自閉症 もうひとつの見方 ~「自分自身」になるために~ | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

バリー・M・プリザント、トム・フィールズ-マイヤー:著
長崎 勤:監訳  福村出版  定価:3000円 + 税(2018.7)


               私のお薦め度:★★★★☆


本書の原題は『 UNIQUELY HUMAN 』といいます。
つまり、自閉症を持つ人を「自閉症」という障害の視点から考えるのではなく、一人の「ユニークな人」として、丸ごと肯定して捉えようという、もう一つの見方です。


筆者のバリー・M・プリザント博士はSCERTS(サーツ)モデルの開発者のお一人で、45年に渡り多くの自閉症児・者の支援にあたられてこられた先生です。
SCERTSモデルについては、初めて耳にされる方もあるとは思いますが、社会コミュニケーション(Social Communication)、情動調整(Emotional Regulation)、交流型支援(Transactional Support)の頭文字をとったもので、自閉症スペクトラム障害のある人たちの社会コミュニケーションや情動調整の能力を支援するための包括的なアプローチです。
本書はそのSCERTSモデルの考え方を、具体的に紹介する一冊となっています。


自閉症を治癒されるべき疾患として描写する代わりに、『ユニークリー・ヒューマン』では人間のユニークなあり様として提示している。自閉症児者を不完全なものとして直しを必要としている対象のように描くよりもむしろ、ユニークな方法で学習したり関係性を発達させていく人物として描いている。

自閉症の人々をより「普通」に見えるようにすることに焦点を当てるアプローチがある一方で、『ユニークリー・ヒューマン』は、自閉症の人々が自分らしくあることの価値を認めている。「普通」になることではなく 自分自身 になることを支援するための枠組みを支持している。


その言葉は、吉田友子先生の『あなたがあなたであるために』を思い出させてくれます。
自閉症をもつ人を、人として尊重し敬意を払って接することで見えてくるもう一つの見方があるということですね。


従来の見方、私たちがよく使うアセスメントでの評価、もしかしたらそれは自閉症のもつ欠陥のチェックリストによる行動評価法になっていないでしょうか。

もしそうだとしたら、そのリストで“問題”と評価されるのは「普通」とは違った行動、解決すべき課題であり、そうなると「普通」に近づけるのが最適な援助とされてしまいます。


なぜレイチェルは手をひらひらさせるのか? それはレイチェルが自閉症であるからである。

なぜレイチェルは自閉症と診断されたのか? それはレイチェルが手をひらひらさせるからである。
このアプローチに従うことは、欠陥の総和として子どもを特徴づけることを意味する。

 
そうなると、ここでのアプローチの成功とは、手をヒラヒラさせるのをやめさせる方法を見つける、あるいは手をヒラヒラさせるのではなく、もっと「普通」に見えるような行動に置き換えること、となってしまいます。そうではなくて、クレーン現象やエコラリア、常同行動、パニック(本書ではメルトダウンと表現)などの行動には、その子なりの意味があり、相手を尊重して「なぜ?」と問いかけることでより理解を深めることができるというアプローチです。
その行動は、コミュニケーションをとろうという意思かもしれないし、今の環境から逃げ出したいというSOSのサインかもしれないし、ただ気持ちを落ち着かせたいためにジャンプを繰り返しているのかもしれません。


SCERTSモデルとは、特に難しい行動を要求しているわけではありません。


もし、音に過敏な子どもがいたら、親は音を低減するためにイヤーマフを与えることができる。
しばしば、子どもは親が繰り返し答えた後でさえ、「今日の午後公園に行く? 今日の午後公園に行く?」というように一つの質問を繰り返すことがある。そんなときに、直接答える代わりに、親は「忘れないように、その答えを書いて、日めくりカレンダーに貼っておこう」と言うこともできる。

それは短期的には、子どもの関心事を認め、子どもを落ち着かせて安心させるのを助けるだけでなく、将来的には自分自身の調整を保つための方略のモデルを提供している。


相手をより深く理解し、コミュニケーションを使って、気持ちを落ち着かせる支援を行っていこうというやり方
ですから、私たちがこれまで行ってきたアプローチと変わりはないとも言えるでしょう。


ただし情動調整については、こんな例もあげられています。


しかし一部のセラピストたちは自閉症のある子どもに情動を教えようとするときに、うれしい、わくわくしている、悲しい、怒っている、びっくりしている、戸惑っている、といった表情の画像を見せて区別させるやり方を勧める。ロス・ブラックバーン(注:第2部に登場する“真のエキスパート”の一人)は私に向かって、この方法の問題点を指摘した。
「長い間、みんなは私に、うれしい顔としかめっ面の絵を区別させて、情動を教えようとしました」と、ロスは言った。
「唯一の問題は、人はこんな顔をしないということです」


そうした先生たちは、情動を教えているのではない。教えているのは画像認識である。そして先生たちは明らかに子どもに、自分の情動を表したり、なぜそれを感じているのかを理解したりすることを教えてはいないのである。
より効果的な方法は、うれしい、ばかばかしい、目がくらむ、不安だ、といった感情を表す言葉を、本人が体験している瞬間に伝えることである。


こんな風に解説されています。

支援者として表情の絵カードなどを使って子どもたちに感情を教えようとする場合、気をつけておいた方がいい見方ですね。


他にもさまざまな、“もうひとつの見方”が紹介されていますが、なにしろ読みやすく、分かりやすいのは、それぞれに具体的な子どもたちのエピソードが添えられ納得させられるからでしょう。これまで何千人という本人や家族を支援してこられたプリザント博士が、その中から印象に残った子どもたちの姿ですから、これに勝るお話しはないですね。


こうして、紹介された「第1部 自閉症を理解する」ですが、「第2部 自閉症と生きる」では、“エキスパート”と紹介されたアスペルガーの当事者、さきほど登場したロス・ブラックバーン、マイケル・ジョン・カーリー、スティーブン・ショア、3氏のお話や、カナータイプのご家族4家のお話しなど、トータルとしての視点も描かれています。共感することも多く、また子育てへのヒントもたくさん得られると思います。


ただ訳者は、ニキ・リンコさんのようなプロの翻訳家ではなく、大学や支援学校の先生などSCERTSモデルの研究者の方々があたられています。
そのため、正確にSCERTSモデルを紹介することを第一義的に目的とするため、厳密に定義された言葉や訳語を使われていたり、ところどころに引用文のようなゴシック体の太字など(おそらく原文通りでしょうが)が使われているため、最初は少し堅いように感じられるかもしれません。
その場合は物語的に読める第2部から先に読み始めて、後から解説的な第1部に取りかかった方が読みやすいかもしれませんね。


日本でのSCERTSモデルの入門書としてお薦めしたい一冊です。

          (「育てる会会報 248号 」(2018.12)より)


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目次


    日本の読者の皆様へ
    まえがき


  イントロダクション 自閉症のもうひとつの見方


第Ⅰ部 自閉症を理解する


  第1章 「なぜ」と問う

    調整不全という困難
    対処方略と調整行動
    調整の要素としての人
    行動を理解することの重要性
    どのように大人は調整不全を引き起こし得るのか
    耳を傾けることの力と信頼を築くこと


  第2章 耳を傾けること

    エコラリアに対する見方を変える
    エコラリアを理解するようになった経緯
    コミュニケーションの代替手段
    家族特有の言語
    学習方略としてのエコラリア
    耳を傾けることはコミュニケーションを促す


  第3章 熱中

    熱中を足場にする
    熱中を呼び起こすもの
    洗車場の王様と注目に値する情熱の物語
    つながりを築くために興味を生かす
    人に対する熱中
    熱中がトラブルの原因になるとき
    「時と場所」を教えること
    強みを築くこと


  第4章 信頼、おそれ、コントロール

    信頼の障害
    身体への信頼
    世界への信頼
    人々への信頼
    おそれの役割
    子どもがおそれを克服するのを助ける
    コントロール おそれと不安に対する自然な反応
    どのように子どもはコントロールを働かせようとするのか
    関係性におけるコントロール
    信頼を築く


  第5章 情動的記憶

    情動的記憶の影響
    いかに記憶が行動を説明するか
    あらゆることが引き金になり得る
    PSTDから得られる教訓
    どのように情動的記憶が問題かどうかを見分けるか?
    情動的記憶への対処の支援
    肯定的な情動的記憶を創出する


  第6章 社会的な理解

    社会的ルールを学ぶことの困難
    社会的状況を読むことの難しさ
    社会的ルールを教えることの限界
    ルールに従うというのは紛らわしいことでもある
    直接的であることの重要性
    誠実さが最善の策とは限らない
    誤解のストレス
    社会的理解と学校
    情動を理解する
    誤った情動の教え方
    社会性を教えるということ、そのゴールはどこなのか
    暗黙の了解のもつ役割


第Ⅱ部 自閉症と生きる


  第7章 「イットをつかむ」ために必要なこと

    実践における「イット・ファクター」
    「イットをつかんでいる」先生
    イットのない人との遭遇
      ★イットのない人は「欠陥チェックリスト」思考をする
      ★イットのない人は子どもよりも計画に注意を払う
      ★イットのない人は子どもの可能性ではなく、子どもの評判に注目する
      ★イットのない人は支援するよりもコントロールしようとする
      ★イットのない人は親の希望や夢に無関心である
    自分の役割を知ることの重要性


  第8章 仲間から得られる知恵

    親はエキスパートである
    自分の感性を信じ、直感に従うこと
    コミュニティを見つけること
    楽観的であること
    信じるものをもつこと
    自分の気持ちを受け入れて表現すること
    攻撃的でなく、適切に主張すること (その違いを知ること)
    価値ある戦いを選ぶこと
    ユーモアを見出すこと
    敬意を求めること
    エネルギーをどこに向けるか


  第9章 真のエキスパート

    ロス・ブラックバーン 「人付き合いはしない」
    マイケル・ジョン・カーリー 「私たちは自分たちに何ができるのかを聞き知る必要がある」
    スティーブン・ショア 「彼らは私を受け止めてくれた」


  第10章 長期的な視点

    ランドール家の人々 「チャンスを与えられれば、アンディはそれによって進むのです」
    コレイア家の人々 「マットはいかに生きるかについて教えてくれます」
    ドミング家の人々 「私たちは直感に従うべきです」
    カナ家の人々 「実現させるために前面に立たなければならないのです」


  第11章 英気を養う

    回復という疑問
    家族が違えば、夢も異なる
    スモールステップ、視点の切り替え
    楽しみ・喜びと自己感、それとも学業の成功?
    自己決定の重要さ


  第12章 多くの人が寄せる質問

      ★高機能自閉症か低機能自閉症かどう識別するの? アスペルガー障害についてはどうか?
      ★自閉症のある子どもを助けるための好機は5歳で終わると聞いたことがある。

                その後ではおそすぎるのか?
      ★自閉症のある人の中には、多動のように見える人もいれば、無気力なように見える人も


いる。

                それをどう説明する?
      ★自閉症のある子どもを助けるためにできる最も重要なことは何か?
      ★人懐っこい子どもも、まだ自閉症をもっている?
      ★子どもが人前で奇妙な行動を示しているとき、知らない人からの刺さるような視線に

                耐えるのがひどくストレスである。どうすべき?
      ★子どもに自閉症があると伝えるのに最適な時はいつか?
      ★自閉症のある子どもに「自己刺激」をさせることは間違いか?
      ★通常のクラス、固定式の特別教育のクラス、あるいは私立学校、自閉症のある子ども

                が学ぶのによりよいのは?
      ★セラピーが多すぎるというようなことはあるか?
      ★自閉症のある子どもを教えようとする気のない、準備不足の先生やセラピストに

                どう対処したらよいか?
      ★話すことに支障のある多くの子どもは、代わりにiPadや他の機器、あるいは絵画

                シンボルシステムやサイン言語などのローテクの選択肢を使ってコミュニケ―ションを学ぶ。

               それは話すことを学ぶのを妨げないのか?
      ★きょうだいは自閉症のある子どもの人生においてどんな役割を果たすべきか?
      ★自閉症は離婚につながるのか?


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    謝辞
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    訳者あとがき
    索引