TOLOSのブログ

ローマ暮らし 早?年 

 コロッセオとバチカンが通勤路

 ライトアップされた遺跡に 今日も癒される


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2016年 熊本は地震で大きな被害がを受け


水俣病公式確認の5月1日に開催する「水俣病犠牲者慰霊式」は延期となった


しかし、被害者団体による乙女塚での慰霊式は予定通り行われた。


100名ほどの人たちが狭い乙女塚に集まり、


午後1時30分、サイレンが水俣に響き 黙祷が始まった。


約半数が報道陣であり TVクルーも数局含まれている。


慰霊碑の台に取材陣の原稿が開いたまま置かれていた。


   **の映像が流れ アナウンサー**が想いを込めて語る


   「お亡くなりになった娘さんが生きておられたら還暦で・・・」


DESKが考えたシナリオありき、記者はそのストーリーに合う映像を撮る


なんだよ 報道ってそんなもんかよ


正直、報道に落胆したというのが今年の最も印象的なできごとであった。



水俣は地震被害はそれほどでもありませんでした


「八代からこっちは 大きな被害は無かった。報道の震度マイナス2くらいか」


熊本地震の特徴は震源が浅いこと 震源地は大きな縦揺れで被害が甚大


しかし震源から15km離れると 揺れのレベルは下がる


この震源が場所を変えながら絶えまず余震が続いている


私の住む熊本市内も倒壊したマンションが少なくない


瓦屋根の9割は崩れ、橋の段差、アスファルトのひび割れなど


完全に元通りになるのは10年以上はかかるな とは誰もが感じる


躯体が損傷した建物は「立ちり禁止」の赤紙が貼られ


大きなスーパーも営業ができず、駐車場の仮設テントで販売している。


夜中に起こった震度7 それがトラウマとなって屋内で寝られない人が多い


夕方になると公園や学校などの避難所に車でやってきて夜を過ごし


翌朝、自分の家に戻る生活を続けている。


余震が収まらないと復旧もままならない。


誰もが「熊本だけは大丈夫と思ってた」が正直なところです 走る人


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祈りのことば:チッソ株式会社 森田美智男社長


慰霊の日を迎え、謹んで御霊に冥福を祈るとともに 遺族の方々に


哀悼の意を表します。


チッソは107年にわたり、水俣で周辺市町村に支えられ、地域とともに


歩んできました。


当社が原因で被害を受けた方々に衷心よりお詫びします。


補償責任を経営の至上命題ととらえています。


JNCが発足して4年が経ちました。景気の不透明感が払拭し 日本経済が


改善の方向に向かっていると感じています。


水俣工場は環境、安全に配慮し 再生可能エネルギーを積極採用しています


地域社会の発展に寄与するため、自治体の施策に協力を惜しみません。


これが当社の道と理解し邁進いたします。



水俣病の原因特定以前は決して口にすることが無かった 


当社が原因、お詫び、補償といった言葉が普通に使われる。


祈りのことばとは関係が無い「経済が改善」とあえて口にしたのには


報道にあるように チッソ株を この株高の機会に売却したいという思惑がある


株を売るということはチッソの経営権が拡散することにつながり、患者側は


責任の拡散につながると反対している。


毎年のチッソ社長のことばには ふさわしくない場面で、


本心が つい口にでてしまったと理解されてもしかたのない表現が含まれる



祈りのことば:地元中学生


あなたがなにげなく過ごしている「今」は 水俣病で亡くなった方々が


精一杯生きようとした「今」だ。


そう言った語り部の方の言葉を忘れません。


山々の鳥のさえずり、海では多くの命がはぐくまれている


そんな水俣でもやいの街づくりが進められています。


水俣条約一周年フォーラムに地元の中学一年が全員参加しました


まだ世界に水銀中毒で苦しむ人たちがたくさんいることに驚き


私たちが水俣から世界に対し発信したメッセージに対し


ユネスコからVIDEOレターをいただきました


悲劇を繰り返さないために無くてはならないことは 


この教訓を広く正しく伝えていくことだと行動の意義を改めて確信しました


世界の未来を変えるには想像以上のエネルギーが必要ですが


日常生活を見つめなおし、水俣を、熊本を、日本を、世界を変えていきたい。


わたしたち中学生は水俣科の教育クラスが始まりました


足を運んで地域の人の話を聞き どうしたらいいか議論することです


分別ゴミステーションは、環境の議論もするような もやいの場となっています


一致団結して環境を守る水俣に生まれてきたことを誇りに思います。


亡くなった患者さんたちが精一杯生きようとした「今」を「未来」を


私たちが精一杯生きていきます。



亡くなった方が精一杯生きようとした今


重いことばである 走る人

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水俣病犠牲者慰霊式 (2015)


公式認定から59年目の2015年5月1日


水銀を封じ込め、埋め立てた水俣湾の公園で例年通り執り行なわれた。


昨年からの変化は


 ・この一年で公式認定患者11名が亡くなられたこと


 ・環境大臣が石原伸晃さんから望月義夫さんに変わったこと


  これは水俣病を起点として創設した環境省で、21代目の大臣にあたる



朝から水俣市内は屋外放送が流れていた


「水俣病慰霊式に時刻を合わせサイレンを流します、市民の皆さまも


 亡くなられた御霊に対し黙とうをお願いします」



開会宣言とともに水俣高校の合唱団のコーラスが会場に響く


司会の「黙祷」の声と同時に 遠くサイレンが鳴り始めた



式辞:西田水俣市長


尊い命の御霊に哀悼のまことをささげます。


戦争が終わり10年、日本が復興に明け暮れていた昭和31年


水俣にとっては長く悲しい歴史が始まった。


今なお続く苦しみは 来年で60年を迎える


二度と起こしてはいけない、水俣病が教えてくれた教訓を


市長として世界に伝えていく義務と責任がある


昨年10月の水俣条約一周年フォーラムに全市民が参加した


子供たちの活動に対し ユネスコから感謝のVIDEOメッセージが届いた


私はこの水俣の子供たちを誇りに思う。


水俣病資料館に訪れた あるお父さんの感想を紹介したい


   「5年前、初めてここを訪れ その悲惨さに衝撃を覚えた


    その教訓を子供たちに伝えようと思い 長男、次男が高校卒業の機会に


    ここに連れてきた。末っ子の高校卒業にも ぜひここを訪れようと思う。


    ここの展示は ひとつの公害事件ではなく 人が人であるための教訓が


    学べる場所である」


メッセージが語りつがれていく、次世代へ誇れる水俣をつくっていきたい。




祈りのことば:遺族代表 杉本 肇


じいちゃん、ばあちゃん、母さん 5月1日になりました。


魂はここにきていますか?


家族に聞いてもらっていることとして話をします。


昨年まで この日は 死んでいったすべての生き物に対し


船から海へ献花していました。


私の家族は祖父母、両親の4人が水俣病患者、幼い兄弟をかかえ


正直、長男として逃げ出したい気持ちでした。


当時は伝染すると差別をうけ、地域の分断につながりました。


理不尽な扱いを受け、訴訟にふみきりましたが、


判決を聞くこともなく祖母は亡くなりました。


介護していた祖父も発病し後を追いました


私の両親が想いをひきつぎました。


明日、また誰かが祖父のように死んでしまうかもしれない


患者は十字架を背負っています


のさったもんなぁー (のさる=天から授かる) 母はそう言いました


それでも 人を恨まず、人を好きになろうろしました。


国を許す、県も許す、チッソも許す そう母は言いました。


何故?


許すことで叶うならば 私で終わりにしたい


母の想い、許すことで人間の尊厳を守りたかった


母ちゃん、俺の話 聞こえたかい


俺は未来ある子供たちに託し 話をしていきたい




祈りのことば:環境大臣 望月義夫


こころから哀悼の意を表します


お亡くなりになった方々、遺族の方々、地域の方々へ政府代表として


水俣病の拡大を防げなかったことに対し 申し訳ない気持ちでいっぱいです


昨年、水俣条約1周年フォーラムで初めて この地を訪れましたが


海がきれいなのに驚き、2度とくり返さない決意をしました。


将来にわたり安心して暮らしていける環境づくりを約束します


世界のいかなる国でも このような悲劇を起こさないために


水俣の教訓を発信していきます。


現在、関係法を審議中であり、公害のない持続可能な社会を実現させていく



学校の成績は良かったが聡明でない人間が考えたような文面である

過去、私が4回出席したなかでは 細野さんが 自分の言葉で多くを語り

予定を延長してまで被害者の方々の話を聞く時間をつくっていた


祈りのことば:蒲島熊本県知事


尊い命を失われた御霊に全熊本県民とともに哀悼の意を表します。


水俣病の拡大を防げなかった行政の代表としてお詫びします


私の政治姿勢である「常に弱い立場に立つ」という私の政治姿勢は


水俣病から学びました


患者によりそい、相談を続けていく 公健法を解いてはなりません


臨水審(臨時水俣病認定審査会)に県は協力していきます


胎児性、子児性水俣病の方々と直接お会いし 日常生活の困りごとを


直接伺いました、今後も患者に寄り添っていきたいと思います。


第6次 水俣、芦北振興計画を進め、水銀フリーに取り組み


安全、安心な環境づくりを続けていくとともに 水俣の教訓を伝えていきます。




言葉は平易であるが 国批判である


昨年 最高裁で、それまでの国の水俣病認定基準の高すぎるハードルを


下げた判決がでた。県はその判決に従い 新たな患者認定を行った。


しかし、国の臨水審の認定基準は改訂されたものの 最高裁判決まで


緩和された訳ではなく、基準改訂で漏れこぼした患者の掘り起しについては


住民の要望する全員対象の健康調査は実施せず、本人申請に委ねられた。


公害被害者の権利回復を謳った公健法の精神を支持し、


不充分なルールの臨水審は協力するが改善が必要であると読める


しかも、根本的に水俣病は解決していないという立場の表明で締めくくった。


知事の「弱い者の立場に立った政治姿勢」とは 彼が日頃から主張する


県民幸福量の最大化を指す。


これは、行政の施策は ひとりが受ける恩恵 X その人数 が大きくなる方を


選択すべきだという考え方であり、様々な機会に自分のことばで主張している


その20に続く走る人


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ハノイ3


ベトナム ハノイ


混沌と流れるスクーターの川


アジアの大半は国民の1割が首都に住み、見上げる近代ビルの裾野の路地裏には


怪しい雰囲気と 鋭い目つきの男がたたずんでいる。


しかし、出張で訪れたこの街は やさしい空気を感じることができた。


南北3,000km超の細長い国、北方に位置するハノイには四季がある。


10月は初秋、とは言っても昼間は半袖で汗が出るほどの蒸し暑い気候。


タイ料理から唐辛子を抑えたような日本人向けの旨い料理


数日間の滞在でしたが ハノイは気に入りました。  走る人

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蒲島知事


熊本県 蒲島郁夫知事参列のもと 慰霊式は続く


今年から 慰霊式実行委員会に患者/遺族代表の方々が加わった


例年、政府代表から順に述べていた「祈りの言葉」


後半だった遺族代表は今回、先頭に順番が変わった


その結果、次の環境大臣との論点、立ち位置の差が鮮明に映ることとなった。


祈りのことば 遺族代表 川本愛一郎 (要旨)


  「父は69歳で病院の牢屋のようなベットで苦しんで死んだ、わかるかな社長!」


  チッソとの直接交渉の場で 私の父は激症で死んだ祖父の無念をぶつけた。


  父は東京のチッソ本社前で1年9ヶ月にわたり座り込み交渉を続けた


  人間の尊厳と生活を1人1人に取り戻す戦いである。


  その激しい交渉がニュースで流れると、水俣の私の家には


  深夜のイヤガラセ電話や「死ね」と書いた葉書が届いた


  留守を守る母は私たち兄妹に寝るとき懐中電灯を握らせた。


  「暴漢が襲ってきたら、この懐中電灯で裏口から逃げなさい」


  家には家宅捜索が2回はいり、父は3回逮捕され、3回とも無罪だった。


  母は「父ちゃん 偉かぞ」と話し、その父はこう言った


  「信念とは、ことあるごとに 意志を表明することだ」


  語り部をしていると こう言われます「長い戦いをしてきたんですね」


  環境大臣は初代環境庁長官から数え 50代目です。


  これからも長い戦いを続けていくのでしょうか


  原田正純先生は住民全員健診を提言されたが 未だ実行されておらず、


  足元に埋まる、水銀まみれの魚を封じ込めたドラム缶3,000本の寿命は50年、


  これからも 第二、第三世代まで長い戦いを続けていかなければならないのでしょうか。


  御霊の前で、私なりの式辞を述べさせていただきました


  私の父も ここに眠っています。



会場は静まりかえる、それに対し 環境大臣がどう答えるのか注目が集まる



祈りのことば 石原環境大臣 (要旨)


  失われた多くの御霊に哀悼の意を表するとともに、患者、御遺族のかたがたが


  長い苦しみを負ってきたことに対し 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


  あらためて 衷心よりお詫びする。


  福島の中学生の作文で


  「教科書のスミの水俣の表現に 数々の悲劇があることを知った」と表現されていた。


  今、不知火海を前に思う 二度と悲劇を繰り返してはならない 


  責任をもって解決に全力をもって取り組み、将来にわたり安心して暮らしていけるよう


  国として 引き続き認定患者の救済と、福祉の向上に努める


  現在、水俣は自然を取り戻し、市民の意識は高く 環境再生モデル都市となった


  水俣水銀条約が採択され、ここ水俣から世界へ再生技術を提供していく


  改めて 亡くなられた御霊に哀悼の意を表し 私の挨拶とさせていただきます。

  (・・・抽象的なことばが続いたので だいぶ省略させていただいた)



今年も官僚の作文そのままのイメージで 心に残るものは無かった。


参列者全員が順番に献花するさい、最前列の国や県の代表者の直前を通る


それなりの地位の方は相応の態度とオーラを感じるものだが


唯一、環境大臣の落ち着きのなさが 印象に残った。 走る人

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