【NoNameEyes・第47話】アキの父
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病院の廊下は昼間でもなんとなくひんやりとして物静かで、そのくせいつもどこかがバタバタとざわめいて落ち着かない感じがする。
柊は病院独特の静かな喧騒を遠くに感じながら、集中治療室の前の廊下の長椅子にひとり、腰掛けてうつむいていた。
あの日からまる一日…アキは今だ闇の中を彷徨っていた。
信号無視して交差点に進入してきたトラックから柊を命がけで守ったアキは、一命をとりとめたものの今だ目を覚ましてはくれない。
あの時、僕がアキから逃げ出さなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。
頬の絆創膏の下でひりひりと痛む傷を掌で押さえ、柊は激しい後悔と罪悪感に苛まれていた。
美香を失った時と同じ後悔の念が柊の心の中で激しく渦を巻き、霊安室で触れた美香の頬の冷たい感触を思い出して柊は身震いした。
アキ、お願いだから目を覚まして。君だけは絶対に失いたくない・・・。
ぶるぶると震える手に涙がぽたぽたと落ちた。
「唐沢アキは、こちらですか?」
息を切らしてあわてた様子で尋ねる、男性の声が柊の耳に飛び込んできた。
男性は看護師の女性と話していた。
「私はアキの父ですが…アキは、アキは無事なんですか?」
柊はその男性の声に、思わず腰を上げた。
どこかで…どこかで聞いたことがある声だった。
男性は看護師に促されて、集中治療室に入っていった。
どこかで聞いたことがある、あの声…どこで聞いたんだろう。
柊は懸命に記憶の糸をたどって行った。
絶対にどこかで聞いたはずだ、あの声…。
──そうだ、あの声は…。
その時、集中治療室の自動ドアが開く音がして、足音が静かに柊へ近づいてきた。
「水島 柊くん、ですか?」
「は、はい。」
柊はあわてて腰を上げた。
「いいよ、座ったままで。アキの父の唐沢一郎です。君とは一度、電話で話したことがあるんだけど。わかるかい?」
柊は黙って頷いた。男性は柊の横に腰を下ろし、深々と溜息を付いた。
「すいません、僕のせいでアキさんが…。」
アキの父は、柊のその言葉には、なにも答えなかった。
「君のお母さんも、こっちへ来たがっていたんだけど、ホテルの方が忙しくてね。無理を言って残ってもらったんだよ…アキの恋人が、目の不自由な男だとは聞いていたんだけど、まさか、柊くん、君だったなんてね。」
アキの父はやり切れないといった様子で大きく溜息をついた。
「君が、君が良美の息子じゃなけりゃ、この場でぶん殴るところだよ。」
柊は、黙ったまま唇をぎゅっと噛んで、深々と頭を下げた。
ふたりの間に、長くて重苦しい沈黙が流れた。
それは永遠に続くのではないかと思うほど、柊にとって息苦しい空気だった。
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