きまぐれ受験のTIPS

大学受験に役立ちそうな情報とそうでもない情報を気まぐれに書く


テーマ:
お久しぶりである。気づけば半年ぶりである。

私は社会人3年目となった。日々はそれほど変わらない。仕事の内容も変わらないし、生活もそれほど変わっていない。変わらない日々を過ごしていると、発信するものもない。

大学を卒業して、早3年が経つ。塾講師だったのも、昔の話という気がして、教育からもすっかり身体も心も離れてしまった気がする。あれほど熱意を持って教育に向かっていくぞ!といった意思や教育で大成するといった野心も消えかけている。

代わりに何か立ち上っているものがあるかというわけでもない。結局は、仕事も生活も張り合いがなく、刺激もなく、生活に飽きているのである。このままじゃ腐ってしまう、という焦りのもと、いまブログを書いている。


--------------------------

最近、久しぶりに本を読んでいる。
ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく/ダイヤモンド社

ホリエモンが刑務所から出てきて一発目に書いた本である。

彼にとっての「働くこと」の思いが綴られている。インターネット黎明期を支えた時代の寵児は、何を思って生きていたのか。彼にとって働くこととはなにか、生きることとはなにか。僕みたいな「もう働くの嫌だ、仕事やめたい」人間にとっては大変刺激となる内容であった。

未来がみえてこないなー、とか、このまま生きててよいのかなー、みたいな思っている方は是非手にとって見ると良い。

--------------------------

最近、日中の集中力が足りない。仕事に集中できないのが悩みである。

以前、睡眠時間についての記事を書いた。何のためによくねむるのか、というと、やはり日中のパフォーマンスを最大限に高めるためである。睡眠についてはこの記事で述べたようなことを実践しているつもりだ。

だが、どうしても、あたまがくぐもってしまう。よく仕事に集中できない。どうしたものか。

私は受験時代、1日14時間勉強をほぼ毎日継続していた。それでも、余り疲れたり、集中力がなくなったりした記憶が無いのは、やはり私が若かったからだろう。

いまは大体1日の業務時間は10~12時間ほどであるが、これを毎日続けていると、月曜は調子がよいが、金曜には息切れする。いや、既に木曜日の昼くらいから、ほとんど脳は働いていない。繰り返し同じことをしたり、メールを読みふけったりしている。

ホリエモンも、先の著書で1日必ず8時間眠っているといい、それは「集中力こそがもっとも大切だから」というようなことが書いてあった。

いたずらに勉強時間を増やすだけではダメなのである。集中力はMAXに保つには限界がある。集中力をMAXに保てる時間をなるべく長くする工夫が必要である。

だから僕はしばらく「集中力」をテーマに試行錯誤してみようと思う。答えはまだわからない。有益な情報があったら、是非提供してほしい。

また、成果がでてきたらここに書こう。では。
AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/?of=2

ちきりんさんのブログ、少し前のものだけど、刺さった。

「で、あなたが大学で学んだことで、今、いちばん役立っていることは何ですか?」って聞くと、

返ってくるのは、「それって授業料の対価として得られたものじゃないですよね?」みたいな答えが多い。

私も情けない限りだけど、こうストレートに聞かれてしまうと窮してしまう。果たして、私が喉から手が出るほど欲した大学進学は、自分の人生に何を残したのだろう。

もちろん何もしていないわけではないし、大学にいったからこそ、得られたと思うことはいくらでもある。経験に対して、費用対効果の尺度のみで図ることは難しい。個人的な経験を相対的に語ることは、競争主義の狭い見方だ。意味があることが全てだとは、思っていない。

ただ、多様な選択のなかで、大学進学のみが最適解という見方は、疑うべきである。情報化社会の中で、多様な人や知に出会うことが容易となっている時代なのだ。大学ばかりが正義であり、そうでない人は落ちぶれてしまう、そういうような風潮は、だんだんと是ではなくなっていると思う。

そうなってくると、何が正解なんだろうと、【自分なりの最適解】を求めることが要求される。このあたりは藤原和博氏がいっているような正解主義を是としない社会となってくる。

変わらねばならない、というと、子どもたちのあり方が変わらなくてはならないから、子どもたちだけが大変だね、となってしまうのは間違いであって、より努力すべきは、教え導く側の教師であり、教育者である。

教育者は自分の改めて、立場を考えなければならない。子どもたちに、そういう時代だから、考えて生きなさいと、頭ごなしに言い放つ、という投げやりな存在であってはならない。教育者として、どのように子どもたちを導いていくのか。子どもたちの道筋に最適解がないように、これにも最適解はない。だから考え無くてはならない。

教育者としては、非常にやりがいのある面白い事態だと思う。産業も巻き込んで、みなで教育問題を考えていけば良い。私も、その一助となる存在でありたいと心から思っている。

教育変革の時代である。

AD
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)

テーマ:

おしろ

受験も終盤戦だ。

辛い時期だ。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、という、義務感にかられている受験生も多いと思う。当然だ。一回り二回り上の志望校の受験を控えており、やらねばならぬことはいくらでもある。

目先の時間の少なさと、やらねばならぬことのギャップに、その途方もなさに、苦しくなってはないだろうか。受験が嫌になってしまってはいないだろうか。不安になるのは当然だが、それを糧に勉強しようとする、そのプロセスはあんまり良くないんじゃないかと思う。何が良くないかって、持続しないからだ。つまり、嫌になってしまうのではないかと。

---

やる気とは、ポジティブ意欲から生まれるものだと思っている。

大学受験とは、ひとつの自己実現だ。ありたい姿に向かっていくことであると思う。ありたい姿ってのは、ポジティブなものだと思う。努力して、嫌なことなどしたくない。

君のありたい姿はなんだろうか。大学生活とはなんだろうか。きっと、君が描いた大学生活があるはずだ。それを、もう1度思い出してみよう。

ゼミ活動、サークル活動、バイト、キャンパスライフ、なんでもよい。きっと、君は自分のありたい姿があって、そこに憧れがあったからこそ、受験をという道を選んだに違いない。

受験勉強は辛いが、その先の大学生活はとてもよいものだ。そうに違いないんだ。

そんな想像ができると、何かやる気がでてこないだろうか。ワクワクしてこないだろうか。
辛いけど、やってやろう!と思えてこないだろうか。このワクワク感こそが、正しく、そして、理想のモチベーションであると思う。

---

やることは変わらない。勉強をしなくてはいけない。でも、

 ・やらなきゃいけない → やる
 ・ありたい姿がある → やる

この2つだったら、下のほうがいい。持続性と集中力が違ってくるんだ。

なんか妄想とかしていると、「なにうかれているんだ!」「くだらない妄想してないで勉強しなきゃ」と思って、その妄想を止めてしまう人も多いと思うけど、止める必要はない。妄想して、うんと興奮して、そのままに机に向かったほうがいい。

終わりは近い。頑張れ受験生。妄想あるのみ。

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。