有料iPhoneアプリの無料版を安易に出してはいけない | スマホアプリ開発記

スマホアプリ開発記

スマホアプリやサービス作りで感じたことを書いています。

有料iPhoneアプリの無料版を安易に出してはいけない

アプリ開発者として、前々から感じていたことですが、最近確信に変わった事例が2つあったのでご紹介します。

もちろん、無料アプリという特性を活かして大きな収益を挙げているデベロッパーも数多くいらっしゃいます。しかし、有料アプリが好調だからといって、更に収益を上げようとか、裾野を広げようという目的で安易に無料版を出すと、ほとんどの場合効果がないか、むしろ収益を下げる要因になりかねません。そして、それはiPhoneアプリにおいて顕著のように感じます。

■ 無料版を慎重に出さなければいけない理由


iPhone特有のものとして、大きく二つの理由があると考えています。
  • 「機能制限版」というアプリをアップルは認めない
  • 類似アプリが大量にあり、全てApp Storeから気軽に探して落とせる
一つは、アップルのレギュレーションの話ですが、アップルは機能制限版のアプリをApp Storeに置くことを許していません。デスクトップのアプリではよくある、一部メニューやボタンがグレイアウトされていて、それを選択すると「この機能は有料版で使えます」というものはリジェクトされます。アプリの説明として「無料版では機能が制限されています」と記述するだけでもアウトです。2週間のお試しでその後使えなくなる体験版アプリなど論外、絶対に認められません。無料版やLITEという表現は許されるのですが、少なくともアプリとして機能が完全に動作することが求められます

従って、無料版でもとりあえず使える・遊べるというものにならざるを得ず、ユーザーからすれば一定の満足度を得られるため、その後有料版を買うという動機付けがかなり弱まります。これは、デスクトップアプリとは大きな違いです。

二つ目がユーザーにとって選択肢が大量にあるという点。iPhoneアプリは今や全体で30万本近いと言われていますが、その中で唯一無二のアプリというのはほとんどありません。必ずと言っていいほど、類似のアプリが存在します。そして、それを探すにはApp Storeというただ一か所を検索すればいいのです。デスクトップアプリでは、情報が散在し、一々Google検索するなどして目的のアプリを探し出さなくていいのとは違う圧倒的な利便性です。そして、ユーザーも新しいアプリを探して試すこと自体を楽しんでいる感があります。

なので、あるアプリの無料版が気に入ったとしてもそれはそれで満足し、有料版を買うくらいだったら、App Storeから似たようなものを探そうという心理が働きやすいように思います。

理由付けはこの辺にしておいて、実例を見てみましょう。

■ 話題&高評価の「怒首領蜂大復活」が無料版リリースで大失速


中村智武のCTO記 中村智武のCTO記

怒首領蜂大復活

あの弾幕系シューティングゲーム代表作品がついにiPhoneに移植!ということで、リリース前からかなり話題になっていました。リリースされた後も、ランキング1位を獲得、前人気を裏切ることなく評価も高評価が続き、安定してランキング上位に留まることになるかと思っていました。

しかし、有料版リリースから約一週間経った頃に、無料版をリリースしてから状況は一変します。

ランキングをみるみる転げ落ち、オープンセール価格が終わったのと相まって、ランキング一桁台から一気に100位程度まで駆け下りてしまいました。この間、3日ほどです。常識を打ち破った下落と言えます。

実際にランキング推移で見てみましょう。

App Store有料アプリダウンロード数ランキング推移
中村智武のCTO記

もちろん、ファクターが「セール終了」と「無料版リリース」と二つある点は注意が必要です。しかし、少なくとも、無料版を出した効果は全くなかったということが言えます。

参考までに、他人気アプリと比較してみましょう。

タイトル 価格 リリース日 日数 9/5現在順位 平均評価
ストリートファイターIV 900 3月10日 179 34 4.35
CHAOS RINGS 1,500 4月20日 138 45 4.36
ゲーム発展国++ 450 7月13日 54 90 4.40
怒首領蜂大復活 1,000 8月26日 10 95 4.49
FINAL FANTASY 1,000 2月25日 192 134 3.88

CHAOS RINGSは別ですが、どれも人気ゲームの移植で、前人気も高かったものです。そして、どれも酷評がつきやすいと言われるApp Storeで高い評価を得ています。数か月経っているにも関わらずランキング圏内に存在します。順位の推移をグラフにすれば、緩やかな下降をたどります。

酷評がつきやすいApp Storeにおいて高い評価を得ているにも関わらず、たった10日で95位まで下落してしまった怒首領蜂大復活がいかに際立っているのがおわかりでしょうか。知名度があり、各種メディアに取り上げられるほどのゲームがこれだけ急降下した事例は他に思いつきません。明らかに、無料版リリースによって、有料ユーザーのパイまで奪っています。

■ 超人気カメラアプリが無料版リリースでダウンロード数20万本超え、しかし・・・

もう一つのは、良質で世界中で人気を博しているカメラアプリをリリースされているfladdictさんの事例です。fladdictさんは、ブログでもリアルな数字を書いていただけるので、一デベロッパーとして非常に参考になります。

そして、先日、TIltShift Generator の無料版をリリースしたところ、ダウード数が20万本を超えた一方で、広告収入が200ドルに留まり、さらに多くの有料カメラアプリのランキングを落とす焼き畑効果が顕著となったというのです。

非常に印象に残った文章を引用します。

fladdict » 無料版10日で20万ダウンロード、広告料$200

もともとクリス・アンダーソンのフリーミアムに対しては一貫して否定的でしたが、実際やってみるとやはりフリー戦略は色々とコントロールがムズイ。 非常に興味深かった点は、フリー版の焼き畑効果。 TSGがフリーになることで、ランキング上位から競合カメラアプリが全て引きずり落とされるという結果に。これはもはやテロといって過言ではないかと。。。同業他社の皆様、ゴメンナサイゴメンナサイ。

■ では、無料版は出すべきではないのか?


そうではありません。

間違っているのは、無料版を有料版の体験版と位置付けることです。弊社でも有料版アプリの無料版を後からリリースしたものがありますが、有料版への導線効果はほとんどありませんでした。むしろ有料アプリのダウンロード数が落ち込みました。iPhoneにおいては、このようなアプリに収益的にはほとんど意味がありません。

もう一つ考えがちなのが、無料版に広告をつけマネタイズしようとすることです。別に記事を書こうと思いますが、無料版に広告をつけてマネタイズを考えていたとしても、広告で稼げるのは1ダウンロードあたりではせいぜい1円程度(※1)です。つまり、最低単価である115円のアプリを無料化したとしても、ダウンロード数が115倍まであってようやく無料化した意味が出るのです。無料版のダウンロード数は有料で出したときの10倍~数十倍程度に落ち着くことが通常だと思いますので、有料版アプリの裾野を広げることでより稼ごうと思ってもどうあっても割に合いません。怒首領蜂大復活の無料版には広告がついていますが、1000円アプリの無料化分を広告で補おうと本気で思っていたとしたら、大きな間違いですね。焼け石に水です。

※1 この場合は、有料アプリの無料(LITE)版としての場合です。気に入れば有料を買うか、そうでなければアプリが起動されなくなるので、大体1円程度に収束します。後述する継続的にインプレッションを稼げるアプリであれば当然上に伸びます。

■ 無料アプリのマネタイズ方法


「(有料版の)無料版を出す」という発想ではなく、「無料アプリをどうマネタイズするか」を純粋に考えるべきです。

成功している事例の一つはCoin Dozer ではないかなと思います。アプリを起動し続けることがゲームを遊ぶ上で必要になるという仕様で、かなりの広告インプレッションを稼いでいます。

ガチャコン も成功していると思います。継続的にアプリを起動させる動機付けができており、こちらもインプレッションを稼いでいます。

広告以外には、アプリ内課金を利用して、継続的にユーザーからお金を徴収することを検討できます。いくつか成功しているように見えるアプリもありますが、アプリ内課金の効果はランキング等客観的な指標に表れないため、効果が外からは見えにくいのが残念です。

ただ、このモデルですと、どうしてもケータイには勝てません。ケータイはそもそも基本料金や通話料としてお金を徴収しているため、そこに上乗せしてお金を取ることができます。月額課金の仕組みもありますので、デベロッパから見ると非常に魅力的なプラットフォームです。
それに対して、iPhoneの場合App Storeの運営母体はアップルでありソフトバンクではありません。iPhoneアプリにお金を払うためには、ソフトバンクの毎月の請求に含めるということはできず、App Storeにクレジットカード番号を登録する等しなければなりません。まず、ここに一つ目の敷居があります。さらに月額課金の仕組みをアップルは提供していないため、一度お金を取ったら二度と取れないというモデルになります。月額課金のようなものもやれなくはないのですが、成功しているところは皆無です。アプリ内課金はまだまだ前途多難な印象です。

しかし、iPhoneの最も大きな魅力は、App Storeに登録するだけで、世界中からダウンロードされる環境にあるということです。世界に通用するアプリを作ることができれば、大きな飛躍のチャンスがあります。広告もAdMobを始めとして、世界にネットワークを持つ広告ベンダーが存在します。

いずれにせよ、無料アプリで成功しているものは、「無料で稼ぐにはどうするか」ということがよく考えられています。アプリにするときに「有料にするか無料にするか」については悩めるところかと思いますが、無料で出しつつ収益化を狙いたいのであれば、「どうマネタイズするか」を真剣に考え、それが難しそうであればおとなしく有料で出すのが無難でしょう。有料で出しつつ、色目を出して無料版も出して更に知名度や収益を上げようなどと安易なことをやると、収益的に痛い目に遭います。