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2017年05月23日(火)

人生の四季について

テーマ:感動

 今日は親友、平光雄さんの誕生日です。

 もし生きておられたなら、ちょうど60歳の還暦を迎える日・・・・。

 彼の計画のなかでは、これからがほんとうの人生と考えていた時となり、これからが本番と計画していた時期となります。

 

 いろいろな計画を持っておられました。

 その中にはわたしを巻き込んだものもあり、わたしもそれらを考えてワクワクしているところがありました。

 

 

 ここ数年、わたしは難病にかかったり、急性めまい症にかかったり、左肩の拘縮になったりしました。しかし、逝ってしまった彼を思えば、ほんのわずかな躓きとしか思えません。
 彼はやはり、もっともっと生きたかったに違いありません。そして、やりたいことがたくさんたくさんあったに違いありません。

 もう一人の親友‥‥こちらは元気に毎日超人的スケジュールをこなしている三澤洋史君ですが、彼がシューベルトにかんしてこんなことを言ったことがあります。

「31歳でなくなったシューベルトにも、彼なりの晩年があったんだよ。最後のピアノソナタを聴くと、それを痛切に感じることができる」

 確かに21番のソナタや 『冬の旅』 にはそれを感じさせる深く大きな世界があります。特にソナタにはベートーヴェン晩年の弦楽四重奏曲にも通じる世界があります。

 そんな目で平さんの人生を見ると、彼にも 「しっかり自身の足跡を残す晩年があったのだな」 と信じられます。
 たった二年の間に、7冊の本を書き、そのほとんどがベストセラーとなっていますし、今でも再版を繰り返しているのですから。
 だから、平さんの主張したい一番のところは、しっかりこの日本という国に根を下ろしたと信じられます。


 平さんには、わたしのもう一人の友人である下村博文君にもぜひ逢っていただきたかった。平さんと下村君の会話を聞くことができたなら、たくさんのものを学ぶことができたに違いないですから。

 わたしにできることは、これからも平さんの信じて生きたところを、わたしなりに次世代に伝えていくことでしょうか。

 時折、エフ-スタイルスクールでやる紙芝居などが、その具体的な活動になるでしょう。

 

 平さんどうか、これからもわたしたちを見守ってください。

 

 

 

 

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2017年05月17日(水)

小さな、小さな、一つの奇蹟

テーマ:びっくり

 音楽が大好きなわたしですが、ふだん 「美しい」 とか、「快い」 とかという感覚から、遠く離れたところで曲を聴いています。
 なぜなら、わたしが大好きな音楽は、それこそ騒音に近かったり、その曲を真剣に聴いたなら死んでしまうのではないか、と感じるような曲が多いからです。
 ショスタコーヴィッチなら4番や8番が好きですし、マーラーなら6番や9番が好きです。もちろんマーラーには自分にとって別格な 『大地の歌』 もありますが。

 

 だから、ふだんまずヒーリングミュージックなど聴きません。

 

 でも、大好きな友人が奏でるとなると、話は別。

 もっとも彼らの音楽はヒーリングという分野には分けられないものですが。

 

 ・・・・・・ということで、昨夕尊敬する友人二人による 『森のひびきコンサート』 に参加してきました。

 福井さんが横笛やカリンバを担当し、小川さんがハープやライアを担当する静かで、落ち着きと安らぎに満ちた演奏会です。

 

 

 彼らの音楽を、これまでCDでは聴いていましたが、実演は今回が初めて。

 

 音楽というより、「音の芸術」 と呼ぶのがふさわしい彼らの音楽。
 それは歌ではなく、空気の振動として、直接わたしに訴えてきます。

 演奏が始まって五分も経たないうちに、アジナが大きく開き、全身が心地よい気に包まれました。
 でも、なんでアジナなんだろう?

 もっと下に来そうな音なのに・・・・・・。
 

 もしかしたら、聴衆の方々が相乗的な効果をもたらして、わたしの体を包んでくれたのかもしれません。

 そう思って感じてみると、多くの方から、心地よい気が流れていました。

 


 音楽を聴いていると、しだいに左肩が温かくなってきました。
 三十分もすると熱いほどに・・・・・・。
 やがて横笛の振動と共に、肩の一部が緩解するのを感じたのです。

 

 つい近頃のブログに、左肩の拘縮で苦しんでいることを書きました。

 その拘縮ですが、わたしの場合左腕の外旋と後ろ方向への可動域に大きな問題があります。

 

 肩の拘縮を英語では、Frozen shoulder(凍結肩)と呼びますが、昨夜の体験はまさに凍り付いた肩が溶けたと感じるものでした。
 

 心地よく、心底までリラックスした演奏会から起きて、しだいに現実に目覚めていくような感覚のなかで、肩の動きを試してみました。

 すると、なんと外旋角度が右腕と同じところまで改善していたのです。

 これまであれだけリハビリで痛い思いをしてもなかなか良くならなかった外旋角が、一時間少々の静かな音楽で治ってしまったのです。
 

 拘縮にはまだまだ酷いところがあり、完治からはほど遠いのですが、外旋にかんしてなら、完治に近いところまで一瞬で来てしまいました。それも痛い思いをせず、快感に満たされながら。

 

 ヒーリングミュージックを否定していた訳ではありませんが、まさか自分の身で起こるとは思いもしませんでした。
 小さな、小さなことですが、西洋医学では説明できないことかもしれません。

 なんと言っても、外旋角度を増すために、毎日毎日ずいぶん痛い思いをしてきたのですから・・・・・・。
 

 素晴らしい友人たちに、心からの 「ありがとう」 を贈らせてください。

 今日はコンサートに行けないのが、とても残念です。

 

2017年05月02日(火)

モーグルやスキーについて想う・・・・・・

テーマ:スキーの話

 わたしがスキーを始めた頃、スキー界はアルペン一色でした。

 それは1970年代後半のことで、プロスキーヤーによる賞金レース(デュアル)が盛んにおこなわれていました。その賞金を目当てに、世界中からプロレーサーたちが集まってきました。賞金額は1位になれば百万円以上があたりまえ。数百万というレースもあったように思います。そんなレースが、ワンシーズンに数多くおこなわれていたのです。

 わたしの友人たちや、師匠も参戦していました。

 

 この時代、アルペンスキーで有力な若手選手なら、すぐメーカーから声が掛かり、用具提供のみならず金銭契約も可能でした。日本を代表するような有力選手なら、一千万円を超える契約金もあったと聞いています。

 

 

 その時代は同時に、アルペンの草レース(非公式レース)が華やかな時代でした。スキー雑誌などマスメディアが媒体となるレースなら、何百人という参加者が集まりました。岩岳学生大会も、ほんとうに華やかなイベントでした。

 

 しかし栄枯盛衰と表されるように、プロレースもやがて下火になり、スポンサーが減り、賞金額も減っていきます。

 1990年代初頭になるとほとんど見かけなくなりました。

 するとアルペンと反比例して、モーグルの草大会が盛んになったのです。


 わたしが関係した大会でも、申込開始日に電話が鳴り止まず、二時間で定員となった草レースがありました。出場したくとも、定員オーバーでお断りせざるを得ない方もたくさんいらっしゃったのです。

 1996年くらいがモーグル草レースのピークになるでしょうか?
 もしかしたら、一年くらい違っているかもしれませんが、その前後であることは間違いないでしょう。ある雑誌社の調べでは、ワンシーズンに日本で百を超えるモーグルの草レースがおこなわれたと聴きます。

 ちょうどこの時期、アルペンの草レースはとても静かでした。
 アルペンレースと云えば、SAJ登録選手たちが中心の公式大会ばかりになったように感じます。

 

 確立されたスポーツにおいて、公式大会は必ず重要ですし、必要なものです。しかし、そのスポーツの勢いや未来をみたいなら、非公式大会の姿が指針になります。
 いつだったか、もう十年以上前になりますが、モーグルの草大会で、こんなことを話した記憶があります。
「草大会の参加者を見れば、そのスポーツの位置づけがわかります。草大会はそのスポーツの文化であり、未来なのです」

 残念ながらモーグルの草大会は今、ほとんどおこなわれなくなってしまいました。日本で十試合に届くでしょうか?


 そんなモーグルの草大会を見てみると、かつてモーグルに真剣に取り組んだみなさまが、まだまだ力強い滑りを見せてくれます。そして有望な若手が育っています。二十代くらいの中間層が少ないですが、まだまだ元気な中高年組と、素晴らしい若手の混合が見られます。
 そんな姿は、かつてのアルペンレースには見られませんでした。


 自分の息子や娘に、滑る姿を見せるお父さん。
 お父さんを応援するお母さん。

 お母さんを応援するお父さん。
 レース数は少なくなりましたが、そこにはこれまで日本でなかなか見られなかった地についた活動が展開されています。
 

 確かに参加者数は少なくなりましたが、まだまだ熱い血がたぎっています。
 もう少しすると、三世代にわたるモーグルスキーヤーが出てくるかもしれませんね。もしかすると、すでにいらっしゃるかもしれません。

 また、コブ斜面に熱い闘志を燃やす基礎スキーヤーもたくさんいらっしゃいます。だから彼らのコブイベントへの参戦が、モーグルや基礎スキーの再生につながるかもしれません。

 どちらにしても不整地を愛するスキーヤーであれば、進取の気質や挑戦心を持っているはず。
 フリースタイルスキーを支えてきたのは、こうした気質であり、自分を表現する力であったはずです。

 


 今年も白馬五竜ではモーグル&不整地テクニカル大会を開催致します。

 やはり時勢には逆らえず、少しずつですが、参加者は減少しているように思います。もう少し減ると、力不足のわたしたちの手には負えず、開催を止めざるをえないところまで来ています。

 しかし、やれる限りはやっていきたいものです。
 それは自分が愛してきたスポーツだから、その未来や現状に微力ですが力を投じたいと願うから・・・・・・。
 特に今年は若くして逝ってしまった高橋歩夢君のメモリアルを兼ねさせていただきました。
 一人でも多くの方にご参加いただけましたら幸いです。

 

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