山下 久仁明:著 ぶどう社 定価:1300円+税(2008年4月)
私のお薦め度:★★★★★
同じぶどう社から発行された「ぼくはうみがみたくなりました」に続く、レインボーおやじさん、こと、山下久仁明さんの2冊目の本です。
前作は、「ぶどう社から出た初めての小説」という謳い文句の通り、自閉症の青年を主人公にした爽やかなお話だったのに対して、本書は読む前から覚悟していた通り、あまりにもせつない物語です。
この本を手にとるほとんどの方が、もうすでにご存知のように、レインボーおやじさんの息子の大輝(ヒロキ)くん、高等部入学を前にした春休み、散歩の途中で列車に接触し突然の還らぬ人となってしまいました。
その訃報を聞いたとき、私も我が身が震えたのを、今でも思い出します。
レインボーおやじさんには、まだパソコン通信の時代から、ニフティのFEDHANの会議室でお世話になり、その後も個人的なメールのやりとりもありました。
「ぼくはうみがみたくなりました」の映画化にとりかかられて、応援していただけに信じられない思いでした。
それは、私もレインボーおやじさんと同じく、どっぷりと息子の自閉症とつきあって、やがて本書にも書かれているように、「こんな幸せがいつまで続くのかな」我が家も共に同じ思いで暮らしていたからでした。
2006年3月28日、山下家では、突然その時間が止まってしまいました。
レインボーおやじさんが運営するフリースペースつくしんぼの毎年恒例のお楽しみ会の終わった後のことです。
解散して、帰宅したときには午後三時を過ぎていました。
ヒロキはやはり「おさんぽいっていいよぉ~」と主張し続けていました。
天気予報では夕刻から雨。お母サンはあまり行かせたくなかったのですが、スケジュールボードに「おさんぽ」と書いてしまったこともあり、散歩のときの決まりごとになっているGPSで位置探索できる携帯と「障がいをもっています」の名札カードを首から提げさせました。
ヒロキは、門を出たところで立ち止まり、右に行こうか左に行こうか少し考え、それから左へと駆けだして行き、さらに左のつくし野方面へ曲がって行ったとのこと。そんな嬉しそうな後ろ姿が ― お母サンがヒロキを見る最後になりました。
・・・・・・・・・・・・・
自宅に戻り、映画製作への応援をお願いするメールを書いていると、電話が鳴り、お母サンが出ました。ふと、自分への電話のような気がして、私は椅子から立ち上がりました。
でも、お母サンの様子を見ると、とくに私は関係ないような雰囲気です。ついでなので、私はそのままトイレに入ろうとしました。そしたら、お母サンが私を引きとめました。
「電車に接触・・・・・」
「心肺停止状態・・・・・」
「病院に搬送中・・・・・・」
お母サンは、相手のことばを復唱するかたちで、私に伝えてくれました。
その瞬間、私は思いました。
― 終わった。
すべてが終わってしまった、と・・・・・
レインボーおやじさん、その悲しみを乗りこえて、再び映画の完成に向かって挑んでいかれます・・・というより、何かをしていないないと、自らの思いの中心にあったもの、生活の真中にあったものの喪失感に耐えられなかったのではないかと思います。
考えたくはないですが、もしそれが我が家におこったとしたら、映画製作など創造的なものを持たない私はどうなるのでしょう。息子には、私より一日でもいいから長く生きてほしいです。
子離れのできない障がい児の母親って、いっぱいいます。
けど、父親の場合っていうのはどのぐらいいるんだろう?
映画の方は、クランクアップされたそうです。配給が始まったらぜひ岡山でも上映会を開きたいです。
切ない本ですが、レインボーおやじさんやヒロキくんの弟さん、お母さんの愛情がこもった本です。
今もどこか空の上から「おさんぽいってもいいよぉ~」と自分で言って、楽しそうに出かけていくヒロキくんの声が聞こえてくるように思います。
みなさんにもその声を聞いてほしいと願って本書をお薦めします。
(2009.2)
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目次
誕生
伏線
もしかして、障がい児?
自閉症って、なに?
溺れる親はワラをもつかむ
主客転倒の日々
第二の人生?
つくしんぼとともに
福祉の仕事はいいもんだ
あの頃のヒロキ
ヒロキ、なぜ泣くの?
成長はしてるけど
不満タラタラ
こんな幸せがいつまで続くのかな
2006年3月28日
散歩の思い出 ・・・・・・・・・・ 山下 久美子
弟として ・・・・・・・・・・・・ 山下 敦也
おさんぽいってもいいよぉ~
映画をつくります
そしてエール
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あとがき
ヒロキの事故から二ヵ月後、中学校の担任の先生から一通の封筒を受け取った。成人式を迎えるとき、二十歳になったときに返してもらうはずの作文を、五年早く渡してくれたのだ。
ミミズののたくったような、懐かしいヒロキの文字を目にして、涙が止まらなかった。
つくし野中学校 第三十回卒業 二十祭まちだ・タイムマシン作文
「五年後の君へ」
まいにちおさんぽしてるとおもいます。 山下 大輝
そっか、今もヒロキはずっと散歩してるんだ。なら私も一緒に散歩していよう。人生なんか散歩だ。できるだけ遠回りした方がおトクなお散歩なのだ。たぶん。
ヒロキの本を出版したいという、私のわがままなお願いに、ぶどう社の市毛さんは「断るわけにはいかないよなぁ」と言ってくれた。嬉しかった。
いつかきっと、ヒロキに再開できると信じている。
そのときに、「おとーさん、がんばったね~」と言ってもらいたい。
だから、今は頑張るしかない。ぼちぼちと。
ヒロキへのお土産はふたつ。ぼくうみの映画と、この本にする予定だ。
三回忌を済ませて
「レインボーおやじ」こと 山下 久仁明