「ふう。…やっと着いたわ。」

怠い身体を自ら叱咤激励しながら、私はやっとの思いでテレビ局まで来た。
今日の私のスケジュールは、午前中は学校、夕方からドラマの撮影というものだ。
本当は一限からきちんと出たかったが、起きたのは既に二限も終わる頃。
起き上がるのにも時間がかかって、結局学校にはレポート提出の為だけに行ったような形になってしまった。

(一気にお婆ちゃんになっちゃった気分だわ)

身体のありえない場所が痛い。
今までは体力に自信があったつもりだが、全身筋肉痛で動けないとなると、案外体力はない方なのかもしれないと思った。

(と言うか…ムリムリ、次とかなくて良かったっ!!)

人生最初で最後の経験でつくづく良かったと思う。
何度もこんな目に遭うのはゴメンだ。
昨夜の経験を一生の思い出にして生きていけばいい。
私には恋愛なんて必要ない。
私は一つため息を吐くと、芸能人『京子』の顔を貼りつけ局内へと入っていった。





「あ、おはよう京子ちゃん。」

メイクを終わらせてスタジオへ向かう途中、既に他のシーンを撮り終えた早野さんに会った。

「おはようございます、早野さんはこれから休憩ですか?」
「あぁ、そうなんだよ。間宮さんがちょっと調子悪いみたいでね、撮り直し前に休憩入ったんだ。」

ここまでNGなしで来ていた主演女優も、クライマックスに向けての長い台詞で苦戦しているらしい。
私も数日後のクランクアップ前のラストシーンに長台詞がある。
…敦賀さんの事を考えている場合ではない、気を引き締めてかからないと。

「…ねぇ、京子ちゃん。もう一度メイクに戻った方がいいかも…その…首元ね。」
「???」

早野さんは非常に言いにくそうにしながら、自分の鎖骨の上あたりを指でトントンと叩く。
不思議に思いながら、シャツの襟元をぐっと広げて確認すると、一つ赤い痣が出来ていた。

(まさか昨日の…!!!)

そういえば、一度だけ首もとに痛みを感じた。
あの時に付けられたのか。
制服は襟をきっちり止めていたので気が付かなかった。
昨夜の事を思い出して、一気に顔に血が集まる。

「コンシーラーで隠した方がいいと思うよ。…でも、彼氏とうまくいったみたいで良かったよ。」

何故か早野さんは少し淋しそうな笑顔を見せた。

「………別にうまくなんていかないんです……」

本当にそういうのじゃない。
私は敦賀さんの記憶が戻らないのをいい事に、無理やり強請って抱いてもらった。
決して好きだから抱いてくれたわけではない。
現に、行為の最中一度も「好き」とは言われなかった。
虚しさばかりが心を蝕む。

「それってどういう…」

早野さんが質問を投げ掛けようとした時、他の通路から入ってきたスタッフ達の話し声が聞こえてきた。

「聞いたか?敦賀蓮ついに初のスキャンダルだってさ!」
「聞いたわよー!相手まだ無名の女の子でしょ!どこに敦賀くんとの接点があったのかしら?」
「しかもまだ高校生だってさ。『敦賀蓮は年上好き』て噂信じてた上司がガッカリしてたぜ」
「そりゃ私だってショックよー!どうやって敦賀くん落としたのか早く知りたいわ…」


……………何?
今の話は誰の事を言っているの………?

私の頭はそこで考えることをやめてしまった。




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杏子、強行手段に訴える。
きょこたんゴメン!