国立西洋美術館で「フランク・ブラングィン」展を観た! | とんとん・にっき

国立西洋美術館で「フランク・ブラングィン」展を観た!

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国立西洋美術館で「フランク・ブラングィン」展を観てきました。この展覧会は、「国立西洋美術館開館50周年記念事業」であり、「伝説の英国人画家―松方コレクション誕生の物語」とあります。安藤忠雄は、「フランク・ブラングイン展開催によせて」として、「20世紀初頭、西洋世界に追いつくべく近代化に邁進する東洋の小さな島国にあって、当時の東洋世界には未だに存在しなかった美術館をつくろうと夢にかけた2人の男がいた。激動する時代の中で、ついにかなわなかったその夢の美術館が、1世紀の時を経て再現される。とても想像力を掻き立てられる展覧会だ」と、端的に述べています。


フランク・ブラングィンという名前は、僕は初めて聞きました。調べてみると、国立西洋美術館で2006年9月から12月にかけて、「フランク・ブラングィン版画展」が開催されていました。今から4年前のこと、気がつきませんでした。その時はブラングィンの版画家としての側面に光を当てた展覧会だったようです。版画の所蔵先「東京国立博物館」の協力により実現した、とあります。「フランク・ブラングィン版画展」の案内は、以下のようにありました。最後の一行が、今回の展覧会に続くことを暗示しています。


ブラングィンは、19世紀の後半から20世紀の前半にかけて主にイギリスで活躍した画家です。生まれはブリュージュ(ベルギー)で、幼いうちにイギリス人の両親とともにロンドンに居を移しました。父親が建築や壁画の仕事に従事していたこともありますが、その後の彼の活動に強い影響を及ぼしたのは、15歳から2年間働いたウィリアム・モリスの工房での経験でした。ここで同時代のアーツ・アンド・クラフツ運動に傾倒したブラングィンは、独立後、絵画だけではなく室内装飾やガラス工芸、陶磁器、家具、タペストリーなど多方面にその才能を発揮します。また、ブラングィンは、美術品購入のアドヴァイザーとして、松方コレクションの形成にも深く関与しています


「フランク・ブラングィン 伝説の英国人画家――松方コレクション誕生の物語」、展覧会の構成は、以下の通りです。

第1部:松方と出会うまでのフランク・ブラングィン

ウイリアム・モリスの工房で働き始め、アーツ・アンド・クラフツなど同時代の運動を背景に、絵画の他に工芸品や家具なども制作。パリのサロンやロンドンのロイヤル・アカデミーで認められる1915年頃までのブラングィンの作品群を紹介。

第2部:ブラングィンと松方幸次郎

1916年ブラングィンは松方と出会う。労働者を讃美し、日本美術にも関心の高かったブラングィンの才能に惚れ込んだ松方は、彼の作品を積極的の蒐集。日本につくろうとして実現することのなかった松方のための美術館「共樂美術館」の構想を紹介。
第3部:版画、壁面装飾、その多様な展開

画家として成功し、さらにエッチング、リトグラフ、木版で制作された版画はブラングィンの名声をさらに高めます。大胆なコウゾと技巧に富んだ版画作品の他に、壁面装飾の数々を映像で紹介。


「夏目漱石の名作『それから』にもブラングィンの名が登場しており」と「開催概要」にあるので、調べてみました。文庫本が見あたらないので、全集本の「夏目漱石」の「それから」をみると、中ほどの10章にありました。


「大介は仕舞に本棚の中から、大きな画帖を出して来て、膝のうえに広げて、繰り始めた。けれども、それも、ただ指の先で順々に開けているだけであった。一つ画を半分とは味わっていられなかった。やがてブランギンのところへ来た。代助は平生からこの装飾画家に多大の興味をもっていた。彼の眼は常のごとく輝きを帯びて、一度はその上に落ちた。それはどこかの港の図であった。背景に船と檣(ほばしら)と帆を大きく描いて、その余った所に、際だって花やかな空の雲と、蒼黒い水の色をあらわした前に、裸体の労働者が4、5人いた。代助はこれらの男性の、山のごとくに怒らした筋肉の張り具合や、彼らの肩から背へかけて、肉塊と肉塊が落ち合って、その間に渦のような谷をつくっている模様を見て、そこにしばらく肉の力の快感を認めたが、やがて、画帖を開けたまま、眼を放して耳を立てた」。


漱石は「それから」の中では「ブラングィン」を「ブランギン」としています。もしかして代助の観ていた絵は、「海賊バカニーア」(1892年)かも(?)しれません。



「松方幸次郎の肖像」(1916年)は、短時間であがいた作品らしく、かなり荒っぽい油彩画です。しかし、松方幸次郎の人となりを的確に捉えているのではないでしょうか。ほかに、スケッチブックにスケッチした松方の横顔など、いくつかの素描がありました。松方とブラングィンの親密な間柄が見て取れるものでした。「ブラングィンの自画像」(1923年)もありました。



ブラングィン初期の作品である「海の葬送」は、遠くに海で亡くなった仲間の葬送の様子を、手前には(たぶん)仲のよかった2人を左側に配し、光った甲板を大きくとり、全体に押さえた色調で描いていて、悲しみが漂っています。ポスターやチラシに使われているのは「りんご搾り」(1902年)です。この作品も、他のブラングィンの作品の延長上、つまり、労働者の側に立つ視点を有した作品といえます。手前に収穫したばかりの艶々のりんごに混じって裸の子供たちを配し、後ろには大人たちが収穫を喜び合っているという図です。遠くにはりんご園、空には大きな入道雲が見えます。「白鳥」は、アーツ・アンド・クラフツの影響か、装飾画の傾向が強い作品です。中央に真っ白く大きな白鳥を描き、木漏れ日の落ちた樹木の葉を色とりどりに描いています。ブラングィンの油彩画は、色鮮やかで大胆ですが、その分、荒っぽいように思いました。







今回の目玉は、松方のための美術館「共樂美術館」設計の軌跡でしょう。コンピューター・グラフィックでの再現映像もありました。図面などを見ると、僕が思っていた以上に大きな美術館でした。展示方法が、ヨーロッパでは主流の2段展示のようです。「背後に別館を配した美術館の俯瞰図」(1918-20年)、シンメトリーで、今からみるとやはり過去の時代の建築です。まあ、そんなことはあり得ないのですが、これがル・コルビュジエ設計の西洋美術館に置き換わったことを想像すると、ぞっとします。



やはりブラングィンは、労働者を描いた作品や、船の絵、造船中の骨格だけの船の絵は、迫力があって、生き生きと描いているように見えました。油彩画に比べて、さすがに版画類は、観るべきものが多くありました。エッチングの作品、なかでも「アルビノ古い橋」(1916年)などは、構図も見事だし、ピラネージに通じる建築的な作品で、好きです。リトグラフの作品、「若者の功名心」(1917年)は、遠くを見つめる若者を描いた作品、自分の未来を見据えているのか、遠くに見えるのはもしかして船? 木版では日本の浮世絵に通じる作品も出されていました。



数年前から、展覧会を観たらできるだけ図録は買うようにはしているのですが、「長谷川等伯」展を観て分厚い図録2500円を買ってからでは、西洋美術館の「フランク・ブラングィン」の図録2700円はあまりに高いような気がして、しかも持って帰るのは重いので買えませんでした。貧乏人には、図録が高すぎる!



「フランク・ブラングイン 伝説の英国人画家―松方コレクション誕生の物語」開催概要:「国立西洋美術館」ホームページより

西洋美術館設立の礎となった松方コレクション。1910年代末から20年代にかけてヨーロッパで蒐集されたこの大コレクションには、その散逸の謎とともに数々のエピソードが残されています。このコレクションを築いたのが、川崎造船所(現・川崎重工業)の初代社長松方幸次郎。商用でロンドンにいた松方に蒐集のきっかけを与え、また指南役となったのが画家フランク・ブラングィン(1867-1956)でした。ブラングィンが描いた造船所や労働者をテーマとした力強い絵画に魅せられた松方は、その主要作品を次々と購入し、ついには究極の夢である、コレクションを公開するための美術館、「共楽美術館」の建築デザインをブラングィンに依頼します。関東大震災後の経済危機により美術館は実現されることはありませんでしたが、実現すれば東洋一の西洋美術のための美術館が誕生し、そこではブラングィンの作品が総合的に展覧されるはずでした。

ブラングィンはイギリスのロイヤル・アカデミーで現存作家として初めての個展を開き、ロイヤル・エクスチェンジ(証券取引所)など公共建築の壁画を次々に手がけ、イギリスのみならずアメリカ(ニューヨーク、ロックフェラー・センター他)やカナダにも作品を残しています。アーツ・アンド・クラフツ運動からアール・ヌーヴォー、アール・デコという同時代の装飾芸術運動を背景に、油彩画だけではなくカーペット、家具、陶磁器、版画や挿画本にも制作範囲を広げ、当時を代表する画家として活躍しました。夏目漱石の名作「それから」にもブラングィンの名が登場しており、その名声は日本にまで届いていたのです。

本展は、国立西洋美術館開館50周年を記念し、松方との関わりを軸に、ブラングィン芸術を回顧する日本では初めての展覧会で、7カ国約30カ所の美術館、コレクターが所蔵する約120点で構成されます。松方のための共楽美術館のデザイン画のほか、散逸してしまった松方旧蔵のブラングィンの作品も探し出し、またロンドンの倉庫で焼失した大作のための下絵を紹介するなど、松方によるブラングィン・コレクションを可能な限り再現します。色彩あふれる画面構成、力強い描写力とともに、家具、陶磁器など、多分野に見せる豊かな才にご期待ください。


「国立西洋美術館」ホームページ