ロックンロールの頂上へ至る道は遠く険しい | 変する金曜日

変する金曜日

徒然なるままに、日々の世迷い言を、思いついたぶんだけ連ねてゆきます。

チラシの裏とはこういう場所のことをいうのだ

『アンヴィル!~夢を諦めきれない男たち~』


たしか森達也だったとおもうけど、よいドキュメンタリーの条件とは

「作り手(撮る側)が対象(写す側)を愛すること」だと言っていた。


マイケル・ムーアの『華氏911』が『ボウリング~』に比べて圧倒的につまらなかったのは、

監督が憎む人物ばかりを映していたからか。

違うか、半分以上がニュース映像だったからか。


人気ロックバンドのメンバー間の確執を追ったメタリカの『~真実の瞬間』や、

ラモーンズの過去を振り返った『エンド・オブ・ザ・センチュリー』は素晴らしい作品だったけど、


それ以上に監督サーシャ・カヴァシの、対象とする30年間売れないメタルバンド“アンヴィル”への、

溢れんばかりの愛情。これがたまらない。



小学校の給食センターで働くヴォーカルのリップス、

そして工事現場で解体の仕事をするドラマーのロブ。


クソみたいな生きるための日常の合間に、欧米を飛び回り、楽しそうに時にはブチギレながら

いつか訪れるであろうロックスターの栄光を夢見てバンド活動をつづけるこの50代のオヤジ二人。


ドキュメンタリー対象としての、観る者に共感させずにはいられないその魅力こそが、

第一にこの映画をドキュメンタリーの一大傑作たらしめているわけでもありますが。


彼らが家族と暮らし、活動の拠点とするカナダのトロントといえば、僕の愛するA&C一派の本拠地。


今の時代求められる、この地から現れる流行のロックといえば、

知性と牧歌的な叙情性溢れる、美しいサウンドなのです。



なのにこのおっさん達は、前時代的なゴリゴリのメタルを作り続け、

あろうことか地元のEMIに売り込んだりしている。


アホだ。アホすぎる。

電動バイブでギター弾くとか、もうね、なにやってんのよと。



「この先20年、30年、40年経ったら俺は死ぬ。じゃあいつするんだ?

今だ。今するしかない!人生は短いんだ」


かつての栄光に執着し、家族への責任、大きなプレッシャーを感じながらも、

それでも前進しようとするリップスの言葉には胸を打たれます。



なのにいざ歌い始めるとと、やれ水晶球がなんだの地獄がなんだの。指切断がどうちゃら。

極貧欧州ツアーの模様も、閑散としたフロアで数少ない客たちは盛大にヘッドバンギング。

なんてシュールな光景っ。


ただ悲痛なだけじゃなく、この映画が笑いどころ満載の良質なコメディーに仕上がっている要因は、

このメタルという音楽が激しさと共に併せもつ滑稽さ、一歩引いてみたところから見えるバカバカしさ。


これにつきるでしょう。


このバンドが普通のハードロックとかフォークを奏でるバンドだったら、

映画はここまでおもしろくならなかったと断言できます。



自分たちの音楽を「アート」と断言し、それはもちろん異論はないのだが、

その癖めちゃくちゃ「金」にこだわる。


自己満足で終われる他の音楽アーティストとは異なる、

そういった生活のかかったメタルバンドならではの必死さが、滑稽であり、また切なくもあります。



感情の起伏の激しいリップスと、そのなだめ役のロブ。


二人の男の友情と人柄は周囲の家族や音楽プロデューサーをも惹きこみ、

結果的にそれがとある島国で、ちょっとした奇跡を引き起こす。


もう涙が止まりません。



輝ける未来が約束されるわけでもなく、それでも己と仲間を信じ、道を突き進めば、

それまでの苦悩をも忘れさせてくれる、ささやかな幸運に行き当たることもある。



そんな捨てておけない人生の側面を捉えた、素晴らしい記録映画です。

より多くの人に彼らの姿を観ていただきたい。