酒井忠康の「覚書 幕末・明治の美術」を読んだ! | とんとん・にっき

酒井忠康の「覚書 幕末・明治の美術」を読んだ!

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酒井忠康の「覚書 幕末・明治の美術」(岩波現代文庫:2013年4月16日第1刷発行)を読みました。発売と同時に購入し、ほとんどは4月末までには読み終わっていたのですが、最後の章の5ページほどを読まないで残したままになっていました。5月になって、もうそろそろブログに書いておかないとと思い、その5ページほどを一気に読んだというわけです。


酒井忠康の文章は、図録の解説などでは、ちょくちょく読んでいます。最近では、世田谷美術館で開催された「松本竣介展」や「佐藤忠良展」で、図録に書かれているのを読みました。が、単行本ではほとんど読んでいません。唯一僕が読んだ単行本は、「早世の天才画家 日本近代洋画の十二人」(中公新書:2009年4月25日発行)です。その12人とは、萬鉄五郎、岸田劉生、中村彝、小出楢重、村山槐多、関根正二、前田寛治、佐伯祐三、古賀春江、三岸好太郎、靉光、松本竣介、です。これはもう何度も引用したりしてブログに書いています。また何度か、展覧会で酒井忠康の風貌に接してもいます。僕の地元、世田谷の美術館館長でもあるわけですから・・・。


「覚書 幕末・明治の美術」、本のカバー裏に、以下のようにあります。

本書は日本の近代美術を幕末・明治の揺籃期を中心に,その後の展開を論じた文章で構成。美術作品はもとより、美術家たちの活動をも変転いちじるしい時代や社会の動向に照らして描いている。洋の東西にわたる広い視野のなかに浮かんでくる日本美術の「近代」といえるが、西洋文化=美術と邂逅した美術家の挑戦と挫折であり、さらには胎動とその準備を語ることを通じて、日本美術の「近代」が、いかなる過程を経て確立されていったのかを生き生きと描出。歴史と芸術の相克を探った独特の美術エッセー(覚書)。「岩波現代文庫オリジナル版」として刊行。


三崎海岸町の裏通りから急な石段を登った丘の上に本瑞寺がある。登り切ったところに山門が立ち、そこから三崎の海を一望することができる。城ヶ島が遠くに横たわって、その昔、東京都三浦半島南部を往来した船便のあったことなどをおもいうかべたが、朱色の大橋が城ヶ島へ架かった風景は、すでに、もとのそれではない。


と、まあ、この美文の書き出しを読むと、その後どのような小説の展開になるのか興味津々だが、小説ではありません。酒井忠康が書いた「美術評論家・岩村透」書き出しの部分です。こんな調子の美文が次々と出てくるのには驚きます。そしてシャイなところ。他力本願? 他動的? だいたい自分は躊躇しているというような書き出しで始まります。例えば以下の箇所。


三年ほど前になるだろうか、出不精のわたしは、二人の友人に誘われて福島へ行ったことがある。その日はあいにく雨であったが、雨天決行ときめていたので止すわけにもいかず、鬱々とした気分のまま電車に乗った。亜欧堂田善についての一文を仕立て上げなければならない義理があったからである。・・・まず、実物をみなくては話にならないという、美術とかかわるものの、逃れられない何か宿命のようなものを感じていなかったかといえば、それはまた嘘になる。こんなあんばいでは、先行きもあやしいが、ともかく実見することにしたのである。


この本は日本の近代美術にかかわる酒井の著作『野の扉―描かれた辺境』、『影の町―描かれた近代』、『遠い太鼓―日本近代美術私考』のうちからテーマに添った文章を選び、その他はここ10数年のあいだに執筆した文章から選んで編集したもので、その意味ではすべて既出の文章です。文庫化にあたり、全編にその後の新知見などを取り入れて大幅に加筆されたものです。全19篇中、9篇が単行本未収のものです。


Ⅰでは、日本近代洋画の揺籃期である18世紀末から始まる西洋美術との邂逅とその受容を近世の美術家に即して描いています。Ⅱでは、幕末から明治初期にかけて、本格的に西洋画の開拓に取り組んだ近代日本洋画のパイオニアを通して、その達成と挫折を描いています。Ⅲでは、幕末から明治にかけて来日した西洋の美術家の活動と、日本美術に与えた影響が検証されます。Ⅳでは、江戸以来の伝統を守った浮世絵師の活動がまとめられます。そして最初の美術批評家岩村透の登場により、美術と批評の関係が描かれます。


酒井忠康:略歴
1941年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部卒。1964年、神奈川県立近代美術館に勤務。同館館長を経て、現在、世田谷美術館館長。『海の鎖――描かれた維新』『開化の浮世絵師清親』などで注目され(第一回サントリー学芸賞)、その後、現代美術の評論でも活躍。著書に日本の近代美術に関する『野の扉』『影の町』『遠い太鼓』(以上,小沢書店)や『早世の天才画家』(中公新書)などがあり、随筆『鞄に入れた本の話』(みすず書房)や世界の現代彫刻を論じた『彫刻家への手紙』『彫刻家との対話』(以上、未知谷)など多数がある。


目次

Ⅰ 先駆者たちの視界
  西から東へ,あるいは東のなかの西
  未知の地平――司馬江漢
  亜欧堂田善ノート
  日本の銅版画史
  シーボルトの画家・川原慶賀
Ⅱ 明治美術の一隅
  福澤諭吉ノート
  川上冬崖の死
  高橋由一
  文人画との訣別――岡倉天心
  安藤仲太郎の《日本の寺の内部》
Ⅲ 外国人の眼
  歴史の風景
  知られざる画家 セオドア・ウオレス
  再考のジョルジュ・ビゴー
  外国人の眼――鹿鳴館の時代
Ⅳ 時代の明暗
  横浜絵,あるいは港町慕情
  写真術の招来
  中村不折と挿絵
  美術批評家・岩村透
  自然―変幻の秘密
あとがき
初出一覧


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