愛情料理研究家 土岐山協子の 『食べることは生きること』を発信するブログ

愛情料理研究家の土岐山協子と申します。私は元々教職に就ておりました。その時に教育における母親の役割の重要性に気付き、日本の国力を上げかつ愛情に溢れた幸せな日本国を作るためには女性が愛情に溢れ、賢く美しくある必要があるのだという考えに至りました。


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皆様こんばんは

土岐山です(╹◡╹)

昨日女神様のような仏様のようなシスターのような、私が生涯師と仰ぎたいと思っております福岡にお住まいの元養護教諭の先生がお仕事で東京にお越しになられまして
お忙しい中、会っていただきました

いつも穏やかで、時には力強く、溢れる愛をお持ちの先生は
今は幼児教育の大切さを沢山の方に教えておられます

「鉄は熱いうちに打て」の諺にもありますように
人も小さければ小さいほど、温かくも芯のある教育が必要ですね

だけどこの国は乳児期や幼児期に重きを置かず
やれ、塾だ、やれ受験だ、だの
心という名の鉄が固まってからの知識の取得に一生懸命
そのやり方は心がいびつに固まった大人を量産することが証明された今も
何故か未だに目の前の大切なものを見失って見知らぬ専門家が流す無責任な情報に飛びつきまくる人があとを絶たない

沢山の人と接してきて思う
世の中の成人は
「人に優しくできる人」
「自分に優しくされたい人」
の二種類に分かれている

教育の目的は「自立」であるが
何故「自立」が必要かというと、自立した人間こそが、人に優しくできるからであり、優しい世の中をつくる一員となれるからである

集団生活において「優しさ」こそが安全や安心を作り出す土台であり、「優しさ」がないと「争い」を生むことになる

「争い」を生むのは
「自分に優しくされたい」側の成人で
自分に優しくしてくれない人はその人にとっては敵だから様々な手段で攻撃をしかける
それが「嘘」だったり、「嘘によって人を陥れること」だったり、単純に「暴力」だったり
そういう人は「無条件で愛されることの安心感」を得ないまま身体だけが大人になっている

だから必要以上に人に認められたがるし
自分よりも目立つ人が気に入らないとあの手この手で陰で立ち回り、貶めにかかる

土岐山は陰で人の悪口をまことしやかにいう人を信用しません

「自分に優しくされたい」人間はまだ精神的には「愛されたい子ども」であるからだ
世界が安心できる場所ではない人は、自分を守るために嘘をつく
それは実は彼らにとって自分を守る手段なのだが正直に生きている人には、信用されなくなっていく
それは実はその人のせいではなく
親を含め、打算や条件でしか人と接することができない人にしか出会ってないからなのだが

子どもを産んだら自動的に愛が芽生えるか
全ての親が子どもに無償の愛を与えることができるか

答えはNOです

与えてもらっていないものを与えることはできない
無い袖は振れない

教員をしていると
「先生は子どもを産んで育てていないからわからないんです」という意見に出くわすことが多いですし
SNSでも「自分の子どもを産んで育てていない人の子育て論はあり得ない」みたいなことを豪語する人がおりますが

それに対して、私の尊敬するその女神のような先生はこのように回答くだすった

「その論がまかり通るなら、子どもを産んだことのない人は助産師さんになれないということになるわね。産婦人科医にも。子どもを産んでいない助産師さんや産婦人科の先生には身を委ねるのに教員として日々沢山の子どもを見て様々を学んでいるプロに身を委ねることができないのはどうして?と思うわ」

「子どもを産んだことのない人に自分の気持ちはわからない」と文句をいう人は
「教員をやったことのない人に教員の気持ちはわからない」って駄々をこねるプロ意識ゼロの無責任な発言をする教員と同じで

そういった自分の立場を庇うような言葉は「自分に優しくしてほしい」だけの甘えた幼い言動であると思う

そんな文句などを言わずに毎日楽しく子育てをしているお母さんは沢山いる
ではなぜ、そうした文句や不平不満をこぼすお母さんが存在するにいたるのか

それは子どもを産んだお母さん全員が、心のゆとりある子育てができる社会システムが構築されていないからだ
教育も含めて

人間形成において大切な時期である乳児期に「無償の愛」を与えることを
親に全て一任すること自体がナンセンス
「無償の愛」を誰からも受け取らずに大人になる人は沢山いる

この時期こそ、無償の愛に溢れた沢山の大人に接することが大切なのだと思う
すなわち「人に優しくできる人」だ

「人に優しくできる人」の見分け方は簡単だ

人の陰口を言わない人
自分の思い通りにならない時に不機嫌にならない人
丸腰の相手をわざと攻撃しない人
facebookなどで自分の辛さをアピールしない人
人が求めていないのに余計なアドバイスなどをしてこない人

人に優しい人は、公でいいカッコをしない
常に、一対一のなかで、正直で公正である

そんな優しい人で溢れた世の中にするために
乳児期における教育は本当に大切に思う

だから、子どもが小さいうちに
愛情たっぷりのごはんを笑顔溢れる食卓で与えて欲しいのだ
親が出来なければ
それができる人と一緒に

子育てはみんなでするのが当たり前という空気をつくるのは大人全員の義務だ

とはいえ、一気に社会の仕組みを変えるための要求をしたり
団体を立ち上げたりするのではなく
今ここで一人一人ができることは沢山あると思う

この間八方だしを作った時にできた出し殻(╹◡╹)
ふりかけにして若いお母さんに配ったら八方だしを教えて欲しいと言われたので
おだしプロジェクト札幌支部長悦子さんに教えてもらった出し殻を使ったポテトサラダを持って
これから行ってきますのだ(╹◡╹)

じゃがいも2個
らっきょうの甘酢漬け2個(なくても可。もしくは玉ねぎとかでも(╹◡╹))
マヨネーズ大さじ1
出し殻大さじ1

ベーコンみたいな味がするよ(╹◡╹)

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あ、八方だしのレシピは

おだしプロジェクトのfacebookページにありますので、作ってみてくださいませませ(╹◡╹)

八方だしの作り方

寒くなってまいりましたね(╹◡╹)

お風邪など召されませんよう


土岐山拝
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皆様こんばんは( ´ ▽ ` )

土岐山です( ´ ▽ ` )

明日から、一週間中国に行くことに( ´ ▽ ` )

はじめてだよ( ´ ▽ ` )
どんなだろ( ´ ▽ ` )

大家さんが、これ持たせてくれたよ( ´ ▽ ` )

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食あたりに効くらしい( ´ ▽ ` )

効くと言えば

あ、いや、こっちの聴くだけど



友人が茂木健一郎さんの講演を聴いてきたようで、その投稿文自体もだが彼女のコメントの返信の文章が的を射た意見でした

ご紹介させてください

「人工知能の台頭で、高学歴の子を採用するステイタスは企業としても意味がなくなっていくだろう、ってことを言ってたけど、加えて親が偏差値教育にしがみつく傾向が強いからこその警鐘なんじゃないかなと思ったよ。子どもの「幸せ」を願わない親はいないけど、幸せや個性、人としての価値は偏差値みたいな数値では測れないから、とも。私自身は子の偏差値はもはや親のエゴとプライドでしかないと思ってる。偏差値教育で育った親は子育てにも点数欲しい人が多い気がする。そこを変えていかないと、日本はいつまでも変わらないんだろうな。」

土岐山は彼女が大好きで

きちんと自分の足で自分の人生を歩いている人
だから言葉にも重みがあるんだよね

土岐山は44歳ですが子どもはいません
ただ私の世代は第二次ベビーブームで、受験が最も過酷だった時期
今ちょうど私世代が、高校受験や大学受験を控えた子どもを持つ親となっている

そもそも義務教育ではない高校や大学を「行かねばならないところ」と思い込んでいるのはその世代の親だけで、もうとっくに「偏差値」という言葉自体が死語だし「いい大学」も「いい会社」も「エリート」という言葉も、いつの時代のどこの国の話?って感じなんだけどそれに本当に気づいていないとしたら明らかなる「現実逃避」だし「偏差値と共に生きてきた自分の人生を否定することになるから認めたく無いだけ」なんだと思う

時代は確実に「決断と行動」にシフトチェンジしていて、もう世界は親が敷いてくれたレールに乗って生きていけるようにはなっていない

私が過ごした受験期は、高度経済成長の余波が与えたワンモデルに過ぎない
そしてそんな時代はもうしばらく来ない
少なくともこれから今の高校生大学生が社会人として働き抜くまでは
「これやっといて」「はいわかりました」の労働は人工知能にとって変わられる

もう親は「自分の時の経験を元に子どもを自分の時代のレールに載せる」なんてバカげたことをしてたらマジで我が子を路頭に迷わすよ
みんなスマートフォン持ち歩いているのにポケベルの使い方を必死で教えているようなもんでしょ

そしてお金の価値が変わってきているのも感じる
お金を心や信頼で回す時代に入っているのがよくわかる

なんでかってこの間も書いたけど、これからの時代を引っ張る若きリーダー達が
「偏差値や肩書きで人を採用していない」
「お金に心を乗せて使っている」からだ
「偏差値」にしがみついているだけの人間はどこの会社も採用してくれなくなるよ
そもそも会社自体がこれから急激に減っていくよ

この先、自分のことしか考えられない人間は人工知能にとって変わられ、淘汰されて行く

実際に時代をグイグイ引っ張っている人達と一晩飲んでみるといい
面白くない人はもう二度と呼ばれない
面白くない人っていうのは、借り物の人生を歩んでいる人

親が与えつづけり限り、それはその子の人生じゃない
借り物の人生の癖がつくと、大人になってからそれを軌道修正するのは容易じゃない
親が与えるべきは適切なサポートであり、完全なるヘルプではない

だから子どもにご飯を作らせることは大切なんです
極論ではなく私は本当にそう思っています
食費を削って塾に行かせるなら鰹節削れと本気で思っている

日本にしかないおだし文化を知らずして何がグローバルよ
ちゃんちゃらおかしいわ((ΦωΦ))

というわけで明日から一週間中国に行ってきます( ´ ▽ ` )

ちゃんと持ったぞ( ´ ▽ ` )
一式持った( ´ ▽ ` )

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安心してください( ´ ▽ ` )
機内では刃物は出しませんよ( ´ ▽ ` )

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写真は友人が作った鰹節削り器
すごいな!((ΦωΦ))

それでは皆様

良い日曜の夜を( ´ ▽ ` )


土岐山拝
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皆様おはようございます

土岐山です( ´ ▽ ` )

本日は秋季皇霊祭ですね( ´ ▽ ` )


さて、土岐山は『愛情料理研究家』という肩書きで、「おだしプロジェクト」という活動をしています( ´ ▽ ` )

おだしの取り方を教えたりしています( ´ ▽ ` )
それだけ(笑)

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鰹節の削り方とかね( ´ ▽ ` )


一口に「食に関する仕事」と言っても、形態、目的は様々ですね( ´ ▽ ` )

しかも私の場合は仕事ですらない( ´ ▽ ` )

ところでFacebookを見ていると芸能人の方でガンを患っている方の食事のメニューを論う投稿が最近目につきます(あ、この漢字、「あげつらう」と読みます( ´ ▽ ` )なかなか読めない字;^_^A)そしてさらにはその投稿に「そんな食事じゃダメ」とか「白米は良くないのに」とか酷いのになると「無知だと不健康になるね」というコメントがズラリ

まあ見知らぬ芸能人さんの食事内容についてあーだこーだと投稿記事を書く人もちょっとどうかなと思いますが、もっとタチが悪いのはコメント欄で一緒になって「そーだそーだ」とわっしょいする人
私はそうしたわっしょいを『便乗批判』と呼んでいます
言いたいことがあるんなら自分であらためて投稿するんだね

そして私はその芸能人さんの健康を本当に思うなら、お友達になって直接健康指導をしてやれよ、と思います

多分その芸能人さんは食の活動をしているあなた達ことを知らないし、Facebookやブログの投稿も見ちゃいないよ
自分とは関わりない人の個人的な食事を例に誰に何の目的で投稿してんの、って思う
この芸能人さんの食事に関しての意見記事、この2週間で30件ぐらい見てるけどね、食事はそこの家族の問題だし、その人の選択だからさ
お呼びじゃないのに入り込むなよ

もし何かの機会で知り合いになって、その時に求められたら自分が出来る最大限のことをしてあげたらいいんだよ
少なくともその芸能人さんは見たことも会ったことも無い人の意見は必要としていない

自分の食に関する知識を啓蒙するのは自由だけど、個人の食事を持ち出してくるのは全然話が違う
そんな投稿が目に触れる方がよっぽどガンの身体を蝕むわ((ΦωΦ))
本当は心配してないんだろ((ΦωΦ))

求められてもいないことをゴリ押しするのはただのお節介
もう自分で社会的責任が取れる大人に対して求められてもいないことをしようとするのは自分が認めてもらいたいからでその人の為じゃ無いでしょう
人の食を気にする前に自分の性格を見直せよ((ΦωΦ))

そもそもさ白米が悪い、玄米にしたら治るのに、とか言ってさ、玄米にした瞬間に死んじゃったら私が玄米にしろと言いました、とちゃんと謝罪しにテレビの前で頭下げれんのかい
それだけの覚悟があっての発言なのかい((ΦωΦ))
だいたい人の人生の責任なんて、取れないんだよ((ΦωΦ))

自分の友人や知人が「実は…」と思い口を開いて相談してきた時だけ、全身全霊で受け止めようよ
その時は最大限できることをしようよ

人が貶められることに対して喜々として便乗する人のコメントは一律で「私の人生、満足度が足りてません。ダメな人を論うと自分が救われる気がするのです」と書いてあるだけ

私は自己顕示欲や自己承認欲求が満たされないでいる人が、争いの火種を作ってしまうことを往々にして見ている
心が不安だから丸腰の相手に先制攻撃するんよね
強い人は個人攻撃を先制で仕掛けないよ
強い人が個人に向けて吼えるのは大切な人や事を守る時だけ
弱い人は自分を守るために言葉や文字を使う
それは単なる事実であってどちらがいいとか悪いとかではないから耳が痛い人は自分の心で諸々判断したらいい
私は個人に向けて書いてはいないわけですから
たまにこうした意見に過剰に反応して傷ついただの涙が出ただのピーチクパーチク言う人いるんだけど、それはその人の課題であって私の課題ではないよ

だから私はお母さんに子どもをずーっとずーっと見ていて欲しいのです
一言一言を、流さずに、全て受け止めて欲しい
みんなお母さんに愛されたいんだもん
お母さんがいなかったら、お父さん、お母さんもお父さんもいなかったら、周りの大人がみんなで子どもの心をきちんと受け止めないと

子どもに「後で」は無いのです
「後で」が積み重なると、子どもの不安が積み重なっていくでしょう
だって心を受け止めてもらっていないのですから

不安を積み重ねたまま社会に出たら人を信頼できなくてトラブルを起こします
それは法的に犯罪を犯すという意味ではなく、不安感や嫉妬心から人を攻撃するということ
認められたい一心で求められていないことを良かれと思って一生懸命した結果人が離れていくこと

トラブルの九割以上は人間関係です
人間関係がうまくいくために必要のは、幸せな心で過ごす毎日です
過度な自己顕示欲や自己承認欲求や劣等感、嫉妬心は幸せで平和な人生の邪魔をする
だから子どものうちに十分すぎる「心の貯金」が必要で、その貯金は主に「日々の食事を感謝の気持ちでいただくこと」で少しずつ貯まっていく
だから食事は大切なのです
愛情を込めて作る料理が大切なのです

「食」は「人」を「良」すると書きます

良い人とはシンプルに
「自分がされて嫌なことを人にしない」という当たり前のことを継続的にかつ、誰に対しても公平に出来る人のことです

自分のために良いことをしてくれる人は単に「都合の良い人」
自分にとっての「都合の良い人」を増やす人と、周りに「良い人」が集う人とは天と地ほどの差があります

「良い人」を作るのは「良い食事」

毎日、大好きな人と美味しい食事を食べていたら( ´ ▽ ` )
嫌でも幸せな生き方しか選択肢が無くなるよ( ´ ▽ ` )

重ねて申し上げますが今日は秋季皇霊祭ですね( ´ ▽ ` )
日本人として、天皇陛下に感謝の意をm(_ _)m
そして日本の食卓はまず一杯の味噌汁から( ´ ▽ ` )

おだしをたっぷり使った、美味しいお味噌のお味噌汁で始まる朝( ´ ▽ ` )

作ったの大家さんだけど(笑)

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それでは皆様、良い一日を( ´ ▽ ` )


土岐山拝
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