今朝(19日)

国土交通省に出向いて羽田大臣と対談をしてきた。

前回のブログに書いたように大阪高槻市の鵜殿の蘆原の上に

高速道路が建設されることで、雅楽の篳篥に使われるリードの材料となる蘆が採れなくなることや、

焼き原の伝統など、伝統文化に大きな打撃が生じる可能性を危惧して

僕は抗議を表明してきた。

そのことで実際の大臣と本心で意見交換をする場が設けられたのは有意義だった。


実は先日行われたラリーニッポンのファイナルパーティーに大臣が列席されていて、

大臣がいるからこそと、わざわざその壇上で僕は鵜殿の蘆原の件がもたらす伝統文化の危機感をスピーチした。

そして、その場で大臣は僕の言葉をしっかり聞き受けてくれた。

その上で、ぜひ会って話をしようという運びになったのだ。


そして、今日は国土交通省側の考えを丁寧に示してくれた。


驚いたことに、いままで発信されてきた鵜殿の被害的意識が

あまり正確に検証や話し合いがなされないままのものだったことに

気づいた。


今回、僕も初めて現状を知ったのだった。

昭和の初期まではふんだんに有った蘆原が

57年の調査では8%まで減少していたところ、

国土交通省がその保全のために水の流れをアシストするポンプアップなどの対策をし、

その結果平成23年には13%に回復していたのだ。

つまり今回の高速道路の建設の発案以前から鵜殿の蘆の保全を検討していたのだ。

その上で高速道路の建設予定の場所を示してくれた。

それでも今回の建設にあたって何かしらの引き戻されるような被害が生じてはならない。


そこでさらに話の中で、現在の実験的な導水路の規模をより効率の良い方法にするなどの方向で対策することを約束してくれた。それには高速道路掛け方の工法においても水の流れなどで改悪されないような方法で建設することを検討する約束もしてくれた。

つまり、蘆原の現状を維持する、というのではなく、さらなる面積の増加につながる努力を約束してくれたのだ。

そして、もうひとつの心配であった、高速道路が開通してもその付近で行われる焼き原が可能かどうかの点。

それが貴重な伝統文化ということで、その焼き原が行われる日にはその道路を閉鎖して、迂回してもらってでもその文化を優先していただく約束もしていただけた。

これについては後々、もっと蘆原の面背が広く回復したならば道路封鎖することなく焼き原もできる可能性もでてくるらしい。

つまり、いろいろな面で共生ができる兆しが見えたのだった。

ということで、今回の大臣との対談はとても意義のある実り深いものだった。

直接話ができたこの機会はとてもありがたかった。

だから今後は、拳を振り上げて声高に訴えてきた方々に僕からも説明し、

理解をうながしていこうと思う。


そして今回の話の内容がそれることなく間違った方向に流れることのないように、今後、

この件に対しての検討会にオブザーバーとして僕も加えてもらうことを合意していただいた。

今後長きに渡り、僕は絶えずこの件に注目していきたいと思う。


今日はテレビや新聞などの取材陣が何社もきていたので、最後に僕から上記のような内容を説明した。それでいくらか現状が各関係者に伝わるかもしれないが個人的にも多方面で説明をしていかなければならないと思う。




さて、それにしてもいままで心配してくれて署名活動に参加してくれたたくさんの方々の気持ちもとてもありがたいものでした。日本の文化に関心をもって心配してくれたおおくの皆様の気持ちは忘れません。

でも、これで安心している訳ではありません。このことがしっかり間違いの無いように、そして良質な蘆の育成環境の保全に何が最も適するのか、も含めて気を緩めずに総合的に関わって行きたいと思います。



それから今回のことでたくさんの雅楽関係者が気をもんだこととなりました。宮内庁楽部も民間の雅楽団体も、そして僕も。
みんな自国の文化に誇りを持ち同じ方向を向いて心配したのです。このことでこの小さな雅楽界が今一度ひとつになれたらいいなと思いました。人間関係に関係なく、いいものを残したいという情熱は同じはずなのです。国家公務員だからとか、個人だからとか、行動に規制や圧力が有ってはなりません。またそういうものに屈してもいけません。ある団体はいきなりその点について論じることもしなくなって避けて通ったり、ということもあったようです。あるいは人間関係の好き嫌い、評判のみで署名や賛同をしない、手を組もうとしない、といったケースもあったようです。遠くの大事な目的はみんな同じでひとつになれるはずだといつでも僕は思っています。

今回のこの鵜殿の蘆原の問題がそういう別の問題の改善の糸口になることも僕は望んでいます。



今後もよろしくお願いします。


TOGI