何と、雑誌『関西ウォーカー』にて阿知賀編特集が! 買わずにはいられないッ! と、思わず京都駅構内まで飛んで行き購入。

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ちなみに電子書籍版は8箇所No Imageになってますので、紙版をお勧めします(戒め)。

「面倒見の良い先輩」として紹介されている松実玄さんが最高なので、個人的には電子版を買った後悔は微塵もありませんが。

そのまま聖地入りして、この記事の状況からの妄想を聖地テンションでSSにしました。
阿知賀&松実原理主義者の妄想を許容できる方のみ、お進み下さい。






阿知賀、千里を走る


まだ夏の暑さが残り、地面から返す熱が汗の玉を作らせる頃。閑静な住宅街のゆるやかな坂道を、四人の少女が歩いていた。
「お腹吹田市千里山~♪」
「しず、車道に出ない!」
「おわわっ」
くるくると回りながら歩いていた穏乃は、憧に歩道側へと引っ張られる。
「とっとっと! ごめん~憧」
バランスを崩し憧に正面から抱き抱えられる形になった穏乃は、憧の制服の裾を掴みながら上目遣いで謝る。
「え、遠征でテンション上がってるかもだけど、気を付けなさいよっ」
憧は急な密着に頬を赤らめ、言葉が詰まる。
「お二人さん、いつもながら仲がよろしいですね~?」
「くっつくと、あったかそう……」
後ろから着いてきた松実姉妹は、そんな穏乃たちの様子を見ていつものように柔和な微笑みを浮かべていた。
「ん~、でも久しぶりの大阪だからね!」
「前来たのは七月に三箇牧の人たちと練習した時だっけ。ハルエ抜きだと玄の誕生日プレゼント買いに来て以来かぁ」
「その節は大変かたじけなく! 今日も持って来てるよ~」
玄は赤い小さなデジカメを見せる。
「この辺は静かで良いところだね~。良い写真が一杯撮れそう。あ、噴水が見えて来たよ、あれかな?」
「噴水……寒そう……」
坂道を登り、四人は街の中にあるオアシスのような公園に辿り着く。
「千里山の人たちとはここで待ち合わせだね。でもまだ結構時間あるねー」
「そこに美味しそうなパン屋さんがあったから、ちょっと買って来ます!」
言うなり、穏乃は走り出す。
「ちょ、しず! ……んもう。じっとしてられないんだから」
「でも、確かに移動が長くてお昼は食べてないから、練習前に何かお腹に入れておくのは良いかも。あったかいものとか」
「そうだね~」
「んー、宥姉の言うことも確かか。じゃあそこのセブイレで何か買ってここで食べとくかね」
憧は噴水の向こうにあるセブンイレブンを見遣る。
「じゃあ、私はここで千里山の人が来た時のために写真撮りながら待ってるよ。憧ちゃんとおねーちゃんは行ってきて」
「ん。OK。そしたら玄は何か食べたいものある? 代わりに買って来るけど」
「それでは、サンドイッチをよろしくなのです」
「おーまかせあれ~♪」
憧は敬礼のポーズを取る。
「ふふ、玄ちゃんの真似だね」
「私、そんなかなぁ~」
じゃ、と憧は踵を返し、コンビニへ向かう。宥は小走りでその後を追う。
一人になった玄は、改めて公園の全景を見渡す。生い繁った緑の香りが深呼吸すると体の芯まで行き渡り、それと同時にそよ風が頬を撫でる。
「はぁ~……」
ベンチには老夫婦や、赤ん坊を連れた若い女性、そして午睡を満喫する猫がいた。
平和を絵に描いたような光景を、玄はファインダーに収める。誕生日に仲間たちからプレゼントされたデジカメの中には、幸せな記憶がどんどん積もって行く。玄はちょこんとベンチに座り、今年の三月十五日からの写真を再生していく。
ほんの一年半前までは、ずっと一人で部室の掃除をして待っているだけだった。それでも一年前までは部としても公式には活動できていなかったのだ。
しかし、かつての恩師である赤土晴絵が合流したことによって阿知賀女子麻雀部は正式な部として動き始めた。
来る日も来る日も練習に明け暮れ、毎週末遠征。学業との両立はなかなかに大変だったが、その大変さは幸せなものであった。皆で遠くに出掛ける日々を、玄は誰よりも愛おしんでいた。行く先々で撮った想い出の欠片を慈しむ。
全国大会が始まった後ですらも、少しでも強くなろうと必死に打ち続けた。長野県の強者たちや、全国個人戦で今年もベスト4に入った荒川憩たちとの雨の日の練習風景も出て来る。
そんな玄たちは、全国一位の白糸台を準決勝で破ると、決勝では白糸台の宮永照とその妹、長野県代表清澄高校の宮永咲に苦戦しながらも、遂には全国優勝を成し遂げてしまった。
決勝戦の会場で、六人でトロフィーを掲げて撮った祝勝写真を見て、玄は目を細める。今を含めて全てが夢のようだ。
「時間、早いかと思ってんけど」
デジカメの画面に影が落ちる。
「丁度良かったみたいやな、チャンピオン」
「竜華さん!」
そこに立っていたのは、千里山女子の清水谷竜華だった。
「お久しやな。随分と早いご到着だったみたいで」
「いえいえ。丁度、今来たところですよ~。他の方は?」
玄は額に平手を翳し、辺りをきょろきょろと見回す。
「みんなは学校。私だけ案内役で来たんよ。玄ちゃんに一刻も早く会いたかったしな」
「それはそれはありがたき幸せ! 今日はよろしくお願いしますねっ」
ぺこりんとお辞儀する玄。
「相変わらずやな~、玄ちゃんは」
その様子を見て竜華は微笑を浮かべる。そして、玄が持つカメラに目を止めた。
「お、そのカメラはあの時のやな」
「そうです、そうです。東京で竜華さんとご一緒した時の写真もありますよ~」
玄はデジカメのディスプレイを竜華に向けて、一月前の様子を映す。
「あん時は楽しかったなぁ」
「また竜華さんとどこかお出掛けしいですね。今度は吉野にも来て下さいね」
二人の会話に二つの足音が混ざる。
「あ、清水谷さん。お久しぶりです」
「こんにちは~」
憧と宥が白い小袋を抱えて戻って来た。
「お忙しい中、練習に付き合って頂けるということで、ありがとうございます」
「いやぁ、全国チャンピオンにわざわざ大阪まで来てもらって申し訳ないわ」
「強い方と一緒に練習する機会を頂けて、こちらとしてもあったかいです」
「ほなら、Win-Winってやつやな!」
「あともう一人いるんですけど、今買い物に行ってて……と噂をすれば」
全員が坂の下の方から走ってくる巨大な茶色い塊を見る。
「……なにあれ」
「すっごく沢山持ってる……」
猛烈なスピードで駆けてくる少女は叫ぶ。
「ふぃふぁふぇえ、ふぉふぁふぁふぇふぃふぇ~~~!!」
「走りながら食べながら喋るな!」


「いや~、お店の方にこれから千里山女子の皆さんと練習試合です、って言ったら『ほなこれ持ってき! これも、これも!』って」
「そっかー。あそこのおばちゃん、うちらにめっちゃ優しいからな~。いつもおまけしてくれるんよ。セーラとか毎日のように通ってるしなぁ」
「地元の方の応援は嬉しいですね」
玄は、阿知賀の後援会をしてくれた人々の顔を想起する。
「あたしゃまた、しずが一人で全部食べるつもりで買ったのかと思って焦ったわ~」
「流石にこれ全部は……夕飯がちょっと苦しくなるかなぁ」
巨大な紙袋を抱えた上に、右手にピザパイ、左手にカレーパンを持って交互に頬張りながら穏乃は計算結果を述べる。
「食べられることは食べられるのねぇ……」
「阿知賀の皆さんは今日はこれで全員かな? ほな行こか」


趣のある木造の校舎。伝統と格式を感じさせる千里山女子の廊下を歩き、麻雀部と書かれた扉を竜華は開ける。
「おー、久しぶりやな~!」
一人だけ学ランを着たセーラは椅子にもたれながら大きく手を振る。
「遠路はるばるご苦労様です」
セーラの後ろに立っていた泉は軽く会釈する。
「どうぞよしなに」
国麻と秋季大会に向けて根刮ぎデータ取ったる、と内心で舌舐めずりする浩子は、それを全く外に見せずに笑顔で挨拶してみせた。
「全国大会はおめでとさんでした」
怜は音の立たない拍手をして見せる。
「最後は玄ちゃんたち応援しとったからな。うちらを倒して勝ち上がったんやし。改めておめでとうを言わせて貰うわ」
「ありがとうございます。でも」
穏乃が一歩前に出る。
「本当にあの準決勝も決勝も、どこが勝ち上がってもおかしくなかったです。ほんの僅かな差で、どのチームにも勝つチャンスがあった。次にもう一回やった時に、また私たちが勝てるかどうかは全く解りません。だからこそ」
一同がじっと穏乃を見つめる。
「もっと強くなりたいんです! 今日は宜しくお願いします!!」
穏乃の一礼に合わせて、他の阿知賀の面々も頭を垂れる。
阿知賀女子は、チームで戦うことこそが本懐だとしてインターハイでは個人戦には出場しなかった。しかし、当然のことながらインターハイでの活躍によりジュニアAに松実姉妹と灼が、ジュニアBに穏乃と憧が、奈良県代表として推薦された。
そして、旧友である和に「国民麻雀大会で待ってます。次は負けませんよ」と宣言されたのだ。和は優勝できなければ麻雀を止めるという約束を父親と交わしていたのだが、団体戦では準優勝だったものの、決勝での阿知賀との戦いによって一皮剥け、個人戦では見事に優勝してインターミドルからの連覇を成し遂げてみせていた。
旧友にそう言われてしまっては、断る理由は何もなかった。そして、どうせ行くならと全員での参加を決めたのだった。その練習相手として、近郊に住む千里山女子は正に格好であった。
「……あ~、ホンマは未来ある後輩たちの育成を第一に考えるべきかもしれんけど……ダメやな。やる気のある強いヤツらとやれるとなったら疼いてまうわ」
セーラは目の色を変えて、卓に座るよう促す。
「打とうぜ、早速。全国一位の胸貸してもらうわ」
「やりましょう!」
穏乃は瞬間移動したかのように卓につく。
「そうね。こんな面子で打てるんだから有限の時間は大切にしなきゃ。でも、折角なら最初はインハイで当たらなかった者同士の方が良いかしら」
「え~、お前ともう一回やんのも楽しみにしてたんやけど」
憧の提案にセーラは少し憮然とする。
「それはあたしも無くはないけど……どのみちこの人数だからすぐ当たるわよ」
「ん~、せやな」
そんなやりとりに、浩子はセーラ以上に憮然とし、軽く舌打ちしていた。
「じゃあ、そっちの卓は私が行っても良いかな」
玄が両手のひらを下にして歩み寄る。
「お、来たなドラ爆娘」
「私も同卓させてもらって良いですか!」
泉が気迫を込めて卓につく。
「お前もやる気満々やん、泉。ええで。どうせならオレもトばすつもりで来いよ」
「言われなくてもそのつもりですんで」
セーラ、穏乃、玄、泉の四人は場決めを始める。
「そんじゃま、こっちもやりますか」
憧は手首のストレッチをする。
「私は見学してますんで、先輩方どうぞ」
浩子は怜と竜華に席を譲り渡した。
「浩子も変わりばんこで打つんやで」
「あったかい席がいいなぁ……暖房はないですか?」
宥は震えながら助け舟を求める。
「松実宥ちゃん……病弱者同士強く生きてこうな。暖房はまだ九月やしあらへん」
「ふええぇぇ……」


「リーチや!」
「それポンです!」
セーラの速い連続リーチを必死で一発消しする穏乃。
「あ、ロン。タンヤオドラ7で16000です」
「うわ……実際当たるとマジ怖いっすね。姉の方より怖いっすわ」
泉は当たり牌である浮き牌を含んだ手を伏せる。
「残り5000ちょっとかー。まだまだこれから!」
穏乃の目からは炎が出たように、見える者には見えたかもしれない。
「まくられてもーたな。けど、まだ東場や!」


松実宥ちゃんが一巡後にツモッて2000・4000……親っ被りは避けたいわ、と怜は無理をしてシャンテン数を落とす鳴きを入れる。
「チー!」
怜の仕掛け……手牌のあそこから出たこの鳴きとあの捨て牌の意図は手を進めるためやなさそうやな……とすると妨害のためのチー。危なそうなのはどっちかゆーたら松実宥ちゃんやろか。ここは無理せんとこか。そう考えた竜華は抱えていた字牌を切り出す。
「ん、持って来たね。リーチ!」
折角鳴いたのに今度は新子憧ちゃんの方に有効牌が流れてったか、しゃーないな、と怜は共通安パイを探す。今は無理をできないので、怜に見えるのは一巡先のみである。無論、それでも十分に強力であり千里山のエースであるに足るのだが。
他方、宥は自分の能力や牌姿を見透かされていることを念頭に置きつつ、それでも真っ直ぐに行くことを貫く。引いてきた牌を確認すると、一切の迷いを見せずツモ切った。
「宥姉は引かない、か。捲り合いだとあたしは不利かもだけど、ツモったらま勝ちだし!」


白熱した練習が繰り広げられる中、おもむろに入口の扉が開く。
「そろそろ混ぜて欲し……」
「灼さん!」
「灼ちゃん!」
入って来たのは、灼。
「ハルエも!」
そして、その後ろから笑顔で現れた晴絵だった。
「練習中に失礼します。阿知賀の部長会が終わったからね。灼、連れて来た。折角の機会だし、帰りは私が送ってくから皆しっかり打ってきなよ」
「おー、ハルエ何かすごく良い監督っぽい」
「っぽい、は余計だ。憧」
「おお、鷺森さんも参戦ですか」
浩子は、まだデータの足りなかった灼を再び解析できるチャンスに内心ガッツポーズをする。そういえば、あっちもそろそろ来る頃か……。そう思った瞬間、浩子の待ち人は来た。
「おお、やっとるやっとる」
「お邪魔するのよー」
「南大阪の、姫松高校!」
「阿知賀女子の皆さん初めまして。姫松高校です。近畿大会でその内当たることになるでしょうし、よろしく」
挨拶をする恭子だったが、衆目はその後ろにいる漫に集まっていた。
「……あの、何でおでこに(笑)って書いてるんですか?」
「阿知賀の。それは深くツッコまんでやっといてくれんか。そうでなかったら、もっと勢い良くツッコんでや!」
洋榎は漫の胸部を裏平手で叩く。
「うぅぅっ!」
「……よくわかんないけど、強い人と沢山練習できるのはありがたいわ」
「同感やな」
独りごちる憧にセーラが同意する。
「人がいっぱいいると室温が上がるから、うれしい~」
「そこなんか、宥ちゃん……」
「おねーちゃんはいつもこんなです……」
そんな松実姉妹に近付くのは、愛宕の妹。
「あの、松実さん、ですよね? 姉妹でインハイ出てる人って少ないから勝手に親近感持ってました」
「姫松のおもちの……愛宕絹恵さんですね!」
「あ、名前知っててくれたんですね」
「私も観ましたから。準決勝での和ちゃんとの試合、凄かったですねっ。有珠山の真屋さんも……」
微妙にある会話のズレをお互いに気にすることなく妹同士の談義に花が咲き始めた。
そこに、更に入室して来る者の姿があった。
「憩ちゃん!」
「荒川さん!」
「皆さん、お久しぶりです~」
今年の全国個人戦で4位になった荒川憩その人だった。
「もし来れたら来て欲しいとは言っとったけど、これは凄い面子が揃ったもんやな」
全国ベスト8校の内の3校。そして、個人戦ベスト4。これだけの打ち手を集めるのは関東でも難しいだろうと誰もが思った。
「折角これだけの選手と人数が揃ったんだ。どうせなら国麻と同じ試合形式にしたらどうかな?」
晴絵の提案に異議を唱えるものは居なかった。抽選によって、色濃い卓決めが為されていく。


「今日はたくさん打ったね~」
「当初の予定より三時間以上長くいたのかぁ」
「でも、もっともっと打ってたかったな!」
吉野へと帰るハイエースの車内。普段の遠征時は皆疲れて眠りにつき静かであることが多いが、この日は熱気が支配して眠る者はいなかった。
「そうだね。私は特に後から参加したからまだまだ打ち足りな……」
「後半はほとんどの人に打ち方を把握されて対応されたけど、その上での打ち方が今日は一番上手くできた気がする」
「そうだね。うちは初出場でデータに乏しかったから、虚を突けた部分はある。でも今はもう、その優位性はない。皆は王者なんだから研究されて当たり前。弱点を攻められて当たり前。けど、それを跳ね除けてこそ!」
「うん。和や宮永照さんに今の私の力がどれだけ通用するかは分からないけど……だからこそ楽しい! 麻雀って面白い!」
「しず、もしかしたら決勝で戦う相手はあたしかもしれないんだからね?」
「そう……なったらいいな! そうしたら和も一緒に今度こそ三人で、また遊ぶんだ!!」
憧は、何とも言えない熱を顔中に感じる。
「私がそこに混ざれないのはちょっと残念だけど、でもそうなれるように、そして私自身も一番高い所を目指して、もっともっと練習しようね!」
「うん、皆でこのままどこまでもどこまでも、行ける所まで行こう!」
「……ハルちゃん?」
灼には、笑顔の晴絵の目から流れ星のように落ちる雫が見えた気がした。


……見てますか。今の阿知賀女子麻雀部はこんなに、この世で一番最高のチームになりましたよ。私や望の時は期待に応えられなかったけど、あの時の無念や悔しさも挫折も全部伝えて、私が教わって積み重ねたものも全部受け継がせて。見事に十分以上にこの子たちは応えてくれましたよ。あの時はまだあんなに小さかったあの子達が、こんなに大きなものをくれるようになりましたよ。私は教師になってから日は浅いけど、教える一方で教えられることも一杯あって。多分こんなに幸せな想いを出来ている先生なんて他にいないんじゃないかな。この子たちがどこまで行くのか、今はまだわからないけれど。もしかしたら予想もしない大きな壁に阻まれたり、辛い理不尽に遭ったりすることもあるかもしれないけれど。それでも、皆ならきっと乗り越えてくれると想います。互いに支え合って、どんな試練も乗り越えて行けると想います。最高の、自慢の教え子たちです。ねぇ。あなたの娘さんたちはこんなに立派に育っていますよ。露子さん。