その4 からの続き)


やがて小学校時代最後の冬が近づくにつれて、受験の話が出るようになった。といっても、うちの地域は下町で中学受験する子供はほとんどおらず、盛り上がりみたいなものは何もなかった。しかし、一部に熱心な親がいて、その家の子供だけが受験勉強漬けになっていた。

同じ頃、本格的に中学受験を目指す者は少ないものの、次第に塾に行く子供が増えてきた。そのうち、いつのまにか、塾に行っていない子供は僕を含めて3人程度になってしまった。藤本もいつのまにか街の塾に通っているらしかった。それにともない、僕と彼は遊べない日が増えてきた。逆に、藤本が同じ塾に通っている者たちと親しげに話をしている様子を、遠くから見たりすることが多くなった。それでも勉強嫌いの僕は塾に行きたいとは思わなかった。


ある日、藤本が言った。


「お袋が『中学受験せえ』いうて、うるさいんじゃあ。なんか、そこの中学を嫌うとっての。『あの中学だけは行っちゃいけん』って。」


「ほうか。そら、面倒くさいの。」


「じゃろ。ほんまは受験なんかしとうないんじゃけどのう。一応、受けんにゃいけんのじゃ。」


そこの中学というのは、我々の小学校と同じ学区にある、無受験で入れる地元の公立中学である。不良が多く、荒れていることで有名な中学校だった。また、すぐ近くに屠殺場があって、血の匂いがひどかったりしたため、自分の子供をそこに通わせたくないという親がけっこう多かったようである。隣の小学校の学区がいわゆる同和地区で、その隣の小学校には在日の子供が多かった。この中学の学区はこの三つの小学校の学区を合わせたものになっていた。


それにしても、僕は、彼の中学受験には懐疑的だった。というのは、藤本は名門中学に受験して受かるほど特別に成績が優秀というわけではなかったからである。塾に行っていない僕の方が成績がよかった。本人もだめもとで受けてみるだけだと言っていた。



その6 に続く)