発達障害の薬物療法 ~ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方~ | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

杉山 登志郎:著 岩崎学術出版社 定価:2400円+税(2015年7月)
 
           私のお薦め度:★★★★★ 
 
これまで一般の保護者に対しては、自閉症に対する様々な療法を紹介される中で、その中の一つとして取り上げられることの多かった「薬物療法」です。
その解説も、自閉症の原因自体が分かっていないので、表面に現れた症状を抑えるための対処療法の面が多かったように思います。
 
今年即実践講座をお願いしている児童精神科医の門眞一郎先生が「薬よりも絵で」とおっしゃられるように、将来落ち着いた暮らしの為には薬だけに頼るのではなく、環境を整えてわかりやすいお互いのコミュニケーションの力を伸ばすことが求められる・・・というのが、私たちが行っている療育の目指す道だと思っています。
そして、現在はその考え方が一般の方にも広まり、薬物療法は現段階では副次的なものであり、したがって薬物療法に対して割かれる文章も、これまでは1冊の本の中では、せいぜい1章分ぐらいだったように思います。
 
それでは、なぜ本書で杉山先生は丸々一冊分の保護者向けの「薬物療法」の本を書かれたのでしょう。
それは本書の第1章の最初に書かれています。
 
・・・・・ これを踏まえて多剤・大量処方はなぜ起きるのかと考えてみれば、答えは明らかである。
通常の服薬量で無効だからである。それで薬の足し算が起きてしまう。数においても量においても。
ではなぜ無効なのか。それは診断が誤っていて、薬理効果外の使用をしているからである。

つまり本来行うべきは、薬の足し算ではなく引き算である。
そして背後には誤診という深刻な問題がある。
 
つまり最初に誤診があれば、薬は効かないわけですから、なんとか効かそうとすれば、薬の量や種類がドンドン増えてくるという訳です。
そして大量投与が続けられ、後戻りが難しくなった、薬漬けの発達障害児が人為的に生まれてきてしまいます。精神科医の先生方には、もし薬がうまく効かなくて症状が改善されなかったとき、安易に薬の量や種類を増やそうとするのではなく、最初の診断が誤っていなかったのか、自問していただきたいものです。
 
筆者は一介の臨床児童精神科医であり、向精神薬の専門家でも、精神科薬物療法の専門家でもない。それにもかかわらず、このような本を書くに至った理由はただひとつ、児童の臨床、親の臨床を問わず、現状があまりにも目に余るからである。
筆者の経験では、一般に使われている薬の量の遥かに少量の服用で、副作用なく治療的な対応の可能な症例が多い。それは一般に最重症と考えられる症例において逆に多いのである。その理由とは、そのような症例こそが、誤診の対象となるからである。
このことを特に臨床の最前線で働く精神科医に(そして小児科医にも)知ってほしい。特に問題は、初回の処方である。一度多めの処方をしてしまうと、安全に減らすには時間をかけなくてはならない。
 
杉山先生を「一介の臨床児童精神科医」呼ばわりする人は、まずいないと思いますが(それとも、自称“専門家”の中にはいるのかも・・・)、本書は今の薬の大量処方の現状に警鐘を鳴らす杉山先生からの、精神科医、小児科医そして保護者たちに向けた警告のメッセージだと思います。
 
そして先生が本書で訴えられているのは、発達障害やトラウマを踏まえた正しい診断であり、それに基づく正しい量(最低限の量)の薬の投与です。
 
発達障害の精神科併存症に成人量の処方を行うと、副作用のみ著しく出現し薬理効果は認められないということが少なくない。発達障害への薬物療法は、もともと本来の薬の目的とは異なった使用の仕方をするので、少量処方が大原則であった。
筆者は最低用量の錠剤の半錠から始めることであったが、それ以上に減らす方が有効なことがあると、三好輝氏から指摘された。三好の指示に添って減薬してみて、すべてではないにせよ、多くの症例でむしろ著効を示すことに驚嘆した。試行錯誤を繰り返すうち、薬の量はどんどん減って行き、ついに筆者からみても、常識外の量にまで到達してしまった。
 
最初に書いたように、発達障害に対する薬物療法は対処療法であり、しかも本来の目的とは違った目的で使用されるものがあるそうなので、少ない量で効けばその方が良いのに決まっていますね。
 
本書では、セカンドオピニオンで杉山先生の診療所を訪れた(廻されてきた?)発達障害児・者の方たちが、正しい診断のあと、長い時間をかけての徐々の減薬を続け、本当に少ない量で効果のあった例がたくさん例示されています。
現在服薬されている方には参考になるのではと思います。
もし、初回の処方箋(お薬手帳)を残されていたら確認してみられるといいと思います。
そしてそれから増えているのか、それとも減薬に向かっているのかも・・・
 
もっとも、素人には処方箋に書かれている薬品名(商品名)を見ても、どんな薬効があるのか、何を目的にしているか分からないことも多いですし、ドクターに尋ねるのもはばかられるような雰囲気の先生もいらっしゃいますね。
 
本書では、末尾の付録に「薬品名一覧」として、種類、薬物名、商品名の一覧と、ご丁寧にそれぞれに「独断と偏見の備考」 として、杉山先生の副作用や適量の解説があるので大いに役立てていただきたいと思います。
この、付録だけでもお薦め本として紹介できそうなほどですね。
 
(「育てる会会報 211号」 2015.11より)
 
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目次
 
第1章 発達障害とトラウマへの薬物療法
 
  Ⅰ 薬物療法をめぐる混乱
  Ⅱ なざ誤診が生じるのか
 
第2章 発達障害はどこまで広がるのか
 
  Ⅰ 発達障害の広がりとDSM-5
  Ⅱ 精神科における診断の問題
  Ⅲ 発達精神病理学とは
 
第3章 発達障害とトラウマ
 
  Ⅰ 子どもの虐待と発達障害
  Ⅱ 虐待の後遺症
      1. 反応性愛着生涯
      2. 解離性障害
      3. PTSD
      4. 反抗挑戦性障害と素行障害
  Ⅲ 第四の発達障害
  Ⅳ 複雑性PTSD
  Ⅴ 発達障害の憎悪因子としての子ども虐待
  Ⅵ 発達障害とトラウマの複雑な関係
  Ⅶ 発達障害とうつ病
 
第4章 統合失調症診断と抗精神病薬による治療をめぐって
 
  Ⅰ 誤診をめぐるパターン
  Ⅱ 最も単純な誤診例
  Ⅲ 暴力的な噴出を繰り返した症例
 
第5章 気分障害をめぐる混乱
 
  Ⅰ 子どもにうつ病はあるのか
  Ⅱ 混合病像をめぐる混乱
  Ⅲ 子どもの気分障害の実態
 
第6章 気分障害をめぐる誤診のパターン
 
  Ⅰ 気分障害をめぐる症例の類型、最も多いパターン
  Ⅱ 双極性障害をめぐるさまざまな問題点
  Ⅲ 発達障害およびトラウマと重篤気分調節症
  Ⅳ 複雑性PTSDにおける気分変動と少量処方
 
第7章 少量処方
 
  Ⅰ 少量処方がなぜ有効か
  Ⅱ 少量処方の実際
      1. 抗精神病薬
      2. 気分調整薬
      3. 睡眠導入薬
      4. 対フラッシュバックおよびその他の漢方薬
      5. 禁忌薬
  Ⅲ 発達障害臨床でよく遭遇する主訴への薬物療法
      1. 幼児のASD児の不眠と巻き込み行為
      2. 幼児期のASD児の易興奮
      3. 学校で暴れる
      4. 強迫症状とチック
      5. 緘黙
      6. 多動
      7. 不登校
 
第8章 EMDRを用いた簡易精神療法
 
  Ⅰ タイムスリップ vs EMDR
  Ⅱ 複雑性PTSDへの簡易精神療法
      1. 安全な場所の確認
      2. フラッシュバックに対処する
 
付録1 発達障害の診療のコツ
 
付録2 パルサーを用いた4セット法による簡易EMDR
 
  あとがき
 
  薬品名一覧
  文献一覧
  索引