旅が好き。
急に思い立って新幹線に飛び乗り、土用の丑の日に浜松までうなぎを食べに行ったり、
ラーメンが食べたくなり札幌ラーメンを食べに空路・札幌へ、
また博多ラーメンを食べに福岡・長浜へそして親不孝通りへ、と行ったこともあります。
(って食い物つながりばっか・・・)
旬のものは旬の場所へ!
おいしいものは現地で!
食には女心をそこまで突き動かす、底力があると思います。
食べたいものには何時間も並ぶ。食べたい店なら飛行機に乗ってでも行く。
旅先にそんな胃袋を刺激するパワーフードがあれば、鬼に金棒
そしてここ豊岡にも、食いしん坊な女ばかりか誰もを魅了する、パワーフードがありました。
次に私たち応援隊が案内してもらった先は、
江戸情緒あふれる町並みが魅力の城下町・出石(いずし)。
明治9年の大火で、なんと中心街の3分の2が焼失してしまったという、悲劇の町でもあります。
出石のキーワードは“再生”。
未来のために、過去を慈しみ、"失ったものをとりもどす”ために生きること。
それははからずも、コウノトリや豊岡全体のキーワードとぴったり融合するのです。
もともと「古事記」や「日本書紀」にも名が挙がった古い町――出石。
但馬の祖神・天日槍がこの地を拓したといわれているほど由緒ある土地なのだそうです。
後から知ったけど、古代に築造された円状古墳もあるんだって! 見たかった!
豊岡入りしたときの雨足ほどは強くはありませんが、妖しい雲行き・・・
やっぱり雨の観光になってしまいました。
しかも私、羽田空港に向かう行きの電車内に、ぬあーんと傘を忘れてしまっていたのです・・・
当然あいにくの旅行中に傘がない、という困った状況に陥ったのでありますが、
城崎温泉のおもてなし文化、「みんなの傘」を借りて、出石散策へ出発できました!

独自のマンホールや昔ながらの家々に目をキラキラさせながら、碁盤の目状の町並みを歩きます。
しかし、雨の城下町ほど風情があり、おつなものはありません。
濡れた木々、石畳の雨染み、歩くだけでも楽しい~♪
宝永3年(1706年)、出石藩主・松平氏と信州上田の仙石氏が国替えとなった際、
仙石氏とともに信州から来た蕎麦職人の手によって蕎麦打ちの技法が今のスタイルのものとなったという、出石の皿そばの歴史――。
その後、透明感ある白磁が神々しい出石焼の文化も生まれ、その小皿にそばが盛る様式がお目見えしました。
この通り沿いに数十軒ものお蕎麦屋さんが軒を並べ、すっかり関西でも指折りの蕎麦ドコロ。
外人風に言うと、「SOBA STREET」?
しかし、雨の平日でもこの人手 出石がどんなに人気があるか、わかっていただけたでしょうか?
その中でも当時の佇まいを残し、店内の開放的な窓から、辰鼓楼や道行く人を眺めながら皿そばが堪能できる「湖月堂」さんでお食事。
昭和59年6月10日の"時の記念日”にオープンしたこちらの内堀店。
300年余の伝統を守り、厳選した材料を出石の清水で伸ばし、挽きたて、・打ちたて・ゆがきたての3立てをかたくなに守ってきた老舗店です。
ぎしぎしと軋む音も歴史を感じさせてくれる階段(ちょっと急)には、側面に絵になる彫刻も。
レトロが逆に新鮮なお二階へ案内されました~♪
お通し?のそばのかりんとう。
蕎麦を待つ間、おいしくってポリポリ手が進みます
そうして私たちの前に並べられた、白磁の小皿に盛られた皿そば。
小皿盛りなので、上品にいただけるのも女性には嬉しい点ではないでしょうか
そして出石そばの特徴は多彩な薬味!
ネギ、わさび、たまご、とろろ・・・・
蕎麦の香ばしさを引き立ててくれる、お好きな薬味でどうぞ!
それにしても、麺の表面がプルップルと光っていて、歯応え&コシがすごい!
――素敵な言葉。
でもそばにありすぎてね、わからないこともあるの~(笑)
シンプルにまずは麺だけ噛んでみて、次につゆのみ、それから薬味を足していろんな味を楽しみました。
通常お一人さま5皿のところ、今日は特別に盛っております~(爆)
でも地元では食べれば食べるほど“そばツウ”と言われるみたいで、この日もどんどん豊岡の方に薦められました
今回は、事務局の方々がいらしていろいろご伝授くださったからよかったけど、お店に皿そばマニュアルや皿そばソムリエがいらして、懇切丁寧に皿そば論を展開してくれたら、旅行者としては嬉しいなぁ。
お店の窓から見えた明治4年に建てられ、今でも時を告げる出石のシンボル、辰鼓楼。
食後に近くで見たら、大きかった!
今の時計盤は3代目。
長く時計台として親しまれ、敬意を払った出石の市民は、辰鼓楼の高さを超える建物を決して建てないそうです。
浪漫と歴史を市民が守る―― いいなぁ。素敵だなぁ。
昔ながらの看板も、残してくれているの。
出石焼の器屋さん、店頭にも白磁に映える、緑碧のキレイな看板が。
焼失した町屋を再建するときには、江戸時代の建築様式をリアルに採用し、その美しさが認められ平成19年には国の重要伝統的建造物群保存地区に認定されたのだそうですよ!
明治維新の立役者であった、桂小五郎が出石に潜伏していた頃に、営んでいたといわれる荒物屋の廣江屋敷跡。
でもふと視線をずらすと、電柱に不釣合いなQRコードも・・・
歩いてすぐの場所には、近畿地方で最古の芝居小屋として1901年(明治34年)に開館した出石・永楽館があります。
歌舞伎を始め新派劇、寄席などが上演され、但馬の大衆文化の中心として繁栄しましたが、昭和39年にいったん閉館。
眠っていた芝居小屋を、修理が必要な部材だけを元の形式に合わせて交換するという平成大改修がなされ、2008年(平成20年)に復活することができました。
一歩足を踏み入れると、当時の空気に一瞬にしてタイムスリップ!
二階の奥にある楽屋にたたずむのは、大好き豊岡応援隊のKEIKO さん♪
さすが本職・女優さん! 芝居小屋にとっても馴染みます
廻り舞台、奈落、花道、レトロな看板など当時のままの姿で残っており、当時の大衆文化を知るとっても貴重な永楽館。
映写機?だっけ?
舞台の上の天井にはライトが。すごい!
この永楽館の復興もそうですが、市民の方々の、このまちに対する愛情がハンパない。若い人も商いをしている方も中心となっての酒蔵コンサートや夏祭りイベントなど、豊岡発のアイデアが柔軟かつピンポイントにターゲットを絞り的確
そしてそのアイデアを夢で終わらせず形にする民の底力、それを支持しサポートする官のチカラとの連携プレーが見事なんです。
歩みよりが生む、ハーモニーはナイスバランスでまちを活気付けます。
それからまた散策、家老屋敷前などを通り、神社を見たりとマイナスイオンに癒される散歩時間・・・
誰か私に豊岡のCM作らせて~!!
いま! 私に!! 何かいいの撮れる気がするから~~!!(気のせい)って気分に陥りました(笑)。
日本画にしたい風景がたくさん。
―――日本はこんなにキレイだよ。
だって苔むす色のこの鮮やかさ! 苔ブラボー!←苔ってねぇ、絶妙な湿度と菌の蘇生バランスで(以下略)。
ただ私の写真の腕ではうまく発色が出な・・・(ノω・、)。
こういう地図みたいにスポットやお店の外観の特徴を絵で記したような、簡単で一度にすべてわかるマップは嬉しいね。
女は地図が読めない生き物。
お店ののれんをくぐって、くるりと向き直ったらもう、トンナンシャーペイ(東西南北)わからんのです
――でもシンボルが絵で描かれていたらよくわかる。
街の中にジオラマみたいな立体であったらなおわかる。
すのさんのブログで知ったセカイカメラ活用なんてあったらますます素敵。
地図の読めない女にも優しい出石、待ってます(笑)!
では最後に、豊岡応援隊の森三中・黒沢、歌います。
「流れ流れて雨の出石
皿そばさらさら
なんぼ食う~
どんどん勧められ
これがほんとの皿盛りさ~
皿そばさらさらわさびでチョイ辛
皿そばさらさらネギだくで
皿そばさらさらトロロでつるるん
皿そばさらさら〆は卵
ってなんぼ食う~」
久しぶりのリサイタルにマイクを持つ手が震えました(笑)。
次の公演は秋の秋葉原UDXです(嘘)。
私を温かく迎えてくれた豊岡市はココ! 皆さん知ってましたか?
コウノトリ悠然と舞うふるさと とよおか