病院にいる間に、日付は14日へと替わっていた。
…なんて酷いホワイトデー。
今までだって一度もいい事なかったけど、今年は特に最悪ね…

だけど、どうせもう先輩後輩には戻れないのだから。
この際言いたい事は全部吐き出してしまおう。

「私、敦賀さんが好きなのは『キョーコ』さんなんだと、ずっと思ってました。
だから、記憶のない今だったら、私なんかでも『キョーコ』さんの代わりになれるのかなって…
こんな私でも、敦賀さんの側にいていいのかなって……
…こんな醜い、汚い気持ちなんか持ったからいけなかったんです。
だから色んな人を巻き込んで、こんな事に……」

「だからもう、こんなもの…!」

本当に自分が醜く思えて仕方がない。
持っていた箱を床に叩きつけようとした所で、敦賀さんに両腕を掴まれ阻まれた。

「離してください!!」
「嫌だ!それは最上さんの気持ちなんだろう?」
「違います!こんな醜い私なんかあなたの『キョーコ』じゃな…うんっ!?」

こんな私なんて放っておいてほしくて、力いっぱい振り払おうとした所で後頭部を捕まれ唇を塞がれる。
あの、抱かれた日のような…だけどそれ以上に激しいキス。

「んんっ!!ふぐぅーっっ」

思わず敦賀さんの唇を噛んでしまうが、お構いなしに口の中に舌を差し込まれてなぶられる。
箱を落とした両手で胸を押し返し抵抗の意を示すが、片腕でぐっと引き寄せられると身動きがとれなくなってしまった。

結局、足に力が入らなくなり床に崩れ落ちるまで、解放されることはなかった。

「………聞いてほしいんだ。」

そのまま一緒にしゃがみこんだ敦賀さんが、私を抱きかかえたままぽつりと話しだす。

「騙したり、笑ったりする為に黙っていたわけじゃない。
…君が思ってるよりずっと、ずっと俺は汚い人間なんだ。
それは記憶がなくなった間もそうだった。
記憶がないままなら、君は俺のそばにいてくれるかもとか…
…君の優しさに付け込んで抱いたりもした。
………そんな汚い人間なんだ、俺は。」

『記憶がなくなった間も』………!?
その言葉の意味に気が付き、敦賀さんの顔を見る。

「敦賀さ、記憶が………」
「うん。戻ったよ…」

さっと顔が青ざめてしまう。
あぁ、これで本当に側にはいられなくなるのね。
だけど敦賀さんの腕が緩められる事はなかった。

「君の気持ちが醜いって言うんだったら、俺なんてどうしようもないくらい真っ黒で、とてもじゃないけど君には見せられない。
君が同性と一緒にいるだけでも許せないくらい嫉妬深いし、君の全てを手に入れて、俺に縛り付けておきたい。
過去の全てを知ったら、きっと君は恐がって逃げてしまうよ。
……君の妖精の王子様は、そんな汚い人間なんだ。」

「…………。それでも、俺はやっぱり君がほしい。」

そう言うと、敦賀さんは私が落とした箱を拾い、1ヶ月前のように私の前に差し出した。

「最上キョーコさん、あなたを愛しています。
俺の気持ち、受け取って頂けますか………?」

『君が俺を信じていいと思える日まで、毎日かならず。』
あの日私がちゃんと受け取っていたら、何か違う未来があったのだろうか。
……ううん、今は考えるのは止そう。
きっとどんな事があっても、私の気持ちはこの人に向かってしまっていただろうから………

「…まだ、恋愛は怖いです。」
「うん、わかってるよ。」
「いつかは捨てられるんじゃないかって、」
「そんな事は絶対しない。」
「…信じても、いいんですか?」
「勿論。この1ヶ月言えなかった分も取り戻す。
毎日『愛してる』って言うよ…君が一生俺のそばにいてくれるって言うまで。」

おずおずと箱を受け取ると、敦賀さんは久しぶりに神々スマイルを見せてくれた。

「私、疑り深いですからね?意外と嫉妬深いかも知れませんからね?
…本当に知りませんよ?」
「それは毎日愛を囁く甲斐があるね!臨むところだよ…」


それから私達は敦賀さんの持ってた箱も開けて、チョコを食べながら一晩中昔話をした。
コーヒーを何杯飲んだかも忘れてしまった。
敦賀さんの過去を聞いて、たくさん泣いてしまった。
先生…父さんとの繋がりを聞いて、「恥ずかしい」と怒ったりもした。
私の話もたくさんした。
「面白くない話だから」と言っても聞いてくれなくて、話したらやっぱり怒られた。
『怒ってるんじゃないよ』とは言うけど、何が違うのかよくわからない。

……こうして、お互い知らなかった時間を埋めた。





『恋は砂糖菓子みたいに甘い』なんて、いったい誰が言いだしたんだろう。

私はそんなの嘘だと思う。
だって、こんなに苦い思いもしなきゃいけない時もあるんだもの。

だけどその分、甘さは倍になるんだわ。

これからもきっと苦い思いもいっぱいすると思うけど…
あなたの隣でなら、それもまた甘い思い出に変わりそうな予感がする。

甘くてちょっぴりほろ苦い、このチョコみたいに。




〈Fin.〉