★奈良県(近畿地方)のパワースポット★
〜過去のブログと統合しています〜
室生龍穴神社のあとは
繋がりの深い
室生寺へ
レッツゴー。
明後日から
私、高野山にいく予定で
室生寺は女人高野
ともいわれているから
タイミング、ばっちり~。
ってわけで
真言宗 室生寺派 大本山室生寺
いきましょ~。
ご本尊 如意輪観音
住所
〒633-0421 奈良県宇陀市室生 78
TEL 0745-93-2003
あらあら?
そっか~
駐車場って
いくつかあっても
みーんな
お土産やさんの有料駐車場。
(500円くらい。)
室生寺の駐車場って
なかったんだね。
うぅ~ん
素敵なところに建ってますなぁ。
もぅ、この辺りに一週間くらいいてもいいっ
高野山は、その昔女人禁制だったけれど、
この室生寺は、女性の参詣が許されていたことから
「女人高野」と言われているんですって。
室生寺創建
「宀一山縁起』によると、 室生寺は奈良時代の白鳳(私年号) 9年(680)に、天武天皇の勅命をもって修験道の祖 役小角が初めて建てたと伝えています。
また『宀一山年分度者奏状』には、桓武天皇が皇太子のとき病に臥し、室生山中での延寿祈祷により快復した。
それが縁で平安初期の延暦年間(782-806)、天皇の勅命により興福寺(法相宗)の高僧 賢環が弟子の修圓とともに建てたと伝えています。
さらに、承和2年(835) に真言宗の祖・弘法大師空海が遺言された 『御遺告』には、唐(中国)の師・恵果から授かった、国に平和をもたらし、 人々の願いをかなえるインド伝来の如意宝珠を、室生山で修行した堅慧に託して、善如龍王の棲む精進峰に大切に納めたと伝えています。
以来、真言宗の重要な道場の一つとして篤い信仰を集めています。
あっ!
桓武天皇が皇太子のとき病に臥し、
室生山中での延寿祈祷により快復した
↑
これこれ
祈祷した場所が
室生龍穴神社の龍穴だっ!
さってっ
室生寺の拝観料は
600円
宝物殿は
400円
セットで1000円。
あら~、奥の院があったんだぁ・・・
前回、室生寺にきたときは
いかなかったなぁ。
あっ、お寺の方!
「あの、これって、奥の院までどのくらいありますか?」
「奥の院まではおよそ700段の石段がありまして、
だいたい30分くらい登ると思います。
ただ、奥の院は扉は開いていないんです~。」
ええぇっ
扉があいていない
お堂に
片道30分の石段・・・
うわぁっ ほんと、きれい。
ふぅ~ ←幸せのためいき
いいねぇ
ほんと、いいねぇ。
日本人でよかったよぉ。
女人高野だから
昔の人たち(女性たち)も、
同じように
うっとり、したのかもねぇ。
おや?
バン字池?
あっ!
大日如来様
これまた、美しい~。
室生寺にいたら
顔も心も優しくなれちゃう。
あっ、女性の、お坊さん・・・かな。
一段一段で
苔の間に生えている草を手でとってる。
これだけ美しいのは
それだけお手入れがされていて
人の想いも重なる
美しさ、なんだなぁ。
ペコリ。
そういえば
前回訪れたのは
2013年の2月上旬ごろで・・・
雪がちらつき、芯から冷えて寒かった!
でもその粉雪が
弁天さま、こんにちは~
うわぁ、夏なのに、紅葉きれい~
太陽の光で
黄金に見える。
ぼー。
うん、うん、いい。
室生寺は
11月~12月の紅葉と
4月~5月のシャクナゲも
有名なんだって。
境内には
およそ3000本のしゃくなげが
咲き誇るそうだよ~。
正面に見えるのは
金堂。
左手は
[重要文化財] 弥勒堂
鎌倉時代
三間四方の柿葺きの堂は、修圓が興福寺に創設した伝法院を受け継いだものと伝える。
須弥壇中央(しゅみだんちゅうおう)の厨子に安置された弥勒菩薩立像(重文)は、奈良時代末から平安時代初期の制作。
昭和28年 (1953) の修理の際、 須弥壇下と天井から宝篋印塔型(ほうきょういんとうがた)の木製小塔である籾塔(もみとう)が多数発見された。
仏像の写真はこちらをみてね↓
弥勒堂
わぁ、くちたような木の香り。
左から
地蔵菩薩 弥勒菩薩、役行者
仏像も木の色があせていて
深みのあるお姿だなぁ。
自然と手をあわせたくなっちゃう。
真ん中が
弥勒様
吸い込まれるように
立つと
はぁっ
サラ~ッと、涼やかな感覚が、頭上に伸びて伸びて、
優しく開いていく~。
いいねぇ。
古いものに触れるっていいなぁ
時間がゆっくり。
流れるというか
止まるというか
とても、私の中が、おっとり静か。
穏やかで
静寂な世界に
同期中。
はぁぁ・・・。
うわっ、おっきー、ふっと~
えっ
これって
ヤモリ?イモリ?
お腹おおき~いね~
しかも、
テッカテカ。
右手には
天神社
その石には
軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)が彫られているよ。
密教では、厄災を祓う、
宝生如来の教輪転身。
正面は~
国宝 金堂
平安時代初期
正面側面ともに五間の単層寄棟造りで、屋根は柿葺き。
内陣は、釈迦如来立像を中心に向かって右に薬師如来立像、左に文殊菩薩立像の三尊が並ぶ。
その手前には薬師如来の従者である十二神将立像の内、子神・丑神・午神・申神・戌神・玄神の六体が安置されている。
[国宝]
釈迦如来立像 平安時代初期 木造 像高234.8cm
平安時代初期を代表する榧の一木造りで、均整のとれた堂々とした姿である。
朱色の衣は流れるような独特の衣紋で、 漣波式と呼ばれる。
光背は華やかな繧繝彩色が用いられ、印相が同じ七仏坐像と宝相華や唐草文が描かれている。
[重要文化財]薬師如来立像 平安時代初期
[重要文化財]文殊菩薩立像 平安時代初期
[重要文化財]十二神将立像 鎌倉時代
2013年とは
お姿・・・屋根が変わってるね。
金堂
↓仏像のお写真はこちらをみてね。
しぶいねぇ。
紅色の仏様の色あせた感じ
とても風情あって
御姿の後ろにあるオーラ?のような
色彩がね
すごく美しいよ~。
長い長い年月は
仏像も人間と同じように
味をだしていくねぇ。
お寺で管理されてるのが、すごい・・・
博物館なみだよ。
そうそう
仏像ってさ
博物館の中でみるより
やっぱり堂内でみたくありません?笑
なんっか、違うのよねぇ。
うまくいえないんだけど・・・
さっと自然に
手をあわせたくなっちゃう雰囲気は
お堂なの~
あれ、私だけ?笑
さてっ
内陣には、
右から地蔵菩薩立像、薬師如来立像、釈迦如来立像(本尊)、文殊菩薩立像、十一面観音菩薩立像の五尊像
外側には
違うお堂から
遷ってこられたという
右手
大日如来、蔵王大権現
左手
聖観音菩薩
それから
周辺は
十二神将がずら~っと、並んで
薬師如来様(ほかの仏像もかな?)を守ってる。
あらあらっ
よーくみると
十二神将の表情が、とってもユニーク。
個性的。笑
キリッと
怖いって感じでもないよ。
・
・
・
ふわぁぁ~
あくび
でちゃう。
くるくる~
ぐる~ぐる~
心がシンと、静かになって
深く心地いい~ため息。
はぁ~
ゆった~り、深く、大地に寄り添って
まるで
時空の旅をしてるような
時間の流れって
感覚が
いまいち、パッとない・・・
あわわ~
おーちーつーく
心が穏やかなった隙間に
仏像が、そっと語りかけてくるような感じ・・・。
本堂のほうへ
いきますか。
二手に分かれる階段!
トン
トン
トン
トン
うわぁ、空気がっ、変わった~っ
くるくるくる~
サラサラ~
えっ、階段すごい。
階段の上のほうから
ふわぁ~っと神風!
ゆるやかな
国宝 本堂
(灌頂堂 かんじょうどう) 鎌倉時代
室生寺の本尊、如意輪観音菩薩像が安置される本堂で、悉知院の扁額が掛けられている。
真言密教の師資相承を認証する法儀である灌頂を行う堂で、 延慶元年( 1308) の建立。
五間四方の入母屋造りで、内陣と外陣は板扉で仕切ることができる。
和様と大仏様の折衷建築様式である。
[重要文化財]
本尊 如意輪観音菩薩像 平安時代 木造 像高78.7cm
灌頂堂内陣の厨子に安置。
榧の一木造りで穏やかな作風である。
観心寺 (大阪府)、 神咒寺(かんのうじ)(兵庫県) の如意輪観音とともに日本三如意輪と称される。
↓仏像の写真はこちらをみてね。
ううわぁ、また、なんってすてきなのぉ~
この紅葉と御堂の
コラボレーション。
すごい!!すごい!!すごーい!!!
さきほどの幽玄なやわらかい風は
こちらの
如意輪観音菩薩さまだったのかも~
失礼します・・・。
堂内は
とてもシンプル。
そして
如意輪観音様が
やさしく首をかしげて
座っておられる。
チョコン。
いいなぁ。
わたし如意輪観音様、特別好きなの。
観音様の中でも
やわらか~く、女性的な気でね、とにかくやさしい。
それでいて
ここの如意輪観音様
ほのかに、微笑んでおられるの。
修復されて、
少し綺麗になられたそうで
照明のおかげもあるのか
ほのかに光ってみえるのが
また素敵。
ふわふわふわ~
あっ
如意輪様の光・・・
はぁあぁ・・・っ
くるくる~
ふわぁ~
毛布でやさしくくるんでくださるような
ふわぁ~っとした柔らかさ~。
すべてを丸く包んでくださる。
あぁ・・・
深いご神気で、眠くなるぅ~
目があかない。
あけてられない。
ぐぅ~っと
目の奥が刺激されて
あけているのが・・・無理・・・。
ふあわぁあ~
こういうときは、
邪魔にならない端っこで、
目を閉じ・・・て・・・
如意輪さまのエネルギーに
包まれヒーリングターイム。
如意輪さまはね
手は六本あって
考えている姿はどうやったらみんなが幸せなることを考えていて
丸い輪は、宝輪といって、
煩悩をなくしてよい心になるように、願っていて
蓮の花があるのは、
泥中の蓮という言葉がありますが
汚い水の中でも蓮はキレイに咲く。
どんな人間でも、どんな状況でも、
本人の努力でキレイに花は咲くということらしい。
数珠をもっているのは、お釈迦様は先祖代々で繋がっているから
先祖を大切に・・・ということみたい。
宝珠は、弘法大師から持ってきた願い事を叶えるためのもので
六道でどこの界にいっても救ってくださるんですって。
とにかく、魂の奥底まで癒され
ずっと、ずっといたくなる菩薩様。
じわぁ~ん
そ~っとそ~っと
やわらか~く、ふわ~っと、包み込まれて
もぅ、な~んにも、心配ないよ~
魂が光でいっぱいだぁ。
「こんにちは~」
あっ、女性のお坊さんだ。
「こんにちは~」
ちょっとした
世間話から
お寺の話に。
「このお山の上のほうは、如意山(にょいさん)といって
弘法大師空海が唐で出会った師匠
恵果阿闍梨(けいかあじゃり)から授かったという
如意宝珠が埋められたと伝わっています。
如意輪様がおもちの
あらゆる願い事を叶えてくださる、という宝珠です。
ここは、真言宗のお寺ですけど、真言宗はいろんな宗派があります。
そのさまざまな宗派のお坊さんたちの代表が集まって7日間行う、法要が
みなさん、ここの如意山にむかって、手を合わせるんですよ。」
えっ、すごい!!
ここ、すっごい、山じゃーーーん。
そうか
だから、女人高野
弘法大師様が唐から持ってきた宝珠が
納められたところだから
繋がりがあったんだぁ。
今更だけど、めっちゃ、感動~~~
そっか~
その如意山というのが
奥の院にいく道の途中に、あるんだなぁ。
禁足地だから
どこ、というのは、わからないけど
空海さんが
唐からもってきた宝物が
ある山・・・
それ
やっぱり
いきたい。
少しでも
近くいきたい。
くぅー、がーんばるかぁー
片道30分。
「あ、ここは、如意輪観音様がご本尊ですけど
もとは、両脇にある、曼荼羅がご本尊だったんです。
これは、レプリカなので、宝物殿に本物がありますよ。
ぜひ、ご覧になってくださいね。」
はーい!
なるほど
なるほど
それは、宝物殿もみなきゃ、です~。
一応・・・
聞いてみますか。
「あの、奥の院までは、どのくらい時間、かかりますか??」
「ここからでしたら、5分~10分で行きますよ。
たまに30分かかったって方もいますけど。笑」
なっ、なーーーんとーーーー。
希望の光
みえました。
いっきまーーーーす。
「はい、ぜひ、いかれてください。」
「いろいろと、ありがとうございました~。」
このお坊さんに出会って
お話をきかなければ
わたしは
奥の院いかなかったかもしれない。
(多分、いってない。笑)
計らいに
感謝です~。
さぁ、登るぞ!
って、五重塔だ~っ!
[国宝] 五重塔 平安時代初期
総高16.1メートルで、屋外に建つ五重塔では国内最小である。
勾配がゆるく軒(のき)の出が深い檜皮葺きの屋根は、朱塗りの柱や白壁と心地よい対照を保つ。
平安時代初期 (800年頃)の建立で、 室生山中最古の建物である。
塔頂上の相輪は、九輪の上に普通は水煙(すいえん)を置くが、水瓶(すいびょう)を載せて、風鐸(ふうたく)が吊りめぐらされた天蓋(てんがい)を作る。
他に類のない珍しい塔である。
平成10年 (1998) の台風により大きな損傷を被ったが、その二年後に修復された。
室生山中
味わいを感じた建物しか
なかったけど
この五重塔が、最古の建物、だったんだね。
ペコリ。
ペコリ。
いっきましょーっっ
奥の院
つづく。