〈ジジジッ〉と音を立てて、ファスナーを閉める。

あんなに残暑が厳しかったのに、涼しくなり始めたら秋が深まるのはあっという間で。
今日の私は長袖のツナギを着込んだ。

「あれ…?また敦賀さんの所?」
「はい!このセクションへの依頼ですから!」
「あ、京子ちゃん。さっき自販機の所で敦賀さんに会ったよ!終わったって言ったら『ここで待つ』って言ってたわ。」

少し大きめのランチボックスを持って出掛けようとする私に気づいたミエさんが、声を掛けてきた。
ツナギの背中のラブミーマークを見せて、にっこり微笑む。

すると、ジュースを買いに行っていたハナさんが、敦賀さんが待っているよと教えてくれた。

「はい、じゃあ行ってきますね!」
「羨ましいなぁ、その依頼…私もラブミー部入ろうかなー」
「あれ着る勇気ある?私はいいわ。
行ってらっしゃい京子ちゃん。」

ブツブツと言う二人を控え室に残し、足早に自販機コーナーまで行く。

敦賀さんが待ってる…それだけで足が自然と早くなる。

たまたまなのか、その神々しいまでのオーラが人を跳ね退けるのか。

敦賀さんは一人でいた。

銀色のスツールに腰かける姿はそれすら優美で、背景は局の自販機コーナーなのに、一瞬お洒落なバーカウンターが見える気がしてドキドキする。
最近アルマンディのそんなCFが公開されたからかな…?

「おはようございます敦賀さんっ!」
「おはよう、京子ちゃん。」

綺麗な笑顔を向けられ、ますます早くなる心臓をなるべく悟られたくなくて、ランチボックスを目の前に差し出す。

「今日はリクエスト通り、サンドイッチです!タマゴサンドは甘めにしましたよ?」
「うん、ありがとう。」

あ、ダメだ。
また神々スマイルの出力が上がった……

以前ほどではないのだけど、恥ずかしくて直視できない。
ついつい俯いてしまう。

するとさりげなく腰に手を回され、思いっきり跳び跳ねて逃げた。

「敦賀さん、楽屋じゃないんですからダメです!」

口元に手を添え、なるべく小さい声で敦賀さんに怒る。

「大丈夫だよ、今誰もいないんだから。」
「でもいつ誰が来るかわからないでしょう!?まだ世間一般では『先輩後輩』なんですから…っ」

そう。
結局あの記事は、社長にお願いして隠してもらうことにした。

『もう少しだけ、時間をください。気持ちが落ち着くまでは……』

何だかもっと色々言い訳はあったのだけど、でも敦賀さんも社長さんも納得してくれた。

だから、外ではまだ『先輩後輩』の関係を保っている。

「俺としてはそろそろいい気もするんだけどなぁ…
公表も、『本当の彼女』になってくれるのも。」
「うぅっ!?スミマセン……(汗)」
「ふふっ、嘘だよ。ちゃんとキョーコが俺バカになってくれるのを待つよ。」

色々と待たせているのが申し訳なくてぐぐっと言葉につまると、敦賀さんは頭をポンポンと撫でてくれた。
そして、ランチボックスを私の手からそっと奪うと、空いてる方の手を私の耳元に添えて囁いた。

「心配しなくても、俺はずっとキョーコバカだからね?」
「っ!!もうもう!さっさと楽屋に行きましょう!!」
「ハイハイ。」

あんまりにもその『キョーコバカ』と言う台詞が恥ずかしくって、慌てて敦賀さんの手をとって走り出す。
クスクス笑いながらついてきてくれる敦賀さんが…可愛くて愛しくて。

(あっ……今この気持ちが、すごく好きってこと?)

すとんと心に落ちてくるものを感じて、ピタリと足を止めた。

「何?どうしたの?」


楽屋まではあとちょっと。

だけど、今なら誰もいないし。
ちょっぴり一歩を踏み出してもいいかな?

「あの…耳貸してもらえます?」
「うん、何かな?」

素直に屈んで耳を差し出してくれる敦賀さんに、望んでる内の一つを叶える言葉を口にした。

「            」

「………えっ?」

少し時間を置いて、みるみる紅く染まる頬を間近に見て。

そんな敦賀さんを可愛いと思える私は、もう立派な『敦賀さんバカ』なんだなぁと、少しだけ嬉しくなった。




あの時のピンクのツナギは、私の心を守ってた。

敦賀さんにのめり込みそうな自分が嫌で、敦賀さんに呆れられるのが嫌で。
『敦賀さんの人気と地位、発展途上の『京子』を守る』って名目を打ち立てて、勝手にそれにすがってた。


今のツナギは、『二人の時間を守るもの』。

まだ誰にも騒がれたくないの。
二人の時間を邪魔されたくないの。

いつかはちゃんと脱ぎますから。


だから、あともうちょっとだけ甘えさせて?

あなたの恩恵に与らせてね………?


そのどぎついショッキングピンクだって、案外可愛いって今は思ってるんだから。




〈fin.〉