中邑 賢龍・近藤 武夫:監修 講談社 定価:1200円+税 (2012.9)
私のお薦め度:★★★☆☆
先日、講演会で、幼い頃から映像を通して知っている、自閉症のお子さんが成長して、今もことばはないけれどスマホを使ってコミュニケーションがとれるようになって楽しそうに暮らしている姿を拝見しました。
遅ればせながら、息子にもスマホを使わせてみようかと思い(いまだに、父子ともガラケーです)、少し前に出版された本ですが、育てる会の図書の本棚から本書を探し出して手に取りました。
本書の目的は、最初に書いてあるように・・・、
最初に誤解しないでほしいことがあります。この本は、役立つツールを列挙して、その使い方を説明した、解説書ではないということです。この本に載っているのは、ツールの使い方ではありません。なぜツールを使うのかという理念です。
なぜツールを使うのでしょうか。それは、ツールの利用が、子どもの将来をつくることになるからです。大事な掲示物をケータイのカメラで撮影する。パソコンで情報を検索しながら作文をする。先生の話を聞いたら、要点をすぐに録音する。どれも、身につけておけば一生役立つ技術です。
・・・ということです。
ツールという意味では、本書にもいくつかソフトも紹介されていますが、アプリはそれこそ日進月歩ですし、機器についても本書を監修されたお二人が書かれた別の図書「タブレットPC・スマホ時代の子どもの教育」(明治図書)にあるように、学校でもあまり成果の上げられなかったパソコン教育に変って、今はタブレットPCが主流の時代になっているようです。
ですから、監修の中邑先生の書かれているように本書から汲み取っていただきたいのは、その「理念」ということになります。
また、本書の書かれた年代(2012年刊)からは、少しは改善されてきたとはいえ、まだ学校で発達障害を持つ子どもたちが、障害をカバーするため一人だけテクノロジーの機器(パソコン、デジタルカメラ、スマホ、ボイスレコーダー、イヤーマフ等)を普通学級で授業中に使うことは禁止されることが多いと聞きました。
学校や先生がその考え方だと、もし保護者からの強い要望があり、機器の使用が“特別に”認められたとしても、クラスで「一人だけ、ズルい」と思われ、下手をするといじめの対象になるかもしれませんね。まずは教師が、障害の特性を正しく理解して、他の子どもたちに説明しないと、「一人だけパソコンで作文を書いていて、ラクしてズルい」と言われてしまいそうです。その理解があってこその、特別支援教育だと思います。
ただし、ここで忘れていけないのは、鉄則「学習の本質的部分は変えない」ことだと念押しされています。
テクノロジーが、学習の本質的な目標をそこなわないように、注意してください。
たとえば作文の本質は、テーマにそって、自分の考えがほかの人に伝わるように文章をつくることだと
すると、文章をキーボードで打ちこんでも、本質的な部分は変わりません。
いっぽう、漢字を覚えて書く課題でキーボードを使うことは、学習の本質をとらえていないといえます。※ ただしこの場合も、漢字を書き出すという課題が、その子の学習目標に対して本質的かどうかを検討する必要はあります。
もちろん最初は普通の方法で頑張ってみるのですが、他のいろいろな方法を試してみても、どうしても苦手な部分が残ることがあるのが障害で、その能力の代替手段としてのテクノロジーです。
支援ツールをどこまで 活用するか悩んだときには、土俵をイメージしてください。土俵にのることが学習のスタートラインだと考え、そこまで支援するのがひとつの方法です。
学ぶ機会を均等にすることが支援だと考えると、本人の努力だけでは土俵にのぼれない、つまり、学習することが難しい子を放置するのは、支援不足であり、間接的な差別です。
日本語では 「同じ土俵にのせる」 ですが、英語ではこうなります。
Level the playing field!
競技場(プレイング・フィールド)を平らにする(レベル)こと、つまり誰もが同じ土俵にのることを、支援の目標にしていく。
いい表現ですね。
そんな助けとなるIT機器ですが、それは発達障害を持たない子どもたちにとっても同じかもしれません。みんなが、パソコンをいろんな授業でも活用できればいいと思うのですが、今の学校ではパソコンは学校の備品で、その授業だけしか使えないところが多いようですね。
そんな環境の中では、ツールは家庭で用意することを勧められています。
学校になにもかも用意してもらおうとしていると、なかなか環境が整わず、子どもを支援するのが遅れがちです。
予算がない:テクノロジーによる支援が教育制度に組み込まれていないため、
予算が用意しにくい
公平性に悩む:学校で購入したものを一部の子どもたちだけが使うとなると、
公平性に関する悩みが生じる
管理が難しい:パソコンやタブレットなどの機器は、安全管理に手間がかかる。
その担当者がいない
ツールは家庭で用意し、学校にはその使用許可を求めるようにしましょう。
要は、些細(?)なことで、学校側との交渉に余分な労力は使わないで、その分一日でも早く子どもたちがITを使える環境にしてあげましょう、ということですね。
最後に、テクノロジーを使い始めてから、親の方が陥りやすい注意点を紹介します。
「せっかくあるのだから使わなきゃ」と思うと、テクノロジーの利用が義務になってしまい、非合理的です。
使いたいときに、必要なだけ活用しましょう。
テクノロジーが、子どもの生活支援に役立つのは確かです。
しかし、その効果に過度の期待をかけ、「使えば状態がよくなるはず」「もっと使わなきゃ」と意識しはじめると危険です。子どもの生活を支援することよりも、テクノロジーを使うこと自体が目的になってしまいます。
子どもにケータイやパソコンの操作方法を熱心に教え、使用を強制すると、それはもう支援ではなく訓練になってしまいます。テクノロジーの利用は、あくまで支援策のひとつ。支援が必要なときに必要なだけ使うようにしましょう。
この本は、佐々木正美先生の「自閉症のすべてがわかる本」などと同じ「講談社の健康ライブラリー イラスト版」シリーズの1冊ですので、見開きページにイラストや図で子どもたちにもわかりやすいように説明されています。親子で機器の使い方についていっしょに考えたり、約束したりしていくのに適した1冊だと思います。
(「育てる会会報 244号
」(2018.8) より)
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目次
まえがき
【支援とは】 いっさいの支援を認めない授業や試験は本当にフェアか
【支援とは】 ケータイ・パソコンなどのテクノロジー活用がはじまった
【支援とは】 いま、「合理的配慮」にもとづく支援が求められている
1 テクノロジーを使って夢を広げよう!
【なにを使う?】 すぐに使えて簡単な「アルテク」を活用する
【誰が使う?】 診断がなくても、いま困難がある子は使う
▼コラム 診断より支援を先にする「RTIモデル」とは
【誰が使う?】 小学1年生になればパソコンは十分使える
【どのように使う?】 夢をかなえるために必要だと思ったら使う
【どのように使う?】 読み書きが苦手なら、別の方法で学んでみる
【どのように使う?】 義務だと考えず、使いたいときだけ使えばいい
●本人の気持ち 「なにもかもがんばらなくてもいいんだ!」
●コラム これからの支援 「AT」「AAC」「ICT」はどう違う?
2 子どもたちはかっこいいものを使いたい
【読むためのツール】 紙にもパソコンにもカラーフィルタをかける
【読むためのツール】 音声読み上げソフトのレベルはかなり高い
【読むためのツール】 スキャナと読み上げソフトをセットで使う
▼コラム デジタル教科書は音声読み上げソフトにどこまで対応している?
【書くためのツール】 テキスト入力専用の機器を持ち歩く
【書くためのツール】 デジタルノートに書きとり、整理する
【聞くためのツール】 ノイズキャンセリングヘッドホンで授業に出る
▼コラム 動画配信やネット通話で遠隔授業ができる?
【記憶のためのツール】 覚えないでボイスレコーダーやカメラを使う
●本人の気持ち 「使いたいから、学校に困難を伝えることにした」
【教師にできること】 テクノロジー反対の先生とじっくり話し合う
●コラム これからの支援 最新の支援技術を発表するイベント「ATAC」
3 ツールの利用で人生が変わった子どもたち
●最新のとりくみ 「読み書きラボ・ココロ」での交流
【実例(日本)】 タブレットを使ったら、抵抗なく字が書けた
【実例(日本)】 各種ソフトとメールで自分の意見が言えた
【実例(日本)】 「障害」に対する考え方・人生観が変わった
【実例(アメリカ)】 LDの日本人女性が国家資格をとった
●コラム これからの支援 日本の障害学生支援はアメリカの30分の1
4 ケータイ・パソコンは特別扱いになるのか
【よくある質問】 ケータイのネット接続やゲームが問題になるのでは?
【よくある質問】 パソコンを使うと、読み書きの力が落ちるのでは?
【よくある質問】 ひとりだけ道具を使うのは特別扱いなのでは?
【支援の考え方】 全員を同じ土俵にのせるのが支援のひとつの方法
【支援の考え方】 本人・家族と学校で「合理的配慮」をつくっていく
●コラム これからの支援 S.E.N.Sは研修会で支援技術を学んでいる
5ツール利用が当たり前になる社会をめざして
【これからの課題】 ツールは充実しているが、制度面が整っていない
【これからの課題】 いまの教育観のなかで、どこまで活用できるのか
▼コラム 子どもたちの生活にビジネス書が役立つ?
【これからの課題】 入学試験への配慮はまだはじまったばかり
▼コラム 文字入力機能を正当に使うためのソフト 「Lime」
●本人の気持ち 「入試のときに使えないものがあることがわかった」
【これからの課題】 ツール利用に関する相談先がまだ少ない
●最新のとりくみ 進学・就労移行支援プロジェクト 「DO-IT Japan」
●コラム これからの支援 日本も障害者権利条約にもとづく体制へ