アレクサンドル・ソクーロフ監督の映画「太陽」を観た! | とんとん・にっき

アレクサンドル・ソクーロフ監督の映画「太陽」を観た!


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今発売されている「文芸春秋」の5月号は、新発見「小倉侍従日記」を読み解く、として、「昭和天皇孤独な君主の闘い・陛下はやはり騙されていた」というセンセーショナルなタイトルで、阿川弘之と半藤一利の対談が載っているようです。たまたま通りかかった駅の売店の店頭でこのチラシを見たのですが、もちろん僕は「文芸春秋」は芥川賞発表時以外には買いませんけど。


NHKBS2で「あなたのアンコール」、つまり再放送でしょうが、HV特集「皇居吹上御苑の四季」という番組を、今日の午後、偶然見ることができました。吹上御苑の手つかずの自然を、調査した博物館の記録から、その映像を残しておくために、初めて吹上御苑にNHKのテレビカメラが入ったわけです。吹上御苑とは現在の宮殿のあるところや江戸城のあったところとは「道灌堀」を隔てた北側に位置し、昭和天皇や平成天皇の住まい、いわゆる吹上御所のあるところ一帯を指します。江戸時代の大名屋敷跡が、一時は日本庭園や9ホールのゴルフ場がありましたが、昭和天皇の意向でゴルフ場は廃止し、できるだけ手を着けずに自然のままに残し、結果的にわが国の生態系を集約したようなあるがままの自然が残されたところです。その番組の中で、昭和天皇が植物を観察している映像が何度か流され、肉声も聞くことができました。



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赤坂のアメリカ大使館で、連合国司令官マッカーサー元帥と天皇裕仁が並んで立つ、アメリカ陸軍の写真班によって撮影された写真には、日本国民が少なからず衝撃を受けた、と伝えられています。マッカーサーは、襟元のボタンを外したノーネクタイのシャツ、両手を腰の後ろに当て、ゆったりと余裕を持って構えています。一方の天皇は、黒のモーニング姿、緊張した面もちで直立不動の姿勢です。もともと身体の大きさが違います。あまりにも対照的なこの写真は、マッカーサーに従属する天皇の姿であり、日本が置かれている現実を明確に余すところなく表現していました。


明治憲法では「天皇は神聖で不可侵」とされ、それまでは天皇は「現人神」とされていました。それまで日本人が抱いていた天皇に対する偶像は、この写真によって見事に破壊されました。この会見で天皇がマッカーサーに言った言葉が、マッカーサーを感動させたと言われています。「私は、日本国民が戦争を闘うために行ったすべてのことに対して全責任を負う者として、あなたに会いに来ました」。この勇気ある態度は私に魂までも震わせた、と後にマッカーサーは回顧録に記しています。



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映画「太陽」は、1945年8月15日を挟んだその前後を克明に描き出します。


闇は、まだ明けなかった。1945年8月。その時、彼は庭師のように質素な身なりをしていた。その人の名前は、昭和天皇ヒロヒト。宮殿はすでに焼け落ち、天皇は、地下の待避壕か、唯一被災を免れた石造りの生物研究所で暮らしていた。戦況は逼迫していたが、彼は戦争を止めることができなかった。その苦悩は悪夢に姿を変え、午睡の天皇に襲いかかる。みるみるうちに焦土となる東京。失われる多くの命。うなされるように目を覚ます天皇の孤独。日本は、まだ闇の中にある。やがて、連合国占領軍総司令官ダグラス・マッカーサーとの会見の日が訪れる。彼は、ひとつの決意を胸に秘めていた…。


ソクーロフは、独自の美学に貫かれた作品を発表し、ロシアが世界に誇る映画監督である。世界十二ヶ国で絶賛をうけながらも、日本での公開は不可能といわれたソクーロフ監督の傑作『太陽』が、ついにその封印を解かれる。歴史学を学んだ学生時代に構想したというこの作品を、監督自らが撮影を手がけた緊張感をたたえた静謐な映像の中で、昭和天皇を権力の頂点に君臨する人物ではなく、恐れや弱さを持ったひとりの人間として描き出した。昭和天皇という難役に挑戦したのは、仏リベラシオン紙でも絶賛をうけたイッセー尾形。また、戦争の中で引き裂かれる天皇を愛情深く見守る皇后を桃井かおり、悲しみをたたえた侍従を佐野史郎が演じている。(作品資料より)



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なんと言ってもこの映画「太陽」は、イッセー尾形の存在そのものがすべてと言っても過言ではありません。「あっ、そう」、何度となくこの言葉が、イッセー尾形の口から発せられます。口をモグモグしながら。敗戦間近、御前会議では軍服姿で、海洋生物の研究をする時は学者姿で、空襲の知らせを聞くと従長に導かれ、地下の待避壕に移動します。生きながらにして、神と奉られる現人神である昭和天皇には自由はなく、常に侍従たちに見守られています。しかし、日本の国土は焼土と化します。現人神が人間天皇になろうとした時、それまで天皇の国家に仕えた者たちはいかに動いたのでしょうか。マッカーサーとの対話で、天皇は一人の人間としての自由を獲得します。なかなか侍従や通訳には伝わらないにしても。



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佐野史郎の昭和天皇に一番近い侍従役、悲しみをたたえた抑えた演技は見事でした。桃井かおりの皇后役、最後にちょっとだけの出番でしたが、ややユーモアも交えた存在感のある素晴らしい演技でした。「人間宣言を録音した若者はどうしているかね?」、「自決しました」、「手を差しのべてくれたろうね」、「いいえ」。人間宣言をした昭和天皇。思うにまかせない苦悩を携えながら、映画「太陽」は、天皇と皇后が子どもたちのいる別室へ行くところで終わります。アレクサンドル・ソクーロフ監督は、昭和天皇の無垢さをおとぎ話のように描きたかった、と語っています。


映画「太陽 The Sun」