「最上さん。」

ドン、ドン…と、空気を揺らす打ち上げ花火の音に重なり、敦賀さんの声が私を呼んだ。
ちゃんと『後輩』の顔をして挨拶できる自信はなかったけど…でも、ここで振り向かなければ余計おかしい。
気づかれないように浅く息を吐き出すと、私は『いつもの後輩』の仮面をつけて振り向いた。



「こんばんは、敦賀さん。こんな所までいらして、いかがされましたか?」

探して探して、やっと2階のテラスで見つけた君は、完全に『最上キョーコ』を演じていた。

俺が気がついてないとでも思ってる?
君の事は誰よりもそばで見てきたんだから、その手の演技だってお見通しだよ……

いつからだろう、彼女が俺の前でも『自分』を演じるようになったのは。
自分の本心を完璧なまでに隠す姿は、まるで昔の自分を見ているようで…苛立ってはますます彼女の心を遠ざけてしまって。
『ラブミー部の依頼』と称して社さんが色々セッティングしてくれるものの、結局それは物理的な距離の話。

体の距離が縮まっても、心の距離は測れない………

「ああ…会場の人達はみんな酔っぱらっていてね。相手が面倒になって抜け出したんだ。」
「ふふっ…敦賀さんでもそんな時があるんですか。」
「俺を何だと思ってるの?そう言う時もあるんですよ、お嬢さん。」

あ、ほらまた………

時々少し眉を困ったように寄せて、でも見てるこっちが切なくなる表情を見せる。
本当に……何でそんな顔をするの?
今の言葉に何か引っ掛かるところがあった?
君の想い人に言われた言葉を思い出した?
何か傷付くような事を言われたの?

そんな表情をさせるなんて…

ソンナヤツヤメテ、オレニシテヨ

物理的な距離さえ壊しかねない一言が、喉元を焼くように熱くする。
もう本当に出てきてしまいそうなその言葉を、ぐっと飲み込むと、花火を見上げることに集中した。



「キレイだね、花火」

敦賀さんは何かを一瞬言いかけたけど、そのまま顔をあげて花火に目線を持っていった。
その美しい横顔が上がる花火に照らされる度に、胸が早鐘を打ち、そして締め付けられる。

(お嬢さんって……)

昔からからかわれる時に言われる言葉。
結局私は、敦賀さんにとって『からかいがいのある後輩』でしかないのかも。
そう思うと、苦しくて苦しくて。
こんなに近くにいるのに、敦賀さんが遠く感じた。

「そうですね………羨ましいなぁ。」
「ん?どうして?」

ふとポロリと口から出た言葉。
敦賀さんは優しい口調で聞いてくれる。

「花火は一瞬で散るけど、咲かせた華は心に残るじゃないですか…私も、残せたらいいのに………」

ひと夏だけ。
ひと夏だけと決めてるから。

敦賀さんの長い人生の中で考えれば、本当に一瞬で終わるこの夏と私の気持ちを、「最上キョーコと言う子が告白した」程度には覚えていてほしい。

(だけど………)

そうすると、敦賀さんにうざがられて、もう永遠に隣に立つことは出来なくなりそうだから。

ううん…敦賀さんなら、いつもと変わらない態度で接してくれるでしょうね。
でもそれじゃ私が苦しいわ。

(残せないから想うだけ……想うだけは許してほしい)

等間隔で揺れる空気を寂しく感じながら、夜空を照らす花火を見つめていると、ふっと隣の人の空気が変わった。



彼女の言葉を聞いた瞬間、何かがふつりと切れる音が聞こえた気がした。

彼女は最初からその恋を諦めてる……なら、こっちを向いて?
絶対に後悔させないから。

「誰の心に残りたいの…?」
「………………え?」

ゆっくりとこちらを見上げる最上さんの表情は固い。

「今の話し方だと、叶わないからせめて…ってとれるよ。相手は誰…?」
「あ、いえ………そう言うわけでは」
「誰?」

強く一言だけ発すると、君は言葉をつまらせてそっぽを向いてしまった。

ああ…ダメだよ。
俺から目をそらさないで。
一瞬でも他の男に目を奪わせたくないんだ。

オレダケヲミテ?

「………誰」
「っ!敦賀さんには関係なっ」

反撃の為にぐわっとこちらを向いた彼女の顔を、がしりと掴んで捕まえた。



『誰』と言われても答えられない。
答えられるはずがない。

それでも聞いてくる敦賀さんに腹が立った。

(ただの後輩の恋愛相談なんて乗ってる暇あったら、とっとと『きょうこさん』とくっついてよ!!)
「っ!敦賀さんには関係なっ」

頭にキて敦賀さんの方を向こうとしたら、両頬を掴まれそのまま固定された。

闇の中でもわかるくらいの至近距離に、敦賀さんの整った顔がある。
近すぎる程近い距離に、思わず目をそらす。

「だれ…」
「……言えません。メイワク、かけたくない…」

そう。
言ってしまったらこの距離は終わる。
『仲のいい先輩後輩』には二度と戻れない。
それでも容赦なく入るラブミー部への依頼を考えたら、迷惑以外の何物でもない。

「それならそんな奴は諦めて?俺にして…」

突然、わけのわからない言葉が耳を直撃して、思考回路がはたと止まった。

(え…?今なんて………)

視線を戻すと、深い茶をした瞳が二つ、こちらを覗いていた。
まるで心の内を探るように。

ドン、と上がり闇を照らす花火が、敦賀さんの瞳に映り込む。
その花火も、花火を映す焦げ茶も美しくて、私は目が離せない。
指一本動かせない………

金縛りにあったように動けないでいると、敦賀さんはそのまま顔を傾け、唇を寄せてきた。

「好きなんだ」……その言葉を紡ぎながら。



「俺にして…」

違う、言葉にしたいのはもっといっぱいあるのに。
ドラマで愛の台詞はいくつも覚えてきたのに、いざ使おうとなると全てが嘘臭く感じる。

でも、目を見開き驚きの表情はしているものの、逃げない彼女の反応を良いことにそっと顔を傾けて近付ける。

「好きなんだ」……その言葉を紡ぎながら。

本当にあと数センチ。
彼女の薄茶な瞳に映り込む花火が最大限に大きくなった時………ふいに邪魔が入った。

「ねえー、敦賀くんいたー?」
「ううん。見付からないんだけど、そっちは?」
「あ、まだこれからなの。」

先程の女性達に探されていたらしい。
見つかりたくなくてバッと体を離し、廊下からは死角になる壁際へ逃げ込むと、彼女の体を抱き寄せた。

「は、離してください…やっぱり敦賀さん程の人が会場からいなくなるのが無理なはな」
「話逸らさないで。」

背中に回した腕に力を込める。

「不安な顔させないから。全力で幸せにするから。 だからお願い、俺を見て………」

天下の『敦賀蓮』なんて形無しな、すがる思いで愛を告げる。
どうしたら君の心に届くの………
どうしたら君を手に入れられる……

しかし、返ってきた言葉は俺の思ってもないものだった。

「うそ…どうしてわたし……?だって、好きな子いるんじゃ……」
「誰から聞いたかはわからないけど、俺が好きなのは君だよ?」
「え?ええ……?」

何だろう、気持ちが緩んでいくのがわかる。
彼女の想い人の目処がついたからだろうか。

「ねえ…もしかして、最上さんの好きな人って……俺?」
「っっ!いえ、その…あの……」

急に顔を真っ赤にして慌て出す姿が、可愛くていとおしくて。
更に腕に力が入る。

「つ、敦賀さんくるしい…」
「ねぇー?そっちはー?」

すぐそばで聞こえた声に、二人ともはっと息を止めて固まる。

「んー?いないみたいなの。」
「えぇっ!本当にどこ行っちゃったのかしら。」

今のところ、このテラスを探すことは思い付かないらしい。
ほっとして腕の力を緩めると、逃げようとしていたはずの最上さんは静かになり、腕の中から俺を見上げていた。

「さっきの言葉、本当ですか?あの…」
「どれだろう?言っておくけど、嘘はついてないよ?全部本当のことだから。」

そう、全部本当。

君を好きな気持ちも、不安は全部取り除いてあげたいのも、全力で幸せにしたいのも。

「あの…両想いだなんて畏れ多いのですが……私も、好きなんです。大好きなんです敦賀さんが……」



あまりにも甘く蕩けるような笑みを見せてくれて、ずっと言うまいと思っていた言葉がするりと口から零れた。

そう、あなたが好き。どうしようもないくらい………

恥ずかしくてそのまま俯くと「ダメだよ、ちゃんとこっち見て」と、顎に手をかけられてついっと上を向かせられる。
そこには見たことない甘い甘い表情をした敦賀さん。

「幸せにするから…絶対にするから、だから……」

そのまま落ちてきたのは、言葉ではなく温かい唇。
柔らかくて甘くて………ほんのちょっぴり苦味のあるお酒の味。
お姉さん達の相手もそこそこに、私を探しに来てたの……?

ドン、ドンと、いまだ定期的に響く打ち上げ花火の音と、廊下をパタパタと走り回るお姉さん達の靴の音を聞きながら。
それでも深くなっていく敦賀さんのキスに、私は酔わされていった。


多分、きっと。この夏は心に残る。
ずっと ずっと永遠に………




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ずっと続きが書けなくて悩んでいた「恋華衣装」のラスト。
何だかめちゃめちゃ長くなりましたけど…!?こんな予定ではorz
両方の目線入れるとこうなるわけね……
でも、このラスト非常に気に入ってます。
こっそり隠れてちゅーw←これが書きたかったと言う

あ、そうそう。
実はひっそりとアメンバー様が350人突破していたのですよ。
それも10日以上前に…わおー。
それどころじゃなくて、かと言って今からフリー新しく書くのも出来ないので。

需要と供給がいつも成り立たない我が家のblogらしく、『恋華衣装』『恋慕金魚』←ごめんなさい、結局気に入らずタイトル変えたorz
それとこの『恋実花火』の三点セットでフリーにしますー。
供給ばっかですみませんー。

需要皆無だけど、でもいつもお越しくださる皆さんには、本当に感謝しておりますので。
我が家にしちゃ珍しくへたれない蓮さんをお気に召した方はどうぞww

何だかうちのフリー、いつも内面重視で暗め重め多くてごめんなさいーm(__)m