改正生活保護法省令案の、何が違って、どこが問題? ちょっとだけ解説。 | 騰奔静想~司法書士とくたけさとこの「つれづれ日記」

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大阪の柏原市で司法書士をやってる徳武聡子といいます。
仕事のかたわら、あっちこっち走り回ったり、もの思いにふけったり。
いろいろお伝えしていきます。

現在、改正生活保護法の省令案についてのパブリックコメントが募集されています。

 →パブコメ募集(厚労省HP )


この省令案は、
 ①生活保護を今よりもっと利用しにくくするもの。

 ②国会での修正や、厚労省の答弁など、国会審議を丸無視するもの。
 という2つの問題点がありますので、ぜひ、多くの方にパブコメを出していただきたいと思っています。


どこがおかしいか、ちょっと長文になりますが、おつきあい下さい。


例えば、申請についての規定(24条1項)です。


省令案:保護の開始の申請等は、申請書を…保護の実施機関に提出して行うものとする。
改正法の条文:保護を申請する者は、…申請書を保護の実施機関に提出しなければならない。


 この二つの文章、とてもよく似ています。
 同じことを言ってるんじゃないの?と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、実は、全然違う文章なのです。


 省令案の方は「保護の開始の申請等は」となっており、主語は「保護の開始の申請等」ですので、これは、申請という法律行為が成立するための要件について定めたものになります。つまり、「申請書を実施機関に提出することが〈申請〉である。」と定めているのです。

 そうすると、申請書を提出しない限り生活保護の申請として扱わませんので、いくら窓口で「生活保護を申請する」といっても、願望を口にして相談しているだけということになり、申請したことにはなりません。申請書を出さない限り「申請」と認めてもらえないのです。


 現行法下では、いくつかの裁判例で口頭申請も認めているのに、書面が申請に必要不可欠な物となってしまい、生活保護が利用しにくくなることになります。また、申請して却下された場合には審査請求もできますが、「申請」さえなかったということになると、不服申立も極めて難しくなってしまいます。


 一方、改正法案の方ですが、主語は「保護を申請する者」であって「人」です。「保護を申請する人は申請書を提出してください」というだけのことであり、申請という法律行為が認められるために何か要件が定められたのではありません。窓口で「生活保護を申請する」といえば、それで申請したと取り扱われることも可能で、じゃあ申請書を出して下さいね、ということになります。そこで、申請書を出せないからといって、申請がなかったことにはなりません。


 ちなみに、改正法の当初案は、「保護の開始の申請は、…申請書を保護の実施機関に提出してしなければならない」となっており、「申請」と認められるための要件が規定されていました。それを、批判を受けて口頭申請も認める現在の取扱いを明確化する意味で修正されたのですが、省令案は、まさに最初に批判を浴びて修正された大元のものに戻すことになります。

 また、村木厚子厚労省社会援護局長も国会で繰り返し、「(申請書がなくても口頭での申請を認める)今のの取扱いを変える物ではない」と答弁していますし、参議院の附帯決議では「二、申請権侵害の事案が発生することのないよう、申請行為は非要式行為であり、障害等で文字を書くことが困難な者等が口頭で申請することも認められるというこれまでの取扱いや、要否判定に必要な資料の提出は可能な範囲で保護決定までの間に行うというこれまでの取扱いに今後とも変更がないことについて、省令、通達等に明記の上、周知する」とまで明記されているのに、「申請書を提出しないと申請と認めない」という内容の省令案は、これに真っ向から反することにもなります。


 国会の議論はいったい何だったの? 立法府の議論をさしおいて、行政レベルで法律を有名無実化するようなことが許されるのか?ということでもあります。


 申請についての省令案には、次のような問題もあります。


省令案:ただし、身体上の障害があるために当該申請書に必要な事項を記載できない場合その他保護の実施機関が当該申請書を作成することができない特別の事情があると認める場合は、この限りではないこととする。


 これですが、もともとの改正法の条文は「ただし、 当該申請書を作成することができない特別の事情があるときは、この限りではない。」というものです。

 省令案はこれに、「ただし、身体上の障害があるために当該申請書に必要な事項を記載できない場合その他保護の実施機関が当該申請書を作成することができない特別の事情があると認める場合は、この限りではないこととする。」と、かなり内容が増えています。

 内容が増えるということは、申請書が作成できない場合について、狭く狭く限定的な方向に絞り込むということでもあります。
 
 申請書が作成できない場合というのは「身体上の障害があるため」「必要な事項が記載できない」という場合だけではありませんし、「実施機関が…認める場合」というように、窓口の判断で好き勝手に決められていいわけでもありません。

 実施機関が「あなたの場合は、申請書が作成できない場合と認められないよ」と判断してしまえば、申請書が作成できるはずなのに提出しないから、「申請」があったとは法的に認められない、ということにもなります。


 関係書類の提出についても、結局、申請時に提出しなければならないのか、提出しないと申請が受け付けられないのか、あるいは、申請してから開始決定までに提出すればいいのか、国会答弁では「申請してから開始決定まででよい」と答弁され、省令に明記すると言われていたのに、なにも書いてありません。
 このままでは、「申請書に…書類を添付しなければならない」という部分だけが一人歩きして、書類を提出しないと申請とは認められないという扱いが横行しかねません。


 生活保護は、基本的に、申請主義といって(急迫の場合の職権保護もありますが)、制度を利用したい人が申請手続をしなければなりません。 
 逆に、「申請」がない限り、窓口はなにも責任を負いませんので、申請ではなく相談扱いとして、生活保護を利用したい困窮者を追い返す水際作戦が横行しているのです。「申請」に要件を定めるこの省令案は、申請行為のハードルを上げ、違法な水際作戦を合法化するもので、決して許されません。


 他にも扶養義務者への通知についてなど、問題点がいくつかありますので、詳しくは生活保護問題対策全国会議の「「改正」生活保護法に関する国会答弁はペテンだったのか? 生活保護法改正に関する省令案の抜本修正を求めるパブリックコメント」 をご覧下さい。


 そして、ぜひ、厚労省にパブコメを出してください。
 田村厚労大臣は「パブコメを踏まえて対応する」と明言しており、批判的なものや修正を求めるパブコメが多く集まれば、それだけ修正される可能性が大きくなります。
 
 多くの人の声を集めて、一つの力にしましょう!