こんばんは―!マックです。



さて、こちらは希う朝本編の都合上カットせざるを得なかった尚登場のシーンです。

本編で入れるのならば、キョーコが家出した後・蓮が現実と向き合う前なので19と20の間頃です。

でも本編は終わっているので、タイトルが「19,5話」になるのはちょっと違和感・・・


何はともあれ、ショータローが出てきます。

若干の尚キョ要素が含まれます(しかしどちらかと言えば兄弟的なノリですが)

既に蓮キョ結婚後ですので、彼との関係も良好なものに戻っております。

アンチ尚の方はご注意くださいませ。






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「キョーコちゃん・・・キョーコちゃんにお客さんが来てるんだけど・・・」



そう言って2階のキョーコの部屋まで女将が呼びに来たのは、お昼の営業も過ぎ、夕方から夜にかけてのお客を迎える為の僅かな仕込みの時間。

キョーコは中のシャツを着替えて再び無地の着物に着替えていた。

「私、にですか?」


ここに身を寄せている事は、極限られた人間しか知らない。

「京子」のマネージャーである棚瀬、在籍する部署の松島主任。そして社長であるローリィ。

彼らを送迎する付き人も知っている人間の内には入るだろうが、彼は決して店内へは入ってこない。

その程度の人間にしか、蓮との別居は教えられていないのだ。


彼らが店へ訪ねてくる際には、必ず事前に連絡が入る。

それがないと言う事は、ついに蓮がここへ乗りこんできたのだろうか・・・


キョーコは一瞬体を硬くした。

しかし、女将の後ろから現れた予想もしなかった人物に、キョーコはただ驚くしかなかった。

「よぉ、キョーコ・・・久しぶり。」

「不破・・・さん?」


構えた身体の緊張が少し解ける。

逆に「さん」付けされた尚の表情は苦笑とも取れるような、少しくしゃりとした笑顔になった。



不破尚と言う男は、キョーコの幼馴染らしい。

母親が家に帰宅しない為に預けられた旅館の一人息子で、幼少の頃から兄弟の様に育てられていたそうだ。


彼を盲目的に好いていたキョーコは、芸能界へ入るまでの生活の世話を文字通り身を削ってしていたらしいのだが・・・
記憶のないキョーコとしては、その話を苦々しげにする蓮の表情をただただ不思議に思うしかなかった。

勿論、今は関係を修復したらしく、入院していた際もツアーの真っ最中だと言うのにお見舞いに何度か駆け付けてくれていたのだ。



「ここにキョーコちゃんがいる事は絶対内緒って言われてたんだけど・・・不破くんはどうやら貴女の所の社長さんに教えてもらってきたらしいの・・・」

「ここにキョーコがいる事は、絶対誰にも喋りません。キョーコもアイツには知られたくないんだろ?大丈夫、誰がアイツになんか教えてやるもんか。」


「アイツ」と言う度、尚の言葉に棘が混じる。

そう言えば、今でも蓮と尚はあまり仲良くないと言っていたな・・・などと思い出しながら、キョーコは女将に「ありがとうございます」と伝える。


「お茶持ってこようか?」

「いえ、少しだけで済みますので結構です。」

「そう?ならごゆっくり。」


少しだけ会釈をして、女将はそのまま来訪者をキョーコの部屋に残していった。

扉を閉めて部屋に二人きりにされると、キョーコは再び少しだけ身を固くした。


「・・・記憶、まだ戻らねーのかよ。」

「は、はい・・・すみませ」

「別に謝ってほしくて言ってんじゃねーよ。」

「はっ、はい!すみませ」

「だから!別に謝ってほしいわけじゃねーって!」

「すみません・・・っ!」


自然と声が大きくなる尚に、キョーコは身を縮こまらせて謝罪の言葉を述べるしかない。

ぎゅっと丸めた背中と握られた拳を見て、尚は頭をがしがしと掻きながら「あーっ、くそ!」と苛立つ声を上げる。

その声が更にキョーコを追い詰め体を震わすと、尚はその怯えた様子に気づき、小さく「・・・・ごめん。」と謝った。


「お前んトコの社長さんから聞いた。お前・・・今、男の人ダメなんだって?」


ビクリとキョーコの体が跳ねる。

それを肯定と捉えた尚は、なおも続ける。


「それって、アイツのせいか・・・?」


蓮のせいと言えばそうなのだが、しかしどう反応したらいいのかわからず困ってキョーコの動きは止まる。

尚はそれも肯定として捉えた。


「襲われた?」


いきなりズバッと正解を導き出されたキョーコはぱっと尚を見る。

これが「正解」だと理解した尚は、舌打ちをしながら「あのヤロー!」と壁を殴りつけた。


「ちっ、違うんです!私が悪かったんです!」

「あぁん!?まさか襲ってくださいとでも言ったのか!?」

「それは違うけど・・・!でも、とにかく私がいけなかったの!」

「記憶失くして大変な嫁にせまるあのヤローが悪いに決まってんだろ!」

「違うったら!!」

「じゃあこれはどう説明するんだよ!!」


先程のオドオドとした様子とは打って変わって激しい口調で蓮を庇おうとするキョーコに、尚は細身のズボンの尻ポケットから紙を取り出し、キョーコの前に広げる。

それはキョーコもネットで見つけた、蓮と共演者がデートしているように写っている写真だった。


「・・・っ、、そ・・れ・・・」

「知り合いの雑誌編集者から手に入れた。これ、ネットで最近出回ってるんだって?今週号のアエリでもこれを記事にするって言ってた。

お前が敦賀ントコから逃げ出してきたのって、もしかしてこれも原因なんじゃねーのか?」


久し振りに見たその写真に、キョーコの表情は凍りつく。

女の自分から見ても美しい、愛おしむ様な目で荒井を見つめる蓮の姿にキョーコは、初めてこれを見つけた夜の荒れ狂う自分の感情を思い出し、軽い眩暈を起こした。

その場に立っていられなくなったキョーコの膝の力は抜け、そのままへたり込んでしまう。


キョーコのその様子に自分の予想が全部外れていなかった事を確信した尚は、そっとキョーコの目の前にしゃがんだ。


「なぁ、キョーコ・・・お前、そうやって昔から何でも自分の中に溜め込んで、絶対周りの人に迷惑かけまいとするジャン?「イイコ」でいなきゃいけなかったお前の境遇も悪かったけどさ・・・

でもな?今はもう「イイコ」しなくてもいいんだよ、辛い事あったら誰かに頼ってもいいんだよ。誰もお前を責めないからさ。」

「・・・でも・・・」

「そんなトコばっかり記憶失くす前と同じなんて、お前ズルイんだよ。あんなに憎んでた俺の事すら忘れてるクセに、物分り良くいるんじゃねーよ!」

「すっ、すみません!」
「だーっ!謝るんじゃねぇ!!」

「すみま・・・っ!」


謝るなと言われても、キョーコに他に言葉が思いつくわけもなく。

再び謝罪の言葉が口から飛び出た所でキョーコは止まった。

尚がキョーコの身体をぎゅっと抱きしめたからだ。


蓮に触れられて以来の男の人との接触に、キョーコの脳裏にあの夜の蓮の手が甦る。

ひゅっと空気に溶けた悲鳴が喉の奥に貼りつく。

しかし、キョーコはその悲鳴を現実の声として口から出す事が出来なかった。


尚の身体が自分以上に震えていたのだ。


「お願いから、また「バカショー」って、俺に喝を入れてくれよ・・・ふざけんなってくらいにノロケ話しに来いよ・・・

こんなお前、らしくねーんだよ―――」


全米デビューも果たしたと言う、彼の声はとても綺麗だ。

そんな声すらも湿り気を帯びて掠れている。


どんな経緯で彼と決別して、どんな切欠で彼との関係が回復したのかはわからない。

だけど、彼にとって「キョーコ」と言う人間がとても大事なヒトである事だけは理解できる。

記憶を失くしてからは片手で足りるほどにしか会っていないその男の背に、キョーコはそっと手をまわした。

ポン、ポンと。まるで泣きじゃくる子をあやす母の手の様に、優しく動くその柔らかな感触に、尚は少しずつ冷静さを取り戻す。

スタジオ入りを告げる祥子の電話が入るまで、二人は静かにそのまま動く事はなかった。





「―――お前、アイツの事は好きなのか?」


スマホを尻ポケットに突っ込みながら、立ち上がった尚はキョーコの方を見た。

まだ座り込んだままのキョーコは、視線を泳がせたまま小さく頷く。


キョーコの持ち出した鞄の中には、尚が見せたのと同じ画像をプリントアウトしたものがまだ入っている。

憎くて、辛くて仕方のないものだけど、蓮の笑顔がそこに写っているというだけでどうしても捨てられないのだ。


それは、多分きっと・・・


「俺の事は別に思い出さなくてもいいからさ、アイツの事くらいは思い出したれや。多分相当凹んでるはずだから。」


かたんと扉の開く音がしてはっとキョーコが顔を上げると、尚は既にキョーコの部屋から半歩体を出していた。

そして振り返るとにやりと笑った。


「ま、俺としちゃ「ザマーミロ」って言ってやりたいんだけどな。じゃ、またなキョーコ。」


腕をぶんぶん回しながら「しかし俺もヤキが回ったよなー」などとブツブツ独り言を残して出ていく尚。

キョーコはその嵐の様にやってきて去っていく背中を無言で見送るしかなかった。


「キョーコちゃん、大丈夫かい・・・?」


暫くして女将がキョーコの様子を見に上がってきた。

恐らく下で尚が帰宅の挨拶でもしたのだろう。

座り込んだままぼおっとしていたキョーコの背中をさすってくれる。


「あまり具合良くないようだったら、今日はもうこのまま部屋でゆっくりしてるかい?」

「女将さん・・・」


具合は悪くない。

ただ、素直に自分への気持ちを吐き出した尚の様子を何故「可愛い」などと思ってしまったのか、それが知りたかっただけだ。


彼は幼少の時期を長年一緒に過ごしていた事もあって、恐らく弟か何かのような気持になったのかもしれない。

それに、泣きそうな尚の様子に、何だか近視感を覚えた。

数度会っただけでもプライドが高いとわかる彼が、そう簡単に本心を打ち明ける事はなさそうなのに・・・

自分が「キョーコ」としての記憶を戻さないと言う事は、彼にとってそれだけの事なのだろう。



(「キョーコらしくねー」・・・か)



自分が「自分」らしくある為に必要なもの―――

それはきっと・・・



「・・・女将さん。明日、社長さんを呼んでもいい時間ってありますか?」

「向こうの社長さんの空いてる時間に合わせるよ?これから電話するのかい?」

「はい―――」



しっかりとした声で女将に向って答えたキョーコの顔は、持って来たままずっと開けずにいた鞄を見ていた。


内側についたファスナー付ポケットの中に入ったままの、蓮の画像。

前に進む為には、いつまでもしまいこんで逃げたままではいけない・・・




私が「私らしく」ある為には、きっとあの人が必要だから。

キョーコの心は蓮へとまっすぐ向かって行った。








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と言うわけで、キョーコが蓮への気持ちと正直に向き合う事になった切欠は実はショータローでしたなお話しでした。

若干の尚キョ要素を含んでしまいましたが、彼らは関係改善したらあくまで姉弟愛(あるいはきょこたんの母性愛強し)的な感じになると思っているのですよ。

きょこたんが関わる人総てが幸せになるはず!


とは言え、アンチ尚派の方には厳しいお話し失礼しました。