吉田 友子:著 学研 定価:1500円+税 (2011年5月)
私のお薦め度:★★★★★
自閉症、中でも高機能自閉症・アスペルガー症候群のお子さんを育てているお母さんにとって、本人への告知は、いつかは行わなければならない、避けては通れない道でしょうね。
「一緒に考えていきましょう」と言っていただけるような、理解のある主治医に恵まれていればいいのですが、残念ながらそんなお母さんはまだ少ないのが、日本の現実です。
本人や保護者の側に立って、しかも深い発達障害への理解をもった、本書の筆者の吉田先生のような先生に巡り会えることは宝くじに当たるような幸運かもしれません。
その吉田先生の勤められる「よこはま発達クリニック」に行こうと思ったら、初診には何ヶ月も待たなければならないとか・・・まさに宝くじですね。岡山から横浜も遠いですね (^_^;)
なんと言っても、日本にはまだ児童精神科医の数が少なすぎるのでしょう。
本書はそんな地方都市に住み、自ら子どもと向き合っているお母さんに、吉田先生が書いてくださった、告知の進め方の手引きとなる本です。
副題に「診断説明・告知マニュアル」と付けられているように、「いつ、誰が、どのように」告げたらいいのか、またその手順についてはひな型が示されていて、それを実際の子どもたちに合わせて修正していけばよいようになっています。
こんな本を待ち望んでいたお母さんは、日本中にいると思います。
もちろん、経験豊かな児童精神科医であれば、本書のひな型に頼らないでも大丈夫でしょうし、もっと効果が挙げられるかもしれません。
吉田先生はこのひな型を元にする方法について、こんな風に説明されています。
ひな型を用いた診断説明は、説明者の技量に違いがあっても効果や危険性が一定の幅の中に収まる治療技法です。本書の読者には親御さんもいるでしょうし、臨床心理士などの専門家もいるでしょう。自閉症スペクトラムの子どもを支援した経験や臨床技術もさまざまでしょう。
ひな型を用いた診断説明は、誰が説明を担当しても診断説明の副作用が小さくなるように検討されています。
まさに、子どもたちを前にして、どうしようと頭をつきあわせている、私たちとまだ本人への告知に経験の少ない先生方のために書いていただいた本だと言えるでしょう。ベストでなくてもベター、それも私たち親でも、ベストに最も近いベターが行える本です。
また、吉田先生が本書の中で何度も危惧されているものに、ここに書かれている診断説明の副作用の一つとしての「自己否定的な技術向上」というのがあります。
自閉症と告げられたことで、自分を「普通でないもの」と感じ、周囲と同じように“なれる”よう頑張ってしまうというものです。
生きていくための技術向上自体は望ましいのですが、自分を「誤ったもの」、自閉症を「あってはいけないもの」と捉えることは、心の苦しみを呼んでしまいます。
マイナスの位置から0に近づこうとする努力は、虚しく悲しいものがあります。
そうではなくて、自分を肯定して、あなたは決して劣っているのではなく、違っている、少数派というのに過ぎないという実感を持つための支援の一環として告知は行われなければならないと強調されています。
使うのはマニュアルであり、教えていくのは技術であっても、その前提にはしっかりした自己肯定という支援の方針が固まっていてこその告知といえるでしょう。
少し長くなりますが、基本的なところだと思いますので、「支援の目的」の節を引用させていただきます。
私たちの支援の目的は、自閉症スペクトラムの認知特性を無くすことでも薄めることでもありません。自分の認知スタイルに気づき、自分の認知スタイルにあった選択を胸を張って行い、自分の認知スタイルを長所として生涯活用していけることです。
「自閉症スペクトラムの認知スタイルを尊重する」というと、周りがすべてを受け入れる、子ども自身は努力しなくてもいいという主張だと誤解されることがありますが、それは全く違います。
私たち日本人は、アメリカ旅行中は英語でコミュニケーションをとろうと努力し、そのための技術を磨きます。この選択は日本人としての誇りを捨てることではありませんし、日本語が劣った言語だからでもありません。その選択は多数派の中に暮らす少数派としての思いやりであり、また双方の利益につながる現実的な選択でもあります。自閉症スペクトラムの子どもたちが、技術を身につけ実行するのも同じです。
自分も周囲も穏やかに心豊かに暮らせるように技術を身につける努力をすることは、今の自分を否定することではありません。私たちには彼らに技術指導(療育指導)を行う責任があります。そして、その療育指導は、自閉症スペクトラムの認知スタイルを排除したり否定するためではなく、自分の認知スタイルを嫌いになってしまわないように、自閉症スペクトラムのために生じる不都合を回避する技術を身につけ実行してもらうために行われるのです。
その他にも、自閉症が「長所である」ということ実感を本人もそして親も持っていることの大切さや、「相談する」技術を身につけること、自分を理解するためのキーワード、周囲にカミングアウトするかどうかの問題など、みなさんに紹介したいことはまだまだあります。また引用したい先生の言葉に付箋を付けていたら、あっという間に本全体が付箋で真っ赤になってしまいました(^_^;)
ぜひ、みなさんに側において、そして使っていただきたい一冊です。
また、もうすでに告知が終わった方にとっても、その告知は間違っていなかったのか、言い忘れたことはなかったのか、その後のフォローは適切に行われているか・・・などなど振り返りながら読んでいただきたいと思います。
お薦めの一冊です。
(「育てる会会報 157号 」 2011.6)
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目次
はじめに
第1章 「子どもへの説明」という支援
1 診断名を問いかけてくる小学生たちの登場
2 日本の現状
3 自閉症スペクトラムの医学心理学教育
第2章 私たちの自閉症スペクトラム観
1 「どう説明するか」には「どうとらえているか」が映し出される
2 欠落ではなく、ひとつの認知スタイルとしての自閉症スペクトラム
3 強みと苦手は、同じ特徴の表と裏
4 支援の目的
第3章 ひな型(テンプレート)を用いた診断説明
1 診断名の説明にはさまざまなスタイルがあっていい
2 ひな型(テンプレート)を用いた診断説明
3 ひな型(テンプレート)を用いることの利点
第4章 診断名を説明する
1 診断説明の手順
2 診断説明文の作成
第5章 いつ、診断名を伝えるか
1 診断説明の時期は暦の年齢では決められない
2 診断説明の時期を判断する「目安」、あるいは診断説明に向けた準備
第6章 誰が診断名を伝えるか
1 この先も子どもに1対1で会える大人が説明する
2 専門家が説明する場合
3 親が説明する場合
第7章 診断説明で期待される効果、あるいは診断説明の目的
1 安堵し、罪悪感から解放される
2 なぜ技術を学ぶ必要があるのかを、正しく理解できる
3 「自己否定的な技術向上」の回避に役立つ
4 自分を理解するためのキーワードに気づきやすくなる
5 自己の存在にかかわる秘密がなくなる
6 子どもと親・専門家の、より強固なチームが形成される
7 相談する決心と技術をはぐくむ
8 診断名と混乱の少ない出会いを設定できる
第8章 診断説明の副作用
1 診断説明後の抑うつや退行
2 「自己否定的な技術向上」と必要な技術を受け入れることの拒否
3 将来への不安
4 満足・安堵による相談の終了
5 努力の放棄は診断説明の副作用か
第9章 診断説明のあとの支援
1 具体的支援(工夫やアドバイス)の継続
2 キーワードの提供を重ねる、深める
3 子どもが主体的に情報を活用できるように支援する
4 他の自閉症スペクトラムの子どもたちとの類似と相違を実感させる
巻末付録 子ども向け勉強会資料
おわりに
謝辞