社さんが電話の為に楽屋を出た直後、今度は俺の携帯が震えだした。
ディスプレイを確認すると、相手は杏子ちゃんだった。
…社さんが出ていって丁度良かった。
彼女との電話は、なるべく聞かれたくない。
彼女の存在は誰にも知られたくなかった。

『もしもし、今大丈夫ですか?』
「…あまり。これからすぐ撮影に戻らないといけないんだ。」
『そうなの?相変わらずコーンは忙しいのね。』
「あぁ…」

本当はそんなにすぐ戻る必要もないのだけど、何となく電話を長引かせたくなくて言葉が少なくなる。

『あれからまだ1回しか会えてないね。ちょっと寂しいかな…。
ねぇ、明日コーンのお家に行ってもいい?私、コーンに会いたいな。』
「あ、ごめん。家はちょっと…」
『そうなの、都合悪い?…じゃあ私の家に来て?私、今セキュリティしっかりしてる所で一人暮らししてるから、問題ないと思うわ。』
「………わかったよ。」
『ふふっ。ありがとう、コーン。じゃあまた時間とかメールするね?ちゃんと確認してね。』
「あぁ…。」
『お仕事頑張ってね。…大好きよ、コーン。』
「あぁ。好きだよ、杏子ちゃん…」

最後の言葉を聞くと、彼女は満足そうな微笑む声を漏らし、電話を切った。

あの日、記憶が少し戻った事で、このまま一気に戻ってくれるかと思ったが、それは叶わなかった。
結局あの夏の思い出だけだ。

だが、その記憶にも今は違和感を感じる。
何かが違う…直感が訴える。
あんなに好きだったはずの『キョーコ』ちゃんの事が、何となく煩わしく感じてしまっている。
それは今、『敦賀蓮』を演じる事に一杯になっているからだろうか?

………いや、そうではない気もする。
ここ2~3日は、ずっとこの違和感について考えていた。

明日久しぶりに彼女に会えば、答えは出るだろうか?

ふと楽屋の時計を見ると、そろそろ撮影に戻る時間だ。
社さんはまだ電話から戻ってこない。

俺はため息を一つ吐くと、スタジオに戻るために楽屋を出た。





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その直感を信じましょうよ。