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2016年12月05日(月)

第11回 信越マスターズ スイミング フェスティバル

テーマ:水泳の話

 昨日の第11回 信越マスターズ スイミング フェスティバルで、今年の水泳大会をすべて終了しました。
 数日の休みを置き、いよいよスキーシーズンがスタートします。

 今年もいろいろなことがありました。

 まず忘れられない出来事に、六月頭の 『発作性頭位めまい症』 があります。
 これまで経験した病気や怪我のなかで、いちばん驚いたものです。強烈なめまいに襲われた時は 「死を覚悟した」 ほどの驚きがありました。その瞬間、「脳に問題が起こった」 と感じたのです。
 結局、ごくふつうの病気(機能異常)であることがわかり、たいしたこともなかったのですが、あの驚きは忘れられません。

 それから夏に酷くウルシにかぶれました。一ヶ月ほど全身に湿疹が出て、人にお会いするのが失礼にあたるほど見苦しい姿となりました。

 ただ昨年、一昨年の二年間というもの夏の終わりに必ず体調を崩していたのですが、それは回避することができました。回避できた理由は、一つに 「体重増加を気にせずよく食べたこと」、次にトレーニング時に 「アミノ酸類」 を摂取したことにあります。
 昨年の夏からくらべると、三キロ以上重くなりましたが、体調はすこぶる良かったです。

 

 口には出しませんでしたが、今年は一つの目標がありました。
 それは50mバタフライで29秒台か、もしくは50m自由形で27秒台を出すこと。もし出たら、「骨化症のことは忘れて再スタートしよう」 というものです。
 後述する理由から、バタフライの方が近いように感じていました。
 しかし、残念ながら今年のバタフライのベストは30.59。
 半ば諦めかけましたが、昨日の自由形で27.98を記録することができました。かろうじての27秒台ですが、手術後初めての27秒台です。

 そこで、手術時に友人からいただいた達磨に、ようやく目を入れさせていただきました。


 

 長い間、見守ってくれてありがとう(^O^)/
 ようやく目が開きました。

 今回の大会ではもう一つ、びっくりしたことがありました。
 それは100m個人メドレーが、申告タイムとまったく同じだったことです。
 そのため生まれて初めての 『ぴったり賞』 をいただきました。

 


 

 2016年は7つの試合に参加、計14種目に出場。
 1位が12回、2位が2回、大会新記録が7回と成績としてはとても恵まれた年となりました。

 もう一つ、練習の50m板キックで自己ベストが出たことも書いておきます。キックはまだまだ遅いのですが、やはり嬉しいことでした。


 しかし、とても困ったこともありました。バタフライが曲がり出したのです。
 バタフライに力を入れたのは首の手術直後、少し右肩に麻痺が残っていたからです。現在は麻痺というほど酷くなく、違和感がある程度になりましたが、しばらくは自由形(クロール)がいびつなリズムになっていました。一生懸命泳げば泳ぐほど、泳ぎが乱れるように感じたのです。
 自由形にくらべると、バタフライは勢いだけで泳げるところがあり、左右差も感じません。
 ところが今年のジャパン前から曲がり出し、ジャパンでは気をつけたにもかかわらず、左のコースロープに二回もぶつかりました。レインボーではあえて右方向に泳ぐ作戦にでましたが、それでもロープを一回こすりました。
 ジャパンスプリントの映像を見ても、大きく左方向に進んでいるのがわかります。

 そんな中、ほんとうに久しぶりの短水路50m自由形に出場しました。
 タイムはギリギリの27秒台でしたが、感触はとても良かったです。リズムもよく、左右差も感じず、泳ぎもまっすぐでした。


 ・・・・ということで、後縦靱帯骨化症からようやく抜け出せたのが、今年のように思います。
 来年から本格的に再スタートします。
 なんとか、もう一度自己ベストをねらってみます。

 そのためにもスキーシーズン中、体調を崩さず、最低週一回は泳ぎ続けたいものです。

 

 今年もたくさんの方に応援をいただきました。
 『スイミングの科学』 でもたくさんの方のお力をいただきました。
 ほんとうにありがとうございます。

 *余談ですが、松田仁美さんのサイン入り 『スイミングの科学』 が手元に少しあります。もしご希望の方はわたしまでご連絡ください。
 

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2016年12月02日(金)

『青春をスキーに』 by 黒岩達介

テーマ:本の話

 先シーズンが終わってから、かなり真剣にスキー関係の本を読んできました。
 日本のスキー史を築かれたみなさまの本や現代の有名スキーヤーの書いたもの、それらに技術書の類を含めると40冊くらいは読んだのでは・・・。
 それらのなかで、深く心の琴線に触れ、感動や感歎を感じる本が何冊かありました。

 この 『青春をスキーに』 もその一冊です。

 


 著者の黒岩さんとは、残念ながら一度もお逢いしたことがありません。
 しかし、彼が高崎高校の先輩であり、非常に高名なスキーヤーであることは、高校時代から知っていました。
 高校時代のわたしは、まさかスキーを生業にするなど、想像もしていませんでした。ただ、中学を卒業して間もない頃、街中でばったり逢った中学の恩師とこんな会話をしたのです。

 

 それは晴れて青い空の美しい春の朝でした。
 当時、家族で住んでいた高崎市の問屋町から高崎駅方面に歩いていると、「角皆君!」と声を掛けられたのです。
 明るくて澄んだ呼び声でした。
 振り向くと、音楽の高田先生が微笑んでいました。
 クラシック音楽が大好きだったわたしは中学時代、教職に就いて間もない彼女と好きな曲についてしばしば真剣に語り合いました。そんな思い出もあって、とても親しく感じている先生だったのです。
 挨拶が終わるなり、彼女はこう尋ねてきました。
「素晴らしい高校に受かってよかったわね。でも、角皆君のような人に、あの高校はどうなのかしら。だいいち角皆君はどんな人になりたいの? どんな職業に就きたいの?」
 わたしは自分の心を覗き込んでみましたが、そこに答えなどありませんでした。

「先生、弁護士なんてどうかな?」
 意味などありませんでした。たまたま弁護士という職業が魅力的に思えただけの答えでした。
 彼女はそれを聴くと、美しい横顔を曇らせてこう答えたのです。
「・・・まったく似合わないわね・・・」
 しばらく沈黙して、こう続けました。
「そうね、角皆君にはプロスキーヤーみたいな職業が似合っていると思う。スキーを滑って世界中を旅するのよ。そして、たくさん恋をするの・・・・・・」
 彼女の瞳に、夢見るような光が宿っていたのを覚えています。

 その後、さまざまな偶然が重なって、わたしの人生はまさに彼女の言葉が予言となったかのような道を辿りました。だから高校に入る時には、すでにプロスキーヤーという言葉に敏感だったのです。

 

 間もなく、高校の先輩に有名なスキーヤーがいることを知りました。それが黒岩達介さんでした。
 時々、わたしの通学路にあるスポーツショップの前に 『万座スキースクール』 というロゴの入った車が止まっていることがあり、そのたびに 「黒岩さんが来ているのかな?」 と中を覗いていました。
 

 この本に記されている彼の半生は、日本人としてスキーという新世界を開拓した数少ない方の見事な生き様です。
 この本を読むと、わたしがフリースタイルスキーで経験したことに、とても近いようにも思えます。
 そんな共通点があるからでしょうか、読みながら何度も涙しました。

 猪谷六合雄さんといい千春さんといい、三浦敬三先生、杉山進さん、丸山庄司さん、片桐匡さん、そして黒岩達介さんと、わたしたちには素晴らしい先達がいらっしゃいます。
 彼らの軌跡を知るだけでなく、彼らの掲げたスキーの炎を、なんとかわたしも微力なりに継承したいと感じています。

 いよいよスキーシーズンが始まりますね。

 

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2016年11月15日(火)

外圧への具体案は?

テーマ:スキーの話

 先日書かせていただいた 『スキー界に起こっている外圧について』 に、たくさんのみなさまからご意見をいただきました。ほんとうにありがとうございます。
 厳しいものから、温かな眼差しのものまで、さまざまなご意見をいただきました。

 

 こうした意見をいただくことができて、ほんとうに嬉しいです。なぜなら、考えたり意見を表明したりすることは、前に進むために必要なことだ・・・と感じるからです。

  「具体的な提案を知りたい」 というご意見もいくつかいただきました。

 ほんとうは、こうした質問が来ないように以下のように書いておいたつもりなのです。

・・・・・・だから、まずわたしの役割としては自分の知識と経験をここに書かせていただくこと。それくらいで、どうかご勘弁いただきたい・・・・・・。


 その理由は、具体案はいつも角が立ち、それを理由に表に出ざるを得なくなるからです。

 しかし、尊敬する友人が言うように 「具体案を出せないなら、反対するな」 という言葉も真実ですし、重いものがあります。
 ですから、少しだけわたしの考える具体案を書いてみます。
 わずかでもご参考になるところがありましたら幸いです。

 まず、前回の文章に書き加えたい内容がひとつあります。
 それは 「日本人インストラクターでも英語が話せて、英語でのレッスンをしたい方はかなりいらっしゃる」 ということです。しかし、彼らの活動はさまざまな形で制約されているのが実状でしょう。たとえ、有名デモや元有名選手であっても、容易に個人的レッスンができない現実があります。

 そうしたことを踏まえて、わたしはよりよくするために二つのやり方があると考えます。

 

 まず一つは、世界的にスタンダードな方法を取るというものです。
 これはスキー&スノーボードスクールやガイドを、スキー場の所属にするというやり方です。
 ビジネスを統括する頭が一つになるので、とてもすっきりします。

 スキー場がスクールを経営するのです。日本にもわずかですが実例がありますね。
 世界ではもっとも多く見られる形なので、海外の方にも理解されやすいでしょう。
 たとえ複数のスクールが一つのスキー場にあったとしても、問題の解決は容易になります。
 

 次に、日本的な特徴を生かす方法です。
 スキー場から独立したスクールというのは、日本特有の形態なのではないでしょうか。他にもあるかもしれませんが、少数派でしょう。これを徹底的に生かしていこうという方法です。

 たとえば、日本にある全日本スキー連盟公認校の一般的スキーレッスン価格はわたしの知る限り、世界でいちばん安いです。しかも圧倒的に安いです。
 これにより、スキーバブル時代にスキー人口は爆発的に増えました。またスキーというスポーツが庶民のものにもなりました。全日本スキー連盟によるスキーの普及は大きな成功を納めたわけです。
 しかし、日本には高額なレッスンがほとんどありません。そのため、多くのインストラクターの収入が低くなると云う弊害も起こりました。スキーだけで生きられる人が、限りなく少なくなったのです。
 オリンピックなどのコーチとなるナショナルチーム・コーチの場合、もっと極端な現実があります。海外のコーチを高額で雇いながら、日本人コーチはほぼヴォランティアとなり、それだけで生活することは不可能です。ですから特定企業や特定利益団体が抱えるコーチを任命し、経済的かつ社会的な縛りをかけます。猪谷千春氏はもう半世紀以上前から、こうした状況を嘆いていらっしゃいますが、それが延々今日まで続いています。

 ここで、ちょっと話を脱線させていただきます。
 韓国に一人とても有名なモーグル指導者がいます。彼はその昔わたしの指導を受けたことがあり、今でも 「先生、先生」 と呼んで、慕ってくれています。
 そんな彼は毎年日本にやってくると、必ず挨拶に来て、感謝の言葉を述べます。
 そんな彼が、何度かこんなことを言ったことがあります。
「優人先生のおかげで、わたしもスキーで生活することができています。ほんとうにありがとうございます。ただ先生より、わたしの方が稼いでいることをどうかお許しください。日本と韓国ではレッスンの条件が違うのです。それを、とても申し訳なく感じています」
 彼のレッスンは一日五万円から七万円です。日本への大型ツアーや韓国でのキャンプを含めると、ワンシーズンで一千万円近くを稼いでいます。まだまだ若い彼ですから、韓国におけるスタンダードからすると、非常に高額の収入を得ていることになります。
 彼は真顔で、真剣に、彼の方が稼いでいることを、わたしに詫びるのです。

 「よく、わかっているよ。あなたがそれだけ立派に稼げるようになって、ほんとうに嬉しい」

 わたしはこう答えるしかありません。
 でも、彼がそういう経済的視点から日本のスキー界を見ている事実に、とても驚きました。

 現在、韓国に行ってスキーを指導する日本人インストラクターが増えています。そこには上記のような理由があるのかもしれません。



 スキー場から独立したスクールというのは、無限の可能性を持っています。
 それを生かすためには、現在のスクール形態では難しいことも確かでしょう。
 たとえば白馬エリアなら、数々のスキーレジェンドが住んでいます。もし彼らがワンシーズンに一回でも二回でもレッスンするなら、相当な方々が受講してみたいと思うでしょう。ところが、気軽なシーズン一回のレッスンでも、じっさいやろうとしたならたくさんの難関が待ち受けています。

 現在のスクールが、もっともっと柔軟な姿勢を持てたら良いな・・・と思います。
 たとえば英語レッスンをしたいインストラクターがいれば、具体案を出してもらうのです。それを検討し、活動を後押ししてやれるなら素晴らしいことです。
 たとえば引退したデモンストレーターがいて、レッスンで稼ぎたかったら、思い切り稼げる場を作ってやることも必要でしょう。
 もちろん、上納金は必要でしょうが、それは少ないパーセンテイジで良いのではないでしょうか。たとえば、十パーセント程度の上納金でほぼ自由にレッスンができたなら、たくさんの元有名スキーヤーの人生が、変わっていたのではないでしょうか。

 成功例と呼べるのかどうかわかりませんが、わたしの所属する白馬五竜スキースクールの実例を書いてみましょう。
 白馬五竜スキースクールにはアカデミーと呼ばれる下部組織があります。レーシング、スノーボード、フリースタイル、英語による国際スクール、中国語によるスクールと五つの団体がそこに属しています。いくらかの上納金と家賃、そしてトイレ掃除などの義務はありますが、基本的に自由度のある活動をおこなっています。
 ですから、白馬五竜にかんして言えば、一山一校というルールはかろうじて守られています。また、こうしたアカデミーの他に、スキー場が直接許可した上記以外のスクール活動がおこなわれ、競争もあります。
 まだまだ改善点はありますが、こうした形も一つのやり方ではないでしょうか。


 

 全日本スキー連盟はいくつかの点で大きな成功を納めてきましたが、スキーインストラクターの生活向上という点では、大きな失敗を繰り返してきました。またコーチの地位や生活という点でも、失敗していると考えざるを得ません。
 

 これからそうした部分に焦点を当て、スキーで生きていこうとするものに、可能性のある道を示してやることは、スキー界の未来にとって必要でしょう。そのためにも柔軟で未来に向かって変化できる体制を実現すべきだとわたしは考えています。

 

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