何故彼女がここにいるのか、俺にはわからなかった。
こんな時間から杏子ちゃんが出るような番組は撮影を始めたりはしない。
俺を追い掛けてきた…と見るのが妥当だろう。
しかし俺は、今日のスケジュールを教えたりしていない。
社さんと俳優セクションの人間が厳重に管理している俺のスケジュールは、彼女自身が調べたりする事も難しいはずだ。
………誰かが彼女に俺のスケジュールを横流ししている?
俺と彼女の仲を知る人物が近くにいる。
そう考えると一気に杏子ちゃんに嫌悪感を抱いた。

「コー…じゃなかった、敦賀さん!」

周りに誰もいない事を確認してから、俺に抱き付く杏子ちゃん。

「良かったぁ、会えて。今日はこの局で私も仕事があるのよ。」

だけど俺は、もう抱き返さない。
何も反応を反さない俺を不思議に思ったのか、杏子ちゃんは回していた腕を弛め、俺の顔を覗き込んできた。

「……?…どうしたの?つる…」
「別れてほしいんだ。」

一瞬彼女の表情が止まった。

「………突然どうしたの?昨日のこと、やっぱり気にしてる? 」
「そうじゃないんだ。」
「私の事好きって言ってくれたのは嘘なの?」
「嘘じゃない。本当に好きなんだよ。でもダメなんだ。」

好きな子とは出来なくて、家族愛を向けているはずの最上さんを性.欲の対象として見てしまう。
俺の中で恋愛の「好き」がわからなくなっていた。
やんわりと、しかし確実な拒絶の意志を込めて杏子ちゃんを引き剥がす。

「今のコーンは記憶が戻らなくて、不安定になってるだけよ。私は絶対に別れないわ。いつまでも待つから…っ」
「れんおにいちゃーん!」

言い寄る杏子ちゃんの声を、可愛らしい声が遮った。
今日1日一緒に番宣で回る予定の、子役のいゆちゃんだ。

「…私、絶対に別れないからね。」

杏子ちゃんは一言そう残すと、さっさと俺から離れていった。

「今日はいちにち、よろしくおねがいします。」

杏子ちゃんと入れ違いに俺の前に立ったいゆちゃんは、可愛らしくお辞儀をした。

「うん、こちらこそよろしくね。」

さっきまで何となく嫌な気分だったが、いゆちゃんの笑顔で心がほっと一息つけた。

「…ねえ?さっきの人、蓮おにいちゃんの彼女さん?」
「……いや、違うよ?」
「そうっ!良かった!!」

不安そうに聞いてきたいゆちゃんは、俺の返事を聞くと嬉しそうにした。

「どうして?」
「だって蓮おにいちゃん、さっきの人と一緒にいる時、辛そうなお顔してた。」

子どもはさりげなく見ている所は見ていて鋭いなと思っていると、いゆちゃんは1つ大事な事を教えてくれた。

「だって蓮おにいちゃんはキョーコおねえちゃんが好きなんだよね?キョーコおねえちゃんのお話してる時が一番楽しそうだもん。」
「………………え?」

いゆちゃんが知っている『キョーコ』に当てはまる人物は最上さんしかいない。
俺が最上さんの事を好き…?

「いゆもね、キョーコおねえちゃん大好きよ!蓮おにいちゃんにお花届けてくれた、とっても優しいおねえちゃんだもん。キョーコおねえちゃんの事考えると心がほんわかするのー。」

いゆちゃんはにっこり微笑んだ。

………確かに、最上さんが傍にいてくれると居心地がいい。
心がほっとして温かくなる。
まるで夏のあの日のように。

…………もしかして俺は、今まで何かとんでもない思い違いをしていたのではないだろうか?
最上さんに向けていた感情こそが「恋愛感情の好き」というものなのではないだろうか。

そう思ったら、少しでも早く確かめたくなった。




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ああ、やっと気が付いた!!
蓮の自覚には、最初から子役の『いゆちゃん』に登場してもらうつもりでした。
アメンバキリ番(10番目)を踏んでくださったiyu様、改めてありがとうございました!

お次は、皆様が気になってらっしゃる杏子の目線で。