昨日の夜から飲み続け、既に何杯目かわからなくなったコーヒーを口に運んだ。

もう味もわからない。

今なら泥水を飲んでもわからないだろう。

本当なら酒でも飲みたかったが、今日の仕事に差し支える。

社さんは今日はここまで迎えに来てくれる予定になっていた。



(俺は最上さんになんて事を………!!)



昨晩全てを思い出してから、ずっと後悔していた。

よりにもよって、キョーコちゃん…最上さんを忘れた上に間違えた事。

衝動的に最上さんを抱いてしまった事。



(拒まれなかったからって、決していい事では…)



本当なら、夢見がちな最上さんに合わせてゆっくり恋愛を進めてあげたいと思っていた。

不破のせいで恋愛に嫌悪感まで抱いた彼女。

最上さんを想うだけで嬉しくて苦しくなって、…幸せになれる。

こんな素晴らしい気持ちを教えてくれた彼女に、今度は俺が教えてあげたい。

幸せにしたい…そう思っていた。



だから彼女が『恋をしてもいいもしれない』と思える日が来るまで、馬の骨排除も怠らなかった。

(いざ恋愛しようと思われた時に、俺以外が目に入ったらダメだろう)

彼女にずっと好感を持ち続けてもらえるように演技も磨いたし、いい先輩の位置を必死でキープし続けた。

(時折理性もヤバかったが…)



それなのに………

俺は自分で自分の首を絞めたのだ。

「記憶がなかった」なんて、言い訳にはならない。

きっと今度こそ俺は、彼女の記憶から消されるだろう。



(あぁっ、くそっ!!)



どこに向ける事もできない苛立ちに苛まれていると、携帯のバイブがなった。



―――番号非通知。



何となく事務所でない事は予想できたが、今は誰彼ともなく当たりたい気分であった為、電話をとった。



「………はい。」

『クスクス。大分イライラしてるのね?』



案の定、高遠杏子だった。

「…俺はもう話す事はな…」

『今テレビ付けてみなさいよ。あなたの大事なキョーコちゃんは新しい彼を見つけたわよ?』

「!?」



慌ててテレビを付けると、ワイドショーでは『人気俳優早野孝允 堂々片想い宣言!』の字幕スーパーがでかでかと出て、最上さんを庇いながらも爽やかに彼女への想いを公共の電波に乗せ、フェードアウトしていく男の姿が映っていた。

彼は確か、今彼女が出演しているドラマの主役だったはず…



[いやはや、早野さんと京子さんですか!今話題のドラマで共演中と言う事で、注目カップルが誕生しそうですねー!]

[早野さんって共演者やスタッフにも優しいと評判の俳優さんなんですよね。それにあの爽やかさ!片想いと言っても一晩一緒に過ごしたなら京子さんも何か進展があったのではないでしょうか?]

[LEMは今は春真っ盛りですねぇ。敦賀さんに続いて、京子さんの恋の話!これからが気になるお二人です。]



「一晩一緒に…?」

俺は愕然とした。

あんなにガードの固い彼女が、男の部屋で一晩を過ごす。

あり得ない!

最上さんにいったい何が!?



『可哀想にコーン。思い出の中を生きてるのは、あなたと私だけなのよ?』

「嘘だっ!!何かの間違いだ!」

『そうよ?あぁは言ってても、間違いは起こるものよ?』

『あぁ、そうそう。京子のお泊りをリークしてあげたのはわ・た・し。二人一緒に出てこない事も想定はしてたんだけど、こんなに上手く行くとは思わなかったわ………』



彼女が何か色々と言っているのは、聞こえてはいるが頭に入ってこない。

明確にわかるのは一つだけ。

高遠杏子を、このまま野放しにするのは危険だ。

最上さんに何か仕掛けるかもしれない。



俺は電話を切ると、社さんを脅して朝から社長に会いに行く時間をひねり出してもらった。

社さんが小さく『ひっ!闇の国の蓮さん…』と呟いたが気にしない。

最上さんに何か遭ってからでは遅い。









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はやり杏子の嫌がらせ大作戦。

猫被るのをやめたんですね。