トナカイの独り言

トナカイの独り言

独り言です。トナカイの…。

 二週間ほど前「クロイツェル・ソナタ」について書いた。「クロイツェル・ソナタ」は、ほんとうに素晴らしい曲で、数々の芸術家に影響を与えてきた曲でもある。レフ・トルストイの同名の小説はベートーヴェンの曲に触発されて書かれたとされているし、ヤナーチェクはトルストイとベートーヴェンの両者に刺激され、弦楽四重奏を残したと云われている。
 圧倒的な何かを持つのが、第九番となる「クロイツェル」である。

 しかし、わたしが一番好きなヴァイオリン・ソナタは「クロイツェル」ではなく、第五番となる「スプリング」で一八O一年に発表されたものだ。

 

 この年、ベートーヴェンはジュリエッタ・グッチャルディと恋に落ちた。第十四番となる月光ソナタ(ピアノ)が、この翌年に発表されている。
 ベートーヴェンはジュリエッタに求婚して振られたとされているが、最新の研究ではその逆に近い状態で、ジュリエッタは終生ベートーヴェンを想い、頼っていたというのが真実のようだ。

 

 「スプリング」という愛称で親しまれている第五番は、文字どおり幸福感に満ちた音楽に聴こえてくる。おそらく第一楽章の第一主題が、まさに春の訪れを感じさせるような明るい曲想に満ちているからだろう。
 しかし、この曲をじっくり聴いてみれば、幸福感だけでないことは明白だろう。

 二楽章は瞑想に近いほど、深く祈りに満ちている。

 

 わたしが初めて聴いたレコードはダヴィッド・オイストラフとオボーリンのものだが、今聴いてもバランスの取れた素晴らしい演奏である。
 二楽章の深さという点で言うと、メニューインとケンプの録音も忘れてはならない。まさにケンプワールドとも言える祈りに、メニューインが絶妙な応対を繰り返し、まるで音楽が静寂に沈んでいくような感動を与えてくれる。
 

 

 一楽章の初々しさという点なら、やはりパールマンは欠かせない。パールマンを聴くたびに、「ヴァイオリンとは何と美しい音を出すのだろう」という思いに圧倒される。
 第一楽章だけでなく、全体としてパールマン&アシュケナージ、ディメイ&ピリス、そしてシェリング&ヘブラーなど、曲本来の魅力に満ち、素晴らしい演奏だと感じている。

 「スプリング」というタイトルには相応しくない出だしだが、ツィンマーマンとヘルムヒェンも感動的な演奏である。彼らの「スプリング」はこの曲がいかにパワフルな曲であるかに気付かせてくれる。まるで「クロイツェル」を凌駕するかのような圧倒的エネルギーに溢れている。

 もうひとつ新しい演奏から選ぶと、以下のロレンツォ・ガットとジュリアン・リベールのCDも聴き逃せない。あくまでも伸びやかに、まさに「スプリング」らしい美しい演奏である。
 ぜひ、聴いてみてください。

 

 三月二十三日、マウリツィオ・ポリーニが逝った。
 八十二歳だった。

 

 自分の人生にとって、ピアノ音楽はなくてはならないものである。つまり、ポリーニはずっと強く意識せざるを得ない演奏家であり続けたのだ。

 

 あえて書いておくが、わたしはポリーニの音楽に心酔していたわけではない。ヴィルヘルム・ケンプやバックハウス、リリー・クラウスというピアニストの方がずっと心の近いところにいる。近頃よく聴いているピアニストならリーリャ・ジルベルシュテインやポール・ルイス、メロディ・チャオがいて、彼らもポリーニよりずっと身近にいる。
 

 しかし、なにより衝撃を受けたピアニストとして、ポリーニを挙げない訳にはいかない。
 

 初めて彼の「ショパン練習曲集」を聴いた時の衝撃を、今でもはっきりと覚えている。

 それまで漠然と考えていた『ピアニズム』という語の意味を、明確に理解させられた体験だった。聴き始めてすぐ、全身に鳥肌が立ち、音の洪水に感性を刺激され、それに圧倒された。

 レコードの帯に「これ以上、何をお望みですか?」と書かれていたはずである。
 

 

 ベートーヴェンを好むわたしだから、ポリーニのソナタ集を心待ちにした。特に21番『ワルトシュタイン』や23番『熱情』を聴きたくてたまらなかった。

 しかし、これらを聴いた時の失望を、今でも思い出すことができる。

 ポリーニが新譜を出すたびに、なんとかしてすぐ聴くように努めてきた。そして、失望と感動を交互に感じつつ、「彼も人間なのだ」としばしば思った。彼には「ミスター・パーフェクト」という仇名が付けられていたのだが、決してそうではないことを、裏付けられ続けた。

 

 自分の非常に重要なところを形作るのに寄与している音楽にかんして言えば、彼の残した録音は到って少ないと言わざるを得ない。ど真ん中だと、ベートーヴェンの協奏曲第4番とモーツァルトの協奏曲第23番だけかもしれない。ブラームスの協奏曲第2番も好きだが、もっと好きな演奏がいくつかある。ベートーヴェンの4番とモーツァルトの23番なら、自信を持ってベストに挙げられる。

 

 

 彼のベートーヴェン(ソナタ)は「凄い」とは思うが、なぜかわたしの心には沁みてこない。これほど響いてこない演奏も、たいへん珍しいほどに。しかし、ほとんどのショパンには強く引き込まれる。そして、いつも『ピアニズム』という言葉を思い出す。

 

 ポリーニは実演で一度も聴いたことがない。
 やはりそれは、とても悔やまれることだ。
 実演を聴くこともなく、もちろん会ったこともないが、確実に自分の人間形成に大きな影響を与えてくれた演奏家マウリツィオ・ポリーニ。

 安らかに。

 ・・・・・・合掌・・・・・・。

 

 65歳をすぎて、室内楽を聴く時間が長くなってきた。それもベートーヴェンの後期やある時期のモーツァルトなど、俗にいう侘寂のある作品を聴く時間が延びてきた。
 もちろんそれらは素晴らしい音楽なのだけれど、ある特殊な人生経験がないと理解出来ないようにも信じられる。それらの曲とは別に、室内楽という分野にあっても、交響曲や協奏曲を圧倒するようなエネルギーに満ち、万人の心を揺さぶる曲もある。
 たとえばベートーヴェンの『熱情』ソナタなど、その最たるものだろう。弦楽四重奏の4番、7番、そしてヴァイオリンソナタ第9番『クロイツェル』もそのひとつである。

 

 今回の主役はその『クロイツェル』だ。

 個人的な好き嫌いを抜きにしたら・・・・個人的には5番の『スプリング』が好き・・・・この曲こそ、ありとあらゆるヴァイオリンソナタの頂点に君臨すると言っても間違いではないだろう。強い葛藤を秘めて圧倒的な力の奔流の感じられる1楽章、穏やかな落ち着きを取り戻す2楽章、そして陽気とも言える3楽章である。
 

 クロイツェルと呼ばれる理由は、ヴァイオリン奏者のクロイツェルに捧げられたからだが、元々はブリッジタワーに捧げられるはずで、その裏側にはある女性との複雑な関係が絡んでいると言われている。
 

 作曲は1803年。ベートーヴェン、33歳の時の作品だ。

 わたしの好きな第5番『スプリング』の2年後で、ピアノ協奏曲第3番と同じ年、ピアノソナタ第23番『熱情』の2年前にあたる。『永遠の恋人』候補のひとりであるヨゼフィーヌとの恋愛が再燃焼しはじめた頃の作品となる。

 個人的解釈として、ヨゼフィーヌとの熱愛が『熱情』ソナタに溢れているいう内容を書いたことがあるけれども、このクロイツェルソナタにも、そうした熱い想いを聴くことができる。

 ベートーヴェンの創作にかんして言うなら、ヨゼフィーネとの恋愛が中期の数々の名曲を生み、アントーニアとの新しい恋とヨゼフィーヌの死が、後期の傑作を生んでいる。恋多き人生であり、それらが素晴らしい名曲として結晶している。

 

 この曲を初めて聴いたのは、たぶんオイストラフとオポーリンのレコードだったように思う。
 続いてスターンの演奏に接して、心を打たれた記憶がある。このスターンの演奏はもっと名盤として取り上げられて良いと思う。
 

 これまでの人生を通じていちばん愛好したのはズーカーマンの演奏である。
 評判の高いアルゲリッチ(ピアノ)と数人のヴァイオリニストの演奏も素晴らしいとは思うけれど、ズーカーマンほど惹きつけられなかった。
 そんな中で近頃、闘いと葛藤というアプローチではない諏訪内さんの演奏に魅了された。

 

 この演奏に感化され、持っているCDを聴き直したり、新しく入手したりしてみた。
 素晴らしいと感じたのはデュメイとピリスのもの、そして以下に挙げるツィマーマンとヘルムヘンの演奏だ。特に後者は、クロイツェルソナタの圧倒的ゾクゾク感を感じることができた。

 

 人生を葛藤なく生きられたらどんなに良いかと思う時もある。
 しかし、不完全なわたしだから、葛藤の生まれないはずがない。もしそうであるなら、葛藤のなかでベートーヴェンくらいもがいて、苦しんで、ふたたび浮上して道を見つけるのが良いのだろう。そんな道標となる曲のひとつに、『クロイツェル』ソナタがある。
 

 ブラームスのピアノ協奏曲第1番について、いろいろなところで書いてきました。
 70年近い人生のさまざまなところで、何度も救われてきた曲だからです。

 さんざんこの曲を聴いたきたので、もう一年か二年も前のことになりますが、思い切ってオリジナルとなった2台のピアノによる演奏CDを買ってみました。
 

 買ったのはこちら。

 

 この演奏に圧倒されたのです。
 ふたたび心の底から揺さぶられました。
 そして、それまであまり知らなかったリーリャ・ジルベルシュテインに興味を持つようになりました。まずブラームスに続いて聴いたのはベートーヴェンの熱情ソナタ。そしてグリーグのピアノ協奏曲でしょうか。これらも素晴らしい演奏でした。

 彼女が多く演奏するリストはまだ聴いていませんが、リスト自体にそれほど深い興味を持っているわけではないので、書けるような知識を持ち合わせていません。またアルゲリッチと数多く共演しているようですが、アルゲリッチにもそれほど惹かれたことがないので、書けるような思い出はありません。

 しかし、ジルベルシュテインのラフマニノフを聴いた時、これは一度書いておかなければ・・・・と感じざるを得ませんでした。
 なぜなら、それまでわたしにとってのラフマニノフ(2番)はリヒテル一択しかなかったのですから。しかし、ジルベルシュタインを聴いて、リヒテル盤に並ぶほどの感銘を受けたのです。しかも、わたしなら選ばないであろうアバード指揮のライヴ録音で。
 加えて、3番はこれ一択の音楽記録となりました。

 

 リーリャ・ジルベルシュテインはわたしにとって、もっともっと演奏の記録を残して欲しい演奏家です。
 彼女はラフマニノフやリストを多く残していますが、ぜひベートーヴェンやブラームスも残して欲しいです。ベートーヴェンのソナタ全集など希望したいところです。

 

 ブラームスのピアノ協奏曲第1番が好きなら、ぜひこの2台のピアノ盤を聴いてみてください。そして、ラフマニノフも・・・・・・。

 

 3週間ほど前の1月26日、わたしは69歳になりました。あと1年で70歳ということです。

 68歳はいろいろな変化があった年でした。嬉しいこと、辛いこと、楽しいこと、悲しいこと、すべてたくさんあった年となりました。

 「いつかはハーレー」と願って10年ほど前に買ったハーレーを売ったり、庭に大型の倉庫を建てたり、エフ-スタイルスクールの後継者を決めたり、いくつかの環境や状況が変わりました。
 自分なりにいちばん思い切ったのは、コロナで丸々3年間出場していなかった水泳の競技会に復帰したことです。3年間まったく泳いでいなかったわけではありませんが、ハードな練習をしていなかったことも事実です。
 大会に向けて練習しても、なかなかタイムが伸びず、試行錯誤を繰り返した年となりました。幸運にも実力に伴わない素晴らしい結果・・・・ジャパンマスターズ50mバタフライ優勝・・・・を達成できましたが、今年も泳げる環境にあれば、昨年以上にしっかり泳いで実力をアップさせたいです。
 68歳の1年間で、およそ100日スキーレッスンをし(滑ったのは120日以上 / 夏場のレッスンは約30日をこれにプラス)、110日ウェイトトレーニングをやり、90日泳いだ年になりました。

 

 前にも書いたのですが、26歳でヒザの手術をした時、30歳までスキーを続けられるとは思っていませんでした。怪我は靱帯損傷と半月板損傷でしたが、1981年の当時、選手復帰は無理と言われた怪我だったからです。

 それがさまざまな人生の紆余曲折から、ずっとずっと滑り続け、今でも職業として滑り続けています。そして嬉しいことにスキーを愛する気持ちや、スキーが楽しいと感じる心が、今も続いています。
 今日も昨日も朝一番、レッスン前にガチガチに凍った飯森のA級モーグルコースを滑りました。ほんとうに難しいコブなのですが、45年前と同じような喜びを感じることができます。
 また向かい角を真剣に考えるようになり、大回りターンが人生で最高に良くなってもいます。65歳までの自分の大回りを思い出すと、そして映像に残っている昔の大回りを見ると、恥ずかしくて仕方がないほどです。

 90歳に近づいてなお現役スキーインストラクターの平沢文雄先生が、数年前こんなことを言われました。 

 「生きがいとは希望であり可能性」
 幸いにもスキーという生き甲斐を与えられたわたしも、希望と可能性を感じています。

 「スキーは今だにわからないけど、毎年上手になっている」
 先ほど書きましたように、迎え角を考えるようになった整地の大回りは人生最高の状態です。

 自分なりに、少し目標らしいものを考えてみました。
 いくつかあるのですが、まず2回宙返りをウォーターでも良いから75歳くらいまではできる状態でいたいです。
 1回宙返りは雪上で、とりあえず80歳までは飛んでいたいですね。
 アグレッシブなコブの滑りもバックフリップと共に続けたいです。

 今年、パワーリフティング世界チャンピオン・沖浦先生とコラボキャンプをやります。ここでは「若々しくあり続けるための秘訣と、同時に90歳を超えても楽しんで滑れる体作り」を提唱させていただきます。
 やはり、年齢が増すと筋力低下が顕著になります。それを防ぐためには沖浦先生が提唱されている短時間の負荷を用いたトレーニングが最高だと、わたしには信じられます。

 どうせなら90歳ではなく・・・・すでに三浦敬三先生や平沢文雄先生が実現されていらっしゃるので・・・・いっそのこと100歳を目標にしても良いのではないか、とも思いはじめました。そのために平沢先生のご子息、克宗先生にご協力いただき、新しいテクニックも模索しております。
 平沢文雄先生や克宗先生のテクニックは、老化による筋力低下を考えると、ほんとうに参考になります。お二人から、たくさんのことを教えていただき、それをうまく取り入れたいと願っています。
 わたしの親友が音頭を取るキャンプ『マエストロ、わたしをスキーに連れてって』では、今シーズン克宗先生をゲストコーチとしてお招きしております。ご興味のあられる方は、ぜひご参加下さい。

 ・・・・ということで、わたし自身はもう少しアグレッシブに滑り続けると同時に、100歳でも楽しく滑れるテクニックを考察していきます。

 ご一緒してくださる方々、レッスンをご受講いただけるみなさま、69歳の角皆優人も、どうかよろしくお願い致します。

 

<映像は68歳と3ヶ月の時の滑り>