木村多江とリリー・フランキーの「ぐるりのこと。」を観た! | とんとん・にっき

木村多江とリリー・フランキーの「ぐるりのこと。」を観た!


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木村多江とリリー・フランキーの映画「ぐるりのこと。」を観ました。悲しみから心を病み、やがてそこから力強く再生していく妻・翔子を演じるのは木村多江です。そして、何があっても妻をやさしく受けとめる夫・カナオを演じるのはリリー・フランキーです。それぞれ映画初主演ですが、共に自然体の演技でいとおしさがつのり、観るものに共感を与えずにはおきません。どこにでもいるありふれたごく普通の「夫婦」ですが、何があっても離れない、「夫婦」というものは、こいうものなんだということを、この作品は見事に描き出しています。「めんどうくさいけど、いとおしい。いろいろあるけど、一緒にいたい」と、この映画のチラシには書かれています。


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この映画は一組の夫婦の10年におよぶ物語です。1993年7月。定職がなく、フリーターのような生活を送っている夫・カナオ(リリー・フランキー)は、先輩に法廷画家の仕事を紹介され、気持ちが法廷画家になることに傾いていました。その日カナオの帰りが遅くなると、何ごともきちんとしなければ気が済まない妻・翔子(木村多江)から、女にだらしのないカナオが遊び歩いていたのではないかと問いつめられます。カレンダーを見ると×印が付けてあります。翔子が決めた週に3回の夫婦の「する日」です。カナオが法廷画家の仕事の話をしようとしても、翔子は「とにかく決めたことをしてから話そう」と、苛立った様子で寝室へ入ります。カナオは「この調子じゃ、ちょっと無理かな」と、ぼやきながら渋々と寝室へ入っていきます。


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翔子は、小さな出版社で女性編集者として働いています。一方、カナオは初めて関わった法廷画家の仕事に戸惑いつつ、少しずつ要領をおぼえていきます。職を転々とするカナオを、翔子の母・波子(倍賞美津子)、兄・勝利(寺島進)とその妻・雅子(安藤玉恵)は好ましく思っていません。この辺は妙に旧態依然の日本的な家族関係です。そんなカナオとの先行きに不安を感じながらも、翔子のお腹には小さな命が宿ります。カナオと並んで歩く夜道で、翔子は小さくふくらんだお腹に手を触れて、胎児が動いているのを確認します。カナオのシャツの背中を掴んで歩くその後姿には、幸せがあふれていました。そんなどこにでもいるような幸せな夫婦に、突然の悲劇が襲ってきます。


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1994年2月。壁に掛けられたカレンダーは×印が消えています。翔子とカナオの夫婦に、初めて授かった子どもが突然亡くなります。寝室の隅には子どもの位牌と飴玉が置かれています。初めての子どもを亡くした悲しみから、翔子は精神的に追いつめられて、少しずつ心を病んでいきます。翔子が、自分ではわかっていても、そうはできないもどかしさが、よく伝わってきます。1995年7月。テレビでは地下鉄サリン事件の初公判を報じています。カナオには言わずに、すべて一人で決めて産婦人科で中絶手術を受ける翔子。しかし、その罪悪感がますます翔子を追い込みます。


1997年10月。翔子は仕事を辞めて、心療内科へ通院しています。台風のある日、カナオが家に急ぐと真っ暗な部屋でびしょぬれになった翔子がうずくまっています。翔子は「私、子ども駄目にした」と取り乱して言い、泣きながらカナオを何度も殴りつけます。翔子が顔をくしゃくしゃにして、ボロボロと泣くシーンが見る者の胸を打ちます。「どうして私と一緒にいるの?」と翔子はカナオに聞きます。カナオは翔子を全身で抱きしめながら「好きだから、一緒にいたいと思ってるよ」と言います。


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どうも二人は共に美大?の出身だったようです。翔子は小さなお寺の庫裡の天井画を依頼されます。格子の一つ一つを埋めるための絵を描きます。カナオは自分はさておき、それを背後から支援します。二人は仰向けに並んで寝て、出来上がった天井画を見上げています。いつの間にか二人の手が重なってきます。


この映画のもう一つの大きな流れは、法廷画家としてのカナオが法廷で目撃する、90年代から今世紀初頭にかけて起きた実際の様々な社会的な事件です。一方で、夫婦の再生の物語があり、もう一方で、連続幼女誘拐殺人事件や地下鉄サリン事件など、社会の負の側面にも目を向け、法廷画家の目を通して描き出しています。


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もちろん、木村多江とリリー・フランキーの演技が、肩に力が入ってなくて、さりげなくて素晴らしい。二人が初の主演なら、脇役が凄い。みんな一癖も二癖もある役者が勢揃いです。先に挙げた倍賞美津子、寺島進、安藤玉恵はもちろんのこと、クセのある柄本明を始め、先輩画家に寺田農、斎藤洋介、温水洋一、等々、そして八嶋智人も木村祐一もいい味を出していました。緊迫感のある、しかし妙にだらけた記者室の雰囲気がよく出ていました。加瀬亮、新井浩文、片岡礼子などが出る法廷シーンも見応えがありました。


カナオが手は小さい方がいい、握ったときにチンポが大きく見えるからとか、一緒にお風呂に入って翔子が突然カナオのチンポを握ったりとか、夫婦生活の日常は他人から見ればみっともないことも多い。そうしたささやかなことの積み重ねが夫婦なのです。この映画は、「何があっても離れない、一組の夫婦の物語」です。「ぐるり」とは、「自分の身の周り。自分をとりまく様々な環境」のこと。今を生きる僕たち一人一人に、「夫婦とは何か?」と問いかけています。日本映画の久しぶりの「佳作」と言える作品だと思います。



「ぐるりのこと。」公式サイト