「はぁ~~~~っ。ついてないなぁ………」

ひさしの先端から滴る大きなしずくと、空から零れてくる大量の雨粒を眺めてはため息を吐く。
さっきから私の行動は、ずっとその2つを繰り返していた。



今日の仕事は、学校から比較的近い所にある撮影所で行われることになっていた。
そして、敦賀さんのロケ現場にも近い……

もしかしたら。
ひょっとしたら。

敦賀さんに会えるかもしれない。
会うことが無理でも、遠くから姿を確認できるかもしれない……

その僅かな期待を持って、徒歩で撮影所へ向かった。

しかし、敦賀さんがロケしているであろう店の近所へ着く前に、雨が降りだしてしまった。
折り畳み傘は珍しくロッカーの中に置き忘れ。

せめて敦賀さんの姿を一目だけでも見れないか…と、歩みを進めると、数分もしないうちに雨は本降りに。

秋雨が肌を打つと一気に体が冷えてしまい、あまりの寒さに〈定休日〉の看板を掲げたカフェの軒下に避難させてもらったのだ。



「これ…止むかしら…」

大きくなっていく雨粒の冷たさから逃れたくて雨宿りしたのだけど。
動くのを止めてしまえば、今度は冷えた空気が体温を奪いにかかる。

二の腕をブレザーの上から握り摩り、体をふるりと震わせて必死に体温を取り戻そうとするが、それ以上の早さで熱が奪われる。

(でも…会いたかったんだもん)

最近仕事がコンスタントに入ってきた私。
もともと数分単位で仕事をこなす敦賀さん。

ニアミスできるタイミングをほとんどなくしていた。

だからこれは、本当に久し振りに敦賀さんを見るチャンスだったのだ。

テレビの中の万人に向けられる笑顔を見る度に、私だけが知っている、あの気取らない等身大の『敦賀さん』の笑顔が見たくて……

(気の許せる唯一の後輩ってポジションなら、それはそれでいい。色恋なんていずれ崩れてなくなるのだから)

自分の気持ちが矛盾してるのはわかってる。
それでもずっとそばにいられるのなら、それでいいと思ってる。

愛情と尊敬をすり替えて、自分を偽るのも自分のため……

「にしても……寒…」

10月の空気は雨によって急激に冷えていく。
さすがに寒くて歯がガタガタいい始めた時、一台の見慣れた高級車が目の前に停まった。

「…やっぱり、最上さんっ!」

窓を開けると、顔を出したのは敦賀さんだった。

扉を開け飛び出してくる敦賀さんが、強い雨粒のせいでぼやけて見える。
……それとも私の視界がぼやけてるのかな?

ぼーっと見ていたら、次の瞬間には視界が敦賀さんの白いシャツでいっぱいになった。

「あぁ、いつからここにいたんだ!?こんなに冷たくなって…」
「…るが…さ…?」

ふわりと香る敦賀さんのフレグランスが、敦賀さんの温かい体温が。
ぎゅっと抱き締めてくれる逞しい腕が、これが夢じゃないことを雄弁に語る。

「機材のトラブルで、社さんと別れて一足先に事務所に戻る予定だったんだけど…最上さんはどうしてここに?
……ああ、待ってね。」

一度体を離されると、敦賀さんは自分の着ていたジャケットを脱いで私の肩に掛けてくれる。
更に強まる敦賀さんの香りに、寒さで遠退きかけていた意識が一気にほわほわとした温かな何かに包まれる気がした。

「…あ……ぁいたかった…ん、です…」

まだ合うことのない歯と歯。
震える唇。

ついて出る言葉は、思うままの素直な気持ち――


こんな後輩の戯れ言スルーしてくれるかと思ったら、敦賀さんは前より更に強くぎゅうぎゅうと抱き締めてきた。

「俺も………ずっと会いたかった……」

あんまり働かない頭がその言葉をぼんやりと捉えると、心が一気にほんわり温かくなった。


(あ、あめ。小雨になってきてる…)

通り雨だったのだろうか。
さっきまであんなに大粒だった雨は、しばしの包容の間に小粒に変わってきていた。
この調子ならもうじき止む………

(そろそろ離れないと……)

でも久し振りの敦賀さんが嬉しくて、私はひとまず考えることをやめて、素直に敦賀さんの腰に手を回した。


神様、お願い。

あと少しだけ、雨をそのままにして……?




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続きはなくもないけど、やる気が起きずに終了。

やる気スイッチ、僕のはどこにあるんだろー?
つい歌いたくなります。

あ、突発の息子は微熱まで下がり、発疹が出始めました。
そしてお子達の鼻水を吸いとる度に大騒ぎされ、2日連続で頭痛に悩む母です(-_-;)