皆様こんばんは
土岐山です
皆様はどんなクリスマスを過ごされましたか?(╹◡╹)
土岐山は今福鶴見の師匠についてミサに行った後
師匠の家族と自分の家族と友人達と一緒に
冨士田かおり師匠の手作りの料理がズラリと並ぶ食卓を囲みました(╹◡╹)
写真撮るの忘れたので、クッキーの写真だけ
先ほど今年の9月に結婚した昔の教え子からのクリスマスプレゼントらしきものが届き、その添えつけカードに書かれた言葉を読んで嬉しい気持ちになりました
「今年は初めての嫁さんとのクリスマスでしたが、全て手作りの料理に感動しました。お金では買えないものがあるとしみじみ感じました。」
その教え子の家は色々あり、彼は高校に上がるまで母親の手作りの料理を食べたことが無かったんです
クリスマスの思い出は、買ってきた鳥の唐揚げがパックのまま冷えて置いてあるか、お金が置いてある一人の食卓
卒業して住み込みで働いた仕事場で、みんなでご飯を食べることが楽しかったようで、会うたびに「自分が同期にご飯を作ってるんです」と、その写真を見せてくれました
昨年末に結婚を考えているという今の奥様と上京し、夜一緒に食事をしました
料理が運ばれるたびにお店の方に会釈をし、お箸も美しく使い、一つ残さず食べた今の奥様にとても好感を持ちました
教え子が、彼女はご飯をいつも作ってくれるんですというと、慌てて、下手なんですけど、と照れながらどんなものをつくるのかの質問に答えてくれました
さっきお礼の電話をしたら、24日のことを話してくれました
初めての夫婦のクリスマスはどこかのレストランを予約しようと教え子は張り切ったらしいですが、クリスマスはどこも人でいっぱいだから、私が作るね、と奥様が仰ったそう
食卓いっぱいに並べられた奥様手作りの料理に、涙が出たとのことです
チキンと言えば…などの謳い文句で、様々な企業が家庭の食卓に自社製品を置こうとするこの時代
見知らぬ人が作った加工食品をそのまま家庭の食卓に置くことは
見知らぬ人に家族の命を預けること
私は、家庭の食卓は人格形成のステージだと思っています
そのステージに乗るものが、今後の家族の人生を左右すると思う
ステージに乗るのはお母さんや家族や自分を思う人の温かい心なのか
はたまた利益重視の企業の思惑なのか
料理には心が入る
作り手側の思いが必ず入る
たかが料理、と舐めちゃいけない
日々の料理で身体と心は作られる
特に子どもには「お母さんの作ってくれたあの料理」という温かい記憶が大切なのだと思う
下手だろうがなんだろうがそんなことは問題じゃないんだよ
お母さんがどんなに忙しくても手をかけて自分のために作ってくれたという記憶は、どれだけその人の人生の支えになるか
それがわかるのはだいぶだいぶ先なのだが
その記憶の積み重ねが身体と心を作る
身体と心は繋がっている
自分は手作りでは育ってないから自分の子どもやパートナーにもできないなんて、そんなわけはない
現に教え子はこうした奥様と一緒になっている
それは高校の時に自分でお弁当を作るようになり、料理をしないお母さんにもご飯を作ってあげるようになったからかもしれない
作ってもらえないなら作ればいいし、作ってもらえるならそのことに心から感謝していただく幸せを日々噛み締めたらいい
とにかく手作りの料理には人を幸せにする不思議が詰まっている
私の今年のクリスマスの食卓も、師匠手作りの色とりどりの料理だった
どれも全て美味しかったし、忙しい中いつこんな準備をしたんだろうと、頭の下がる思いだった
お腹が空いていたせいもあり夢中で食べて写真撮るの忘れたけどw
大人だって心のこもった手作りの料理は嬉しいものだ
ましてや子ども心の土台を作る食卓のステージには、温かい心が入った料理が並んでいて欲しい
「お金では買えないものがある」
日々の喧騒に流されてそんな当たり前のことを忘れてしまわないよう気をつけたいなと思う
料理好きの奥様が選んでくれたのであろうキッチングッズと、おそらく教え子チョイスの他二品((ΦωΦ))
なにがクリスマスカラーだ
27日だぞ((ΦωΦ))
手作りの料理はさ
台所に立つお母さんの姿
まな板のトントンという音
流れくるいいにおい
お鍋の蓋を取った時の湯気
食べている時の笑顔
それも全て、料理なんだよね(╹◡╹)
手作りの料理は人の心を幸せにするね(╹◡╹)
作る方も作られる方もね(╹◡╹)
それでは皆様
美味しい夕食を食べながら
素敵な夜をお過ごしください(╹◡╹)
土岐山拝