福島市の水道水でヨウ素135が検出されたことなどなどについて説明した記事を書こうとして、読者の方にそれを理解してもらうには、いろいろな基礎知識が必要だと思いました。
ネットを探せば、いろいろなところに様々な知識・情報が見つかりますが、難しすぎたり、説明が長すぎたり、逆に基礎的な説明を飛ばしすぎたりしているように思えてきました。
福島第一原発の事故を理解するために、必要十分な(と思える)基礎知識をまとめてみました。
今回の事故が起きてから(再)勉強した、原子力分野には素人の技術者によるまとめです。
ご参考になれば幸いです。
遠回りかもしれませんが、一度じっくりと理解いただければと思います。
1. 原子の構造モデル
原子は、正の電荷(電気)を持つ原子核と、負の電荷を持つ電子とからできています。
さらに、原子核は正の電荷を持っている陽子と電荷を持たない中性子とからできています。
陽子と中性子の質量(重さ)はほぼ同じです。
電子の質量は、陽子や中性子と比べるとずっとずっと小さいです。
例として、ヘリウム原子の構造を示します。
陽子と中性子とがくっついているのが原子核で、電子はその周りを回っています。
他の原子は、これの粒子の数が異なるものと思ってもらえばいいでしょう。
(最新の理論のモデルはもっと複雑ですが、今はこれで十分です。)
(http://chem-edu.net/structure08.htm から転載させていただきました。もう少し正確な説明もあります。)
一般に原子(元素)の化学的性質(例えば、他の原子とどんな化合物をつくるか)は、陽子の数(これは電子の数と等しい)で決まります。
陽子の数=原子番号であり、元素名は陽子の数で決まります。
(ふつうは「元素が決まれば陽子数が決まる」と考えるのですが、核分裂反応というとても特殊なケースを考えるので、あえて発想を逆にしています。)
陽子と中性子の数の合計を、質量数と呼びます。
元素の質量数を示したいときは、元素名の次に数字で示します。また、元素記号の左肩に示します。
例えば、質量数が12の炭素の場合は、次のようになります。
「炭素12」 「12C」
2. 同位体
陽子の数が同じでも、中性子の数が異なる(したがって質量数も異なる)原子が存在します。これを同位体といいます。
同位体は、以下に説明するような「物理的性質」は異なりますが、化学反応など「化学的な性質」は同じです。
同位体には、未来永劫ずっと安定して存在できる同位体もあれば、不安定な同位体もあります。
不安定な同位体は、放射線を出しながら時間ととも、より安定な他の元素や同位体に変化していきます。
この変化を「崩壊」と呼び、そのような同位体を放射性同位体と呼びます。
放射性同位体でも、比較的安定なものもあれば、短時間ですぐに崩壊してしまうものもあります。
一定時間に崩壊が起きる確率は、原子核の種類=核種ごとに決まっています。元の核種の半分が崩壊するのにかかる時間を半減期といい、これで核種の安定度を知ることができます。
例えば、ヨウ素には、質量数が108から144の全部で37種類もの同位体の存在が知られています。
そのうち、ヨウ素127のみが安定であり、また代表的な放射性同位体であるヨウ素131の半減期は 8.1日です。
極端なものでは、インジウム115の半減期は441兆年、マイトネリウム266の半減期は0.0034秒だそうです。
元素の中には、放射性同位体しかない元素もあります。これを放射性元素と呼びます。
原子番号83のビスマス以降の元素の全て(例えばウランやプルトニウムなど)は、放射性元素です。
3. 放射線
放射線とは、高いエネルギーを持った電磁波(光のようなもの)や粒子線(目に見えない粒の流れ)です。
(以下、難しいので無視して結構ですが、
波と粒子とがなぜひとつにまとめられてるのか、疑問に思いますよね。。。
物理学理論の世界では、電磁波のひとつである光は粒子=光子であるとみることができるし、電子線のような粒子線も波としての性質を持っている=物質波であると見ることができるのです。
非常に小さいモノを対象にする物理学の、日常の常識と合わない世界です。)
主な放射線は、
・アルファ線: 陽子2個中性子2個(ヘリウムの原子核)の粒子線
・ベータ線: 電子の粒子線
・ガンマ線: 波長が10pm(ピコメートル、10-12メートル、X線より短い波長 )の電磁波
・中性子線: 中性子の粒子線
です。
(少し余談)
ウランが、それまで知られていなかった放射線(アルファ線)を放出することを発見したのが、アンリ・ベクレル。
その名前は、放射能の強さを表す単位になっています。
放射能や放射性元素という言葉は、マリー・キュリー(キュリー夫人)によって命名されました。
当時の常識であった「元素は不変」という概念をくつがえしたのも、キュリー夫妻の功績です。
Wikipediaのマリ・キュリーの記事は、ちょっとした「伝記」と呼べるほど充実したものです。
小学校のときにキュリー夫人の伝記を読んで以来、何十年ぶりかに読みました。
(全く覚えてなかった、というか、当時は理解してもいなかったですね。)
科学者としてだけでなく、女性の一生として読み応えがあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%BC
(余談、終わり)
4. 核分裂反応
原子炉の燃料として使用されるのは、ウラン235です。
陽子92個、中性子143個で、質量数は92+143=235。
半減期は7億年。
(福島第一原発3号炉だけは、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを原料に作製したMOX燃料を使う「プルサーマル発電」を行っていました。こちらは前にも書いたこともありますが、省略。)
ウラン235の原子核に中性子を吸収させると、原子核が2つに分裂し、このとき2-3個の中性子を放出します。
放出された中性子は別のウラン235に吸収され、また原子核が分裂するとともに中性子が放出され…と、核分裂反応が連鎖的に起こります。
このとき質量の一部が消失し、代わりに非常に大きなエネルギーが放出されます。
1モル=235gあたり、18TJ(テラジュール=1012ジュール)で、ウラン1gから石油約2000リットル(ドラム缶10本分)と同じ熱量が得られます。
5. 原子力発電
原子力発電は、ウラン235の核分裂反応で発生するエネルギーを安定的に取り出します。
(このエネルギーを、制御しないで一気に放出するのが原子爆弾です。)
福島第一原発は、沸騰水型原子炉と呼ばれる形式です。
(http://gigazine.net/news/20110315_fukushima_1f2_suppression_pool/ からお借りしました。)
核燃料は、直径1cm、高さ1cmの円柱状のペレット状のセラミックに焼き固められます。これをジルコニウム合金製の長さ約4mの管の中に収めたものを燃料棒と呼びます。
燃料棒は圧力容器内に収められ、燃料棒の周囲には水が張られています。ここで核分裂反応を起こすと、その熱で反応容器内の水が沸騰します。沸騰した 水蒸気は配管で容器外部に導かれ、そのエネルギーでタービンを回して発電を行います。次いで、コンデンサで冷やされて水になり、ポンプで反応容器に戻りま す。
反応容器は、万一の事態が起きたときにその飛散を防ぐために格納容器に収められています。
原子炉で連鎖反応が暴走も減衰もしないようにうまく制御するのに使われるのが制御棒です。
中性子を吸収する性質のホウ素やカドミウムなどでできており、核分裂の連鎖反応を抑制します。
非常時には、制御棒を完全に挿入することで核分裂反応を停止します。
(福島第一原発では、大地震にも関わらず、ここまではうまく行きました。)
核分裂反応で生成した核分裂生成物の原子核(核種)は、陽子の数と中性子の数のバランスが悪い不安定な放射性同位体なので、安定化=崩壊しようとします。このとき強力なベータ線とガンマ線を放出します。
これら放射線のエネルギーの大部分は、熱に変換されます。これを崩壊熱と呼びます。
(ウラン235を2つに分けると、それぞれの核種で中性子が多すぎるので、主として起きることはベータマイナス崩壊、すなわち中性子が電子を放出して陽子になることだと理解しました。)
制御棒によって核分裂反応を停止させることができても、核分裂生成物は残っていて、それが崩壊することは止められないので、冷却を続ける必要があります。
核分裂生成物は、最初はきわめて不安定で短寿命のものが多いため、崩壊熱は初期のうちにかなり急速に減衰して小さくなります。しかし、その後もずっと継続して出続けます。
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kid/safety/decayhea.htm
Wikipediaによると、ウラン235の核分裂の場合の主な生成物は、
セシウム133、ヨウ素135、ジルコニウム93、セシウム137、テクネチウム99
とされています。
福島市の水道水ではヨウ素131が検出されています。
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