かけがえのない命を生きる | どん底歴30年 ポンコツ社長の備忘録

かけがえのない命を生きる

福岡の南蔵院の林覚乗住職の著書

「心ゆたかに生きる」から抜粋です。


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ジャーナリストで、

作家でもある大谷昭宏さんが読売新聞の記者をされていたころ

「窓」という欄を担当しておられた。


その欄にこんな内容の記事が載りました。
 

広島の女子高校生のA子ちゃんは、

生まれた後の小児まひが原因で足が悪くて、

平らなところでもドタンパタンと大きな音をたてて歩きます。


この高校では毎年七月になると、プールの解禁日にあわせて、

クラス対抗リレー大会が開かれます。


一クラスから男女一人ずつ四人の選手をだして、一人が二十五メートル、

全部で百メートル泳いで競争します。


この高校は生徒の自主性を非常に尊重し、

生徒たちだけで自由にやるという水泳大会で、

その年も、各クラスで選手を決めることになりました。
 
A子ちゃんのクラスでは男二人、女一人は決まったのですが、

残る女一人が決まらなかった。


そこで、早く帰りたくてしょうがないそのクラスのいじめつ子が



「A子はこの三年間体育祭にも出ていないし、水泳大会にも出ていない。


何にもクラスのことをしていないじゃないか。


三年の最後なんだから、A子に泳いでもらったらいいじゃないか」


と意地の悪いことを言いました。



A子ちゃんはだれかが味方してくれるだろうと思いましたが、

女の子が言えば自分が泳がなければならないし、

男子が言えばいじめつ子のグループからいじめられることになり、

だれも味方してくれませんでした。


結局そのまま泳げないA子ちゃんが選手に決まりました。
 
家に帰りA子ちゃんは、お母さんに泣いて相談しました。


ところが、いつもはやさしいお母さんですが、

この日ばかりは違いました。
  
「お前は、来年大学に行かずに就職するって言っているけれど、

課長さんとか係長さんからお前ができない仕事を言われたら、

今度はお母さんが


『うちの子にこんな仕事をさせないでください』


と言いに行くの。


たまには、そこまで言われたら


『いいわ、私、泳いでやる。
言っとくけどうちのクラスは今年は全校でビリよ』


と、三年間で一回くらい言い返してきたらどうなの」


とものすごく怒ります。



A子ちゃんは泣きながら、二十五メートルを歩く決心をし、

そのことをお母さんに告げようとしてびっくりしました。


仏間でお母さんが髪を振り乱し、


「A子を強い子にしてください」


と必死に仏壇に向かって祈っておられた。
 

水泳大会の日、水中を歩くA子ちゃんを見て、まわりから、

わあわあと奇声や笑い声が聞こえてきます。


彼女がやっとプールの中ほどまで進んだその時でした。


一人の男の人が背広を着たままプールに飛び込み

A子ちゃんの横を一緒に歩き始めた。


それは、この高校の校長先生だったのです。


「何分かかってもいい。


先生が一緒に歩いてあげるから、

ゴールまで歩きなさい。はずかしいことじゃない。


自分の足で歩きなさい」


と励まされた。


一瞬にして、奇声や笑い声は消え、

みんなが声を出して彼女を応援し始めた。


長い時間をかけて彼女が二十五メートルを歩き終わったとき、

友達も先生もそして、

あのいじめつ子グループもみんな泣いていました。
 

この話を聞き、感動された方が「窓」の欄に寄稿されたのです。


「世の中で何か大事か。


人間として、していいこと、悪いことがある。


その区別がっく人間に育ってほしい」


ということをこの校長先生は身をもって実行されたのです。
 

A子ちゃんがどんなにかわいそうだと思っても、

お母さんが代わりに泳ぐことはできないし、

校長先生も代わりに泳ぐことはできないんです。


かけがえのない命というものは、

人と比べることはできないし、

代わることができないんです。


ところが、私たちは、

ともすると絶対的なものと比べて劣等感を持ったり、

優越感を持ったりするんです。


一人ひとりが自分の命の大切さに気がついて、

その命を、この世に還元して生きることを大切に考えるべきだと思うのです。



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やっぱり林住職の話は泣かせますね!


多くのことを気づかせて頂けます。


髪を振り乱し、必死に仏壇に向かって祈ったお母さん!

服を着たまま飛び込んだ校長先生!



人として尊敬しちゃうな!!