府中市美術館で「山水に遊ぶ 江戸絵画の風景250年」展を観た!
府中市美術館で開催されている「山水に遊ぶ 江戸絵画の風景250年」展へ行ってきました。といっても、行ったのは3月20日春分の日、半月も前のことです。府中市美術館へは過去の一度行ったことがあります。たしか、クリムトの「バラス・アテネ」を観に行ったと思います。「ウィーン、生活と美術 1873-1938(クリムト、シーレと黄金期のウィーン文化)」展(2001/03/30-04/22)でした。突然、おじさんと声をかけられ、ビックリして後ろを振り向いたら、姪がアルバイトで監視員をしていました。
今回の「山水に遊ぶ」展、どこでどう知ったのか、下の看板にある通り、若冲と蕭白の対決が目玉なのかと勘違いしていましたが、実はそうではなく、かなり幅広い人たちの作品が、思っていた以上に出展されていて、かなり得した感じで帰ってきました。昨年8月に東京国立博物館・平成館で開催された「対決・巨匠たちの日本美術」でも取り上げられていた人たち、若冲と蕭白の他にも例えば池大雅や与謝蕪村、後期には円山応挙など、大家というか、まさに巨匠たちが取り上げられていました。また初めて知る画家たちの名前もその作品とともに、記憶に残りました。何度もここに書いているように、この分野は僕はほとんどなにも知らない分野で、毎回観るたびに面食らっているのですが、今回はわかりやすい作品選定と展示の仕方のためか「江戸絵画の風景250年」を理解することができました。
前期と後期の展示替えが相当あるようで、チケットも「2回目半額割引券」になっていました。伊藤若冲の「石灯籠図屏風」と「石峰寺図」は今回の目玉のようでしたが、前衛的な手法が目立っていて、他の作品とはやや異質で、浮いた感じがしました。もうひとつの目玉、曾我蕭白の「月夜山水図屏風」は後期の展示だそうで残念、その代わり「山水図押絵貼屏風」を観ることができました。なぜか「滝」の絵画が多いのは、やはり「山水画」だからなのでしょうか。
「憧憬 遠い世界への好奇心」では、司馬江漢の「西洋風景人物図屏風」と土井有隣の「西洋海浜風俗屏風」がありました。共に「屏風」には似つかわしくないテーマを描いていて、まさに新しい時代を感じました。僕の好きなものは、取り上げれば切りがありません。とりあえず気になった作品を下に載せておきます。強いて挙げれば小田野直武の「岩に牡丹図」と谷文晁の「蜀桟道図」 でしょうか。共に力強く迫力があって、しかも美しい。
自然とともに在る
神の国のすがた
中世の残像
実景と絵すがた
奇のかたち
物語る山水
体感する自然、見霽かす心地
憧憬
図録(表紙・裏表紙)
以下、府中市美術館ホームページより
美しい山や川、湖、そして海。自然の風景は、日本美術の大きなテーマのひとつでした。やまと絵の優美な景色、あるいは、文化の源として憧れてきた中国の絵にならった、日本人にとっては空想的とも言えるような風景が、長く描かれてきました。そして江戸時代、そうした伝統が根づいていたことは言うまでもありませんが、同時に、新たな外来文化や人々の生活・思想の変化が、風景を描くことに広がりをもたらしたのです。
例えば、江戸時代中期になると、身の回りの景色が絵として楽しまれるようになりました。風景の絵に新鮮みを求める動きのひとつと言えますが、伝統的な美のかたちと融合させるための工夫は、近代の風景画とは違った魅力を生んでいます。個性を自覚し表現しようとする動きからは、
この展覧会では、江戸時代のさまざまな画家たちが描いた風景の絵をご覧いただきます。その表現の多彩さは、例えば、百人の画家がいれば百通りだと言ってもよいでしょう。