墨谷渉の「潰玉」を読んだ! | とんとん・にっき

墨谷渉の「潰玉」を読んだ!

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山崎ナオコーラの「手」に続いて、墨谷渉の「潰玉」を読みました。「文学界」2008年12月号に掲載されたもので、29ページの短篇です。山崎ナオコーラの「手」と共に、今回、芥川賞の候補になった作品です。どういう人なのか、僕はまったく知らない人なので、巻末の「執筆者紹介」を見てみると、「墨谷渉(すみたに・わたる)作家。72年生まれ。『パワー系181』(集英社)」とだけありました。もう少し調べてみると、次のようなものが見つかりました。「墨谷 渉(すみたに わたる、1972年 - )は、日本の小説家。愛知県に生まれる。中部大学国際関係学部卒業。2007年、『パワー系181』で第31回すばる文学賞受賞。現在、愛知県一宮市在住。2009年、「潰玉」で第140回芥川賞候補」。 第140回芥川・直木賞候補作の新聞発表には「墨谷渉36 潰玉(かいぎょく)(文学界12月号)初」となっていました。


「潰玉」と書いて「かいぎょく」と読みます。「パワー系181」が2作目とあるので、「潰玉」は墨谷渉の3作目の作品のようです。これが今回、芥川賞候補に挙げられました。「潰玉」というと、字面から「男のアソコが潰れる」、そんな感じがしますが、まさか芥川賞候補にそんなことをテーマにした作品が取り上げられるなんて想像もつきません。しかし、まさに「男のアソコが潰れる」話なのです。しかも、男は自らアソコを潰されたいと思い、蹴られることに喜びや快感を見出す、というのだからたまりません。何でもありの世の中、でもこれには驚きました。もちろん「サド」や「マゾ」など、いわゆる倒錯的な性癖を持つ人もいることは聞いてはいましたが、このような性癖は僕の「趣味」には到底合いません。僕は昔サッカーをやっていたので、よくボールがアソコに当たり、痛くてしばらくは立ち上がれなかった思い出が多々あります。痛いのはイヤです。アソコとはつまり「金玉」のことです。


倒錯的な性癖といえば、マルキド・サドですね。そう言えば、「潰玉」の最後に「参考文献」として「『ソドムの百二十日』マルキド・サド 佐藤晴夫訳(青土社)」が挙げられていました。残念ながら、僕は読んだことがありません。サドの「ソドムの百二十日」はたしか、映画化されたのではと思い調べてみると、ウキペディアには以下のような記述がありました。「ソドムの市」(そどむのし)は、1975年に制作されたピエル・パオロ・パゾリーニ監督映画。原題は "Salò o le 120 giornate di Sodoma" (「サロ、或いはソドムの120日」)で、マルキ・ド・サドの 『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』 (フランス語原題 "Les 120 Journées de Sodome, ou l'Ecole du libertinage" )を原作としている。スカトロ描写や性器の露出などの場面が非常に多い。


主人公の青木は、不動産関係の仕事をしています。頻繁に青木の携帯に取引関係の電話がかかってきます。難航している管財事件の回収や、依頼された民事再生案件などを扱っています。墨谷は実際にこのような仕事をしているらしく、「潰玉」のなかでも専門的な用語が頻発し、土地取引の際の土壌調査など、交渉過程は詳細を極めます。


「電車を降りると、駅の地下道で二人組に呼び止められた」という出だしで、「潰玉」は始まります。駅ビルの駐車場に二人に連れ込まれ、一人に羽交い締めにされ、もう一人に下腹部を蹴られます。顔面殴打ではなく、いきなりの急所打ちでした。「アサミまぢヤバいあいつ一発でブッ倒れたし、ってか弱っちくない? あのおっさん」と言うのは真っ黒い肌の沙希、女子校で習った護身術で急所を蹴ったのは亜佐美です。その後、もう一度あいたいとネットで検索したりします。翌週、帰りの電車内で隣の車両に二人組を発見し、しばらく後をつけます。距離が近づき、目が合うと「よく会うねおっさん」と亜佐美に言われます。二人に挟まれて、地下の駐車場に連れ込まれ、羽交い締めにされて二人に急所を蹴られます。「おまえすぐへたりこむんじゃねえよ」と言われながら、「やはり、単なる痛みではない。打ち上げられた瞬間に急所からダイレクトに鉛の玉が体内を通過して脳下垂体へ直撃するような感覚」だと、青木は思います。


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その後青木は、亜佐美のマンションを訪ねます。また同じように股間を蹴られます。青木は急激な吐き気を催しながら、打ち込まれているところをビデオカメラで撮りたいと思います。打たれた瞬間から倒れてしばらくの自分の表情の推移を、密着撮影で残したいと思います。亜佐美は「まず、官職がなんともいえないんだよね、特に深く入ったときの、足の甲や膝にさあ、生地挟んでクニャていうのがね、それでまた簡単に倒れるでしょ、男がさ」と亜佐美は言います。そしてまた、亜佐美は笑いながら、拳骨を作り分離された睾丸部分に振り下ろします。記憶をなくした青木は、亜佐美によって近くの総合病院へ運び込まれます。睾丸自体には裂傷がなかったが、衝撃によるショックで気絶、失禁、機能不全を伴っていると診断されます。


不動産仲介をしている吉岡に連れられて、キャバクラへ行きます。使命をせずに座ると、女子体育大学でテニスをやっている六花とかいてリッカという女と意気投合し、毎週のように店に通います。青木には結婚を前提に付き合っている女がいます。しかし、リッカに紹介された体育会系の女二人とデートします。一人はバスケのナギサ、もう一人は柔道のマキです。駅ビルのレストラン街でたらふく食べてから、カラオケボックスへ入ります。青木はバスケのナギサに「おい、デカ女こっちへ来いよ」と散々挑発します。突然青木の後頭部に強う衝撃があり、うつ伏せに倒れます。「次ぎあたしがやっていいでしょ」と柔道のマキが言います。青木の襟首を掴んで立たせると、ファーストミットのような手で青木の顔面を覆います。青木は軽い脳震盪を起こします。


亜佐美は頭のなかで護身術のイメージトレーニングを繰り返しながら路地を歩いています。数メートル後方から男が近づいてくる。亜佐美は身体を反転させ、右足で急所を打ち上げます。倒れた青木を見て「あーなんだよおっさんまた来たのかよ」と亜佐美。ビキニ一枚になった青木の生地の上から急所を掴みます。「打ち込みが一息したなら次の段階へ、この場合直接破壊するという段階へ進むとしても不思議ではない。これに応えたい、たとえまた吐き気と尿意と便意を同時に処理しなければならなくても、高熱に襲われても、使命力を根底からそがれても、それでまた経験していない痛みの先や達成感があるのならば」と青木は思います。


身長181センチ、胸囲は95センチを超える屈強な若い女が、「パワー系181」の主人公、その強靭なボディをさらにパワーアップさせるべく、彼女はスポーツジムで日夜筋肉を鍛えています。墨谷渉は「書こうとしたら、このテーマしか思いつかなかった」と言う。「二年ほど前に知人に連れられてSM系の風俗店に行った事があるんです。そこで鎧みたいな衣装で強さをアピールする女たちに出会って、その身体的な存在感、パワーにものすごく人間的な魅力を感じたんです。彼女たちのように、パワフルで攻撃的。かつ反社会的な分子とも言える女を主人公にして小説が書けたら面白いなと思ったんです」と述べています。


今回の「潰玉」も同じようにパワフルで攻撃的な女、男は股間を蹴られ、そして破壊されて、それが「経験していない痛みの先や達成感があるのなら」、「それに応えたい」。「小説とは人間の内面を描くもので、社会性のあるものでなければならないという枠組みがあるなら、僕の小説は致命的な欠陥を抱えているのかもしれない。でも人間の持つ生身の感情や表情、内面の心理、そうしたものを意志的に一切排除した先に何があるのか。書いてみることでしか、その世界は覗けないですから」と、墨谷渉は言います。