「………」

携帯を胸元のポケットにしまいつつ、俺は隣にいる男の顔をそっと見やった。
案の定、蓮の奥にはブラックホールのような真っ暗な空間が出来ている。

(…お前、キョーコちゃんの事になるとホントにダメダメだなぁ)

蓮のあのスキャンダルを気にしている辺り、やはりキョーコちゃんも蓮の事を好いてくれているのだろう。
俺は今朝、社長の所へ向かう途中で高遠杏子との事をはっきりと聞いた。
蓮は記憶がないのをいい事に嵌められたといってもいい状態だ。
彼女は蓮の過去を調べあげ、話を合わせる事で近づいてきた。
しかも蓮のスケジュールやらプライベートな事まで全てを把握しているらしい。

(完全に蓮のストーカーだったって事だ。
…そんな事してるような子には見えなかったんだけどなぁ)

キョーコちゃんと同じ18歳。
一見礼儀正しい清楚な雰囲気。
そこまではキョーコちゃんと同じで好印象なものだ。
ところが、蓮から聞いた印象はとんでもないものだった。

熱狂的なファンはこの業界よくいるものだが、彼女はその範囲すら大きく超えていた。
もしキョーコちゃんが蓮と一緒に暮らしている事がばれたら、その悪意はキョーコちゃんに向かってしまうだろう。
ひとまず彼女の所属する事務所には、昨夜のうちに社長から抗議を申し入れてもらっている。
キョーコちゃんの身の安全を考え、しばらくキョーコちゃんには社長の家に身を寄せてもらうことになった。

キョーコちゃんには、蓮の口から直接言い訳を聞いてもらいたいと思っていたのだけど…
今日中にそれはかないそうにない。

「…そんなにへこむな、蓮。一応まだ外なんだぞ…『敦賀蓮』の顔は壊さないでいてくれよ。」
「……社さん、すみません。」
「まぁ落ち込む気持ちも分からなくもないけどな。
そしたら、俺が一人でキョーコちゃんを送っていくよ。
今夜はここで解散だな。」
「…お願いします。」
「気にするな、俺がちゃんとキョーコちゃんを事務所まで送り届けるから。
じゃ、明日は現地集合な。」

よっぽどショックだったのか、ぎこちなくしか笑わない蓮に苦笑いで手を振り、局内へ入って行った。





「すみません、社さんのお手を煩わせてしまって…」
「いいんだよ、他ならないキョーコちゃんの頼みだからね!」

楽屋まで迎えに行き、頼まれていた物を渡すと、彼女は悲しそうに笑った。

「せっかくご用意いただいたんですけど、私にはもう必要なくなってしまったみたいで…」
「…それは、やっぱり蓮の事だよね?」
「………」
「蓮の事、好き?」

彼女はつらそうな顔で目を閉じた。

「あのね、俺がキョーコちゃんに伝える事は簡単なんだけど、できれば蓮の口から直接聞いてほしい事があるんだ。
今日は無理かもしれないけど、キョーコちゃんが聞いてやっていいかもって思ったら、蓮に会ってやってくれないかな…?その時にそれ、投げ付けたっていいんだから。」

好きあってるなら、尚更第三者の言葉を挟まないほうがいい。
直接蓮に言いたいことをぶつけてほしい。

「ダメですよ、食べ物を粗末にする訳にはいかないです。」

キョーコちゃんはやっとクスクスと笑ってくれた。

「いいんだよ、それ位してやっても。
…それじゃ、事務所に向かおっか!」
「はい。」

キョーコちゃんと一緒に楽屋を出たところで、俺の電話に着信があった。

「あ、電話だ…ちょっと待っててくれる?」
「それじゃ私は先に下に降りて、ロビーで待っていますね。」
「うん、ごめんねキョーコちゃん。すぐ追い掛けるから!」
「ゆっくりで大丈夫ですからね。」

そう言って、俺はキョーコちゃんと別れ、慌ててゴム手袋を嵌めながら電話の相手を見る。

―――番号非通知。

事務所から何か変更でもあったのだろうか?
不思議に思いながら、俺は電話に出た。



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あらあら?
なんか似たフレーズがどこかで…?

しかし、寝呆けながら公開ボタンを押すと、たまに恐ろしい文章がそのままアップされたりしますね。
40のヒトリゴトの欄に『はやり杏子の…』ってあって。
「杏子は流行ってねーよ!」
と、一人つっこんでしまいました。
本文じゃなかったので、直す気ゼロなんですけど。