結局今日は共演者のNG連発により、帰宅できたのが26時を過ぎてしまった。
さすがに同居人も寝ているだろうと思い、そっと扉を開けて室内へ入る。
だが、予想に反して彼女は起きていた。

「お帰りなさい、敦賀さん。」
「…ただいま、最上さん。まだ起きてたの?」
「はい。もうすぐレポートの提出日なんです、いくつも出ていたのでこんな時間になっちゃって。」

『敦賀さんを待っていたんです』という言葉を密かに望んでいた俺は、正直がっかりした。
でもレポートをリビングでやっていたという事は、『お帰り』を言う気でいてくれたと、少しは自惚れてみてもいいだろうか。
俺はそっと最上さんを抱き締めた。
いつもの挨拶のハグ。

「そっか。もう終わり?」
「はい。さっき終わった所です。」

ローテーブルの上のレポートや参考書は既に纏められていて、後は部屋に戻るだけだった様子が見て取れる。
抱き締めたままの俺の背中に、最上さんの細い腕がそろそろと回された。
彼女の甘やかな香りが鼻腔に広がっていく。
ただそれだけで、今日一日の疲れが吹き飛ぶような気になる。

「ごはんは召し上がられたんですよね?社さんからメールが届きました。」
「うん、ごめんね。撮影が押してしまってね…社さんとサンドイッチ買って食べたから。」

「…あ。明日、帰りに少し寄ってくる所があるから、ご飯は大丈夫だよ。遅くなるようだったら、先に寝てても構わないから。」
「そうですか。気を付けて行ってきてくださいね?」

「杏子ちゃんの所に行く」とは言いたくなくて。
頬と頬を合わせる時そっと唇も頬に触れるように、わざと顔の角度を変えた。
彼女の柔らかな頬の感触が心地よい。

「じゃあお休み…」
「はい、お休みなさい…」

彼女がゲストルームに消えるのを見届けると、俺は今日何度目かのため息を吐いた。

(ごめん、最上さん…)

本当は最上さんにきちんと行き先を告げればいいと思う。
プライベートな時間の事(食事とかその他の家事まで)は今、彼女に全てお世話になっているのだから、せめて大まかな帰り時間や行き先を告げておいて彼女に余計な仕事を増やしたくない。
実際、昨日までの俺はそうしてきた。
だけど明日杏子ちゃんと会う事だけは、どうしても最上さんに知られたくなかった。

(大概俺も我儘な人間だったんだな)

その逆もまた然り。
例えずっと好きだった初恋の子でも、今のこの家には一歩も入れたくなかった。
最上さんが待っているこの居心地のいい場所は、誰にも邪魔されたくない。
出来る事なら、最上さんをずっとこの部屋に閉じ込めておきたい位だ。

全部自分に都合がいい考えでしかない事は自覚している。
だけど、今最上さんだけは失いたくない。

(杏子ちゃんの事は、俺が言わなければ誰に気付かれる事もないかな…)

ズルい男だと思いながら、とりあえず一日の終わりを迎えるために、バスルームへ向かった。




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無自覚な独占欲振りかざしてやってる事は二股。
わぁん、さいてーよー(泣)