寝室の空気が静かに動いた。
温かいお湯の中を漂っているみたいに揺らめく意識が急浮上する。
うっすらと目蓋を開けると、目の前はグレーの壁だった。

(………ん?)

まだ頭が働いていないのと、さっきまで見ていた懐かしい夢のせいで、一瞬この状況が飲み込めない。
顔を上げれば、そこには大好きな人の寝顔があった。

カーテンから漏れる朝日に照らされたその寝顔は、本当に美しい。
長いまつげに整った眉。
すっと通った鼻筋は男の人らしさを感じるのに、その下にある唇は私のよりも柔らかくて堪らなく色っぽい。
(敦賀さんに言うと「そんな事ない」って言われちゃうけど)
最近すれ違いの生活でなかなかゆっくり見る事の叶わなかった、神の寵児の寝顔をじっくりと眺める。

(でも久し振りにあの頃の夢を見たなぁ……)

最近2人とも、それぞれ別の映画主演を務めているからだろうか。
家に帰ってくる事もなかなか難しいスケジュールが続いていた。
実は久遠の顔を見るのも、これが3日振り。
一緒に暮らしているはずなのに、ちょっとおかしい。
だけどお互い決まった時間に終われる仕事ではないし、どんなに忙しい時期でも社さんの計らいで、一週間に一回は朝ゆっくりできるスケジュールが組まれているから文句は言わない。
こんな風に、久遠の寝顔を見ていられるのなら…

(起きちゃうかな…?)

肌理細やかなその頬に、無性に触れたくなって…起こさないようにそっと腕を上げる。
巻き付いていた腕は、深い眠りの中にいる事を示すかのように脇から腰へだらりと落ちていった。
自由になった片手を頬に添える。

(うーん…相変わらずすべすべだけど、この間よりちょっと水分不足?)

考えてみれば、食事を一緒に摂ったのも先週の朝食が最後だった。
あとはお互い早い入りだったり遅い上がりだったり…ただひたすらにすれ違い。

(忙しがってまともにご飯食べてなかったわね?今朝はちゃんと食べてもらわなくちゃ…)

頬をゆっくり撫でたり、長い睫毛をつんつんとしたり。
暫く久遠の寝顔を、悪戯しながら堪能する。
唇を指でなぞった時、ふいに夢で見たあの店を思い出した。

(あ……せっかくだから、今朝は一緒に飲みたいかも)

そう思ったら、すぐ飲みたくなってきて…起き上がろうとした時、急に強い力で身体を引き寄せられてそのまま組み敷かれてしまった。

「おはよう、キョーコ…今朝はまた随分と可愛い悪戯を仕掛けておいて、お預けさせるの?」
「久遠!おはよう…その、飲み物取りにいこうと…」

朝からいきなり夜の帝王が降臨していて、私は慌てた。
別にこういう事はよくあることなのだけど…
今はとにかくあの味が欲しかったので、少しだけ体を捩って抵抗する。

「久し振りに昔の夢を見たの。そしたらエスプレッソが飲みたくなって。」
「え…あぁ、ひょっとしてあの頃の?」
「そうそう!いまだに忘れないわよー、久遠の慌てた顔!」

『迎えに行くから』と言われていたけど、結局私が待てなくてアメリカに飛んだ。
撮影現場へ押し掛けた時の久遠の慌てっぷりは、今でも社さんと二人で久遠をからかうネタになっている。
今も久遠は夜の帝王を引っ込め、耳まで真っ赤にしている。

「もうあの時のことはいいだろ…っ!キョーコだって『エスプレッソはキスと同じ』だなんて、すごい事言ってたじゃないか。」
「あら?別にいいじゃない。そう思ってなかったら、久遠の事待ってなかったかも知れないわよ?」
「……そうですか、それは待っていていただけて良かったです。」

少し拗ねてしまった久遠の頭を、自分の胸に引き寄せる。

「…だからね?今朝は一緒にエスプレッソを飲みましょう?せっかくマスターからマシンを譲り受けたんですもの。」
「そうだね…今年の命日には一緒に報告に行こう?『アメリカへ渡ります』って。」

あれから数年後、体調を崩したマスターは店を畳む際に、私達に思い出のエスプレッソマシンを譲ってくれた。
『君達二人に愛してもらった子だからね…』
最初の頃はなかなかマスターのように上手く淹れられなくて苦戦したけど、今では二人とも上手になった。
二人の思い出の味は、今は二人の手で作ることが出来る。

「じゃあ、久し振りに苦いキスでもしましょうか?」
「そうですね?その前に上から退いてください。」
「キョーコが引き寄せたんでしょ?」

二人でクスクス笑い合いながら、そのまましばらく戯れていた。



エスプレッソがちょっと遠い、甘さだけの寝室も好きだけど。
私にとって、あなたとのキスはやっぱり、濃くて苦くてほんの少しの甘みを感じるエスプレッソ 。




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短編~中編は攻めキョが多い?←いや、ラブレボもある意味攻めキョwww
でも一途なきょこなら積極的だと思われます。
これ何年後の話なんだろうね?死ネタいやんとか言っときながら、マスター勝手に葬ったwごめんww
でも実はモデルにした店のマスターも、なかなか味があって好きなんだ^^

というわけで、どんな蓮キョもばっちこーい!なツワモノ様はどうぞお持ち帰りください☆
ついでに一言ご感想いただけると嬉しいです♪