいちイライラしてしまった。


先生にはお礼を言い、処置室をでた。


廊下でイスに座って談話している順番待ちの妊婦さん達から目をそらせて、まだ痛むお腹と腰を気にしながら、足早に部屋に戻った。




食べかけだった朝食を済ませて、食器を廊下の配膳台に戻した。



8時半ごろ夫と義母が部屋に来た。

義父は直接斎場へ行くということらしかった。


夫はノーネクタイだけど、黒の礼服。

義母も黒っぽい服装。


私も実家の母に黒っぽい服を持ってきてくれるよう昨日頼んだ。


少ししたら実家の家族も来てくれた。

両親のほかに弟。そして、母の妹、つまり私の叔母。


実家に暮らす弟は前の妊娠の時も喜んでくれた。

だけど、ダメだった。

そして今回やっと授かった時は少し待ってから母から報告してもらった。

検診や検査のたびに実家に立ち寄っていたので、いつもはぶっきらぼうな弟だけど膨らんでいく私のお腹を喜んでくれてた。

今度はきっと大丈夫だろうと、家族全員が思っていた。


「来てくれてありがとう」

弟と叔母に言う。


顔を見たら泣いてしまった。



今日、スーちゃんを棺におさめる。

その時に、一緒にいれてあげたいものを両親に頼んでおいた。

入院中の私が用意することも出来なかったので、両親も快く引き受けてくれた。


まだ18週だったスーちゃん。

赤ちゃんの物はこれから色々と準備するつもりだった。

こんな形で初孫の為にベビー用品売り場に行った両親もつらかっただろう。


だけど、目の前で広げられる スーちゃんのものはどれも可愛らしくて小さくて、みんなにも少し笑顔がこぼれる。


赤ちゃんのスタイ、帽子、靴下、

お空に還っても寂しくない様にと、木製のおもちゃやクマちゃんのぬいぐるみ。


私はそれらを見た瞬間、声をあげて泣いてしまった。


こんな風に色々あなたのために準備をしたかった。

小さい靴下が、帽子が、おもちゃが、スーちゃんの為にあるように。

あなたに身につけさせてあげたかった。。。

旅立ちの時にしかしてやれないなんて、ごめんね。

本当にごめんね。



そして私達夫婦の結婚式の時の写真。

パパとママはいつまでもあなたと一緒よ。寂しくないように・・・という想いをこめて。



私も着替えなければ。

夫だけ部屋に残ってもらって家族にはラウンジで待っていてもらう。


二人だけだと気負わなくていい。


夜にスーちゃんへ書いた手紙を夫に渡す。

彼にもメッセージを残してもらおうと思った。


私の文面を読んだ夫が静かに泣いた。

次第に嗚咽が漏れてくる。

夫も泣きたいのだ。

皆の前だと我慢していたんだろうな。そう思った。


私も、産後に看護士に言われた言葉を思い出した。


「赤ちゃんのために悲しんであげて」


かけがえのない子を失くした。

泣いていいんだ。

私達はあの子の両親なんだから。


今は思い切り悲しんで泣こう。

スーちゃんの為に。

泣いてもあの子は戻ってこないけれど。。。




そんな悲しみの中でも、看護士の登場であっという間に現実的な世界に引き戻される。


今回の分娩費用、入院費用の精算をしてくるように言われる。


夫と二人で総合受付の精算窓口に行くまでにすれ違う妊婦さんの姿に胸が締め付けられる。

夫も同じようだった。


淡々とやるべき事をこなしていく自分の姿が、どこか他人事のようにも感じてしまう。



病室に戻ると、家族が揃い、看護士がやってきて、

これから葬儀屋が来ると言う。



あぁ、とうとうスーちゃんとお別れが近付くんだね。。。



ドアがノックされ、スーちゃんがやってきた。

いつ見ても可愛いね。


悲しいけど、寂しいけど、ママは悔やんでも悔やみきれないけど、この世界ではこうやってお別れしないといけないの。


でも、どうしよう。あなたと離れたくないよ。


本当にあなたをこんな形で死なせてしまった事、

亡くなった姿でもなお愛おしいと思う気持ち、

味わったことのない悲しみと幸福感で

自分でも、どんな気持ちか表わす事は出来ないけれど、


別れたくない。


ただそれだけ。



小さな棺が用意され

スーちゃんのベッドに横づけされる。


葬儀屋の方は丁寧に説明してくれる。

その通りにやってあげる事が親の務めだと思った。



今まで寝かされていたベッドから棺に移す。


私と夫でスーちゃんをそっと持ち上げる。


軽い。

いまにも壊れてしまいそうな脆さ。

儚い私達の息子。


ゆっくり棺に寝かせてあげた。

一番小さな棺でも充分な大きさ。

スーちゃんにはどれも大きく感じてしまうね。



棺に納めたいものを順に入れていった。


スタイはスーちゃんの胸元に

靴下と帽子は足元に

ガラガラは右側に、くまちゃんのぬいぐるみは左側。


スーちゃんへのお手紙は右側の下の方。

そして、いつも一緒だよ、パパとママの写真も身体のそばに置いておくね。


スーちゃんを囲むものが少しでもあの子を寂しがらせない様にしてくれるといい。



白とピンクのお花が用意されていた。

順番に皆がお花でスーちゃんを彩っていった。


この日の産科病棟勤務の看護士も列を作って順に、スーちゃんの棺に花を手向けてくれた。

有難いけれど、ずっと下を向いて泣いていた私はろくにご挨拶も出来なかった。


我が子の棺を見守る事になるなんて想像すらしてない。

だけど、これが私達の生きる世界。

こんな残酷な事が突然訪れる怖い世界。

あの子はこんな思いをせずに幸せなまま逝けたのかしら。

それでも、スーちゃんと一緒に生きたかった。。。



スーちゃんの棺がキレイだった。

お花をまとったスーちゃんは本当に天使だなぁと思えた。


この棺を写真に収めた。

今も時々写真を眺める。

いつだって、写真の中のスーちゃんは可愛くて、美しい。

写真を残せてよかったと思う。



スーちゃんの棺を葬儀屋さんが運んでくれた。

私達も彼らの後に続いて、荷物を持ち、病室を出た。

このまま退院をして一緒に斎場に向かう。


駐車場まで案内をしてくれた看護士が見守る中、

車の後部座席でスーちゃんの棺を抱かせてもらう。

私の役目だ。


パパの愛車に一緒に乗る事が出来たね。

パパはね、この車にスーちゃんを乗せる事をとっても待ち望んでいたんだよ。



棺の上に白い布を掛けられたスーちゃんを抱いて

病院をあとにした。



「さぁスーちゃん、一緒に行こうねぇ」

つぶやきながら、棺をギュっと抱きしめた。


昨日降り続いていた雨は止んでいた。。。