『「リク魔人」の妄想宝物庫
』のseiさんよりお預かりした、罠お題です。
長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません…。
魔人さんの書かれた一話の続きを、書いて行きたいと思います~
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ふうっと、深呼吸を一つ。
勝手知ったるキッチンで、深めに落としたコーヒーをマグに移して。
茶請けにと、たまたま持参していたクッキーを添える。
「敦賀さんは、ブラックだものね」
自分のマグには砂糖を少しと、ミルクを少し。
甘い色に変わったそれを、蓮のマグの隣に置いて、また深呼吸。
心を落ち着かせて、蓮と向き合う準備を整える。
「よし…」
はふはふと、何度か呼吸を整えてからお盆を手にリビングへ向かう。
蓮へ声をかけながら、ローテーブルの上にそれらを広げて。
ソファに座った蓮の、筋向いに腰を落とす。
彼に向けた視線は、耳の当たりに照準を置いて、決して絡まないように。
細心の注意を払う。
(折角封じ込めてるんだもの…。気を付けないと…)
ざっくりと傷つけられても、ほの淡く灯っている恋心。
それをぎゅっと閉じ込めた箱を開けられないように。
触れられないように。
出来うる限りの防御策を取る必要がある。
(これ以上迷惑がられたら…、私…)
尚に付けられた時より、酷い自分になってしまいそうだから。
出来うる限り逃げて、守らなければならない。
傍にだけは、いたいから。
そんな思いにとらわれて、薄氷を踏む様に距離を測っていたキョーコ。
けれど、そんな彼女の努力もむなしく…。
その視線一つで、その指先一つで、キョーコを翻弄する男は簡単に、キョーコの引いた境界線を踏み荒らす。
「うん…。美味しいよ。流石最上さんだね」
そんな些細な一言で、耳の当たりに合わせていた視線を上げてしまった。
現場でも沢山の人が言ってくれた。
『美味しい』
の一言。
けれど、彼の口から出ると全身が震える程、嬉しい。
うっかり涙が出そうなほど、嬉しくて、嬉しくて。
ぱっと合わせてしまった視線。
ほんの一瞬絡まったそれは、
(うにゅ…)
思った以上に熱くて…。
想像していた以上に、粘度が高くて…。
勘違いしてしまいそうになる。
彼はただ、美味しかったから、そういう反応をしているだけなのだから。
(あぁ…、やっぱり近づいちゃいけないんだわ…)
じゅくっと熱くなった、指の先。
僅かに震えるそれを誤魔化す為、溶けて固まった口を無理やり開く。
「あ、…の。参考になりそうなもの、あ、ありましたか?」
どもりながらここに来た目的を言うと、頬に刺さっていた熱視線の気配が消えた。
今度突き刺さったのは、冷たい冷気を纏った視線。
「…これ…。思ったより少なかったけど…。参考になるかな?」
差し出してくれたのは、数冊の雑誌。
男性系向けの、それら。
中にはアルマンディのカタログもある。
「ありがとうございます!! 助かります」
それを丁寧に受け取って、一番上に合った雑誌をめくる。
ワンランク上のアイテムをメインに取り扱ったそれは、どれをプレゼントに選んでも遜色がない。
「色々あるんですね…」
ぱらぱらとめくりながら、キョーコはどれを贈ろうか悩む。
「男性物は拘ると、天井知らずだからね」
少し開いた膝の上に腕を付き、少し身を乗り出してキョーコと一緒に雑誌を眺める蓮。
テーブル一つ分空いていた距離が、半分消える。
紙をめくる音と蓮がコーヒーをすする音が室内に響く。
「・・・・・・・・・・・・・・どんな人なの?」
それを割ったのは、蓮の声。
少し強張っているように聞こえるのは、気のせいだろう。
「…やさしい、ひとですよ」
まだまだ新人の域を出ないキョーコにも、優しくしてくれる。
「色々気遣ってくれます。現場でも、人気なんですよ」
「ふぅん…。手作りのものを贈ろうとは思わなかったの?」
「ん…、それも考えたんですけど…。ご迷惑かなぁって…。まだ好みとか分からないですし…」
ぱらぱらと雑誌をめくり進める内に、蓮が現れた。
雑誌のコンセプトである、『ワンランク上を歩く男』に蓮はぴったりだ。
上質の腕時計を嵌めて、ほほ笑む蓮。
髪の上で笑うそれに、指を這わせて…。
(この雑誌、バックナンバーあるかしら?)
手に入るのなら、なんとしても入手したいと思う。
この魅力的な蓮が欲しいと思ってしまった。
鍵が壊されたしるしだ。
「手土産にお菓子は持ってゆくつもりですけど、プレゼントは『既製品』の方がいいかなって…。思ったんです」
「そう…」
写真の蓮と視線を合わせながら、言葉を紡げば刺さっていた視線が少し緩んだ…、気がする。
「煙草を吸う方ですから、ライターとかシガレットケースとかがいいかなとも思うんです…」
「拘りとかあるかもよ?」
「やっぱり、そうですか? ネクタイとか…、靴下は失礼ですよね」
「靴下は失礼だね。ネクタイはいいアイディアだけどやめておいた方がいい」
「?? 何ですか?」
本当に意味が分からなくて、キョーコは微妙に視線をそらしながら蓮を仰ぎ見る。
「男が女性に服を贈ると、『下心がある』って教えただろう? それと同じで、女性が男性にネクタイを贈ると『首輪をかける』っていニュアンスがあるんだよ」
「くびわ…?」
「拡大解釈して、『貴方は私のものよ』ってことだね。気にしない男もいるけど、気にする男もいるから贈り物選びは慎重にした方がいいよ。ハンカチとか酒とかもお勧めだよ。リカーショップに行けば、おすすめのもの選んでくれるから」
「なら…、ネクタイを贈ろう…かなぁ…」
ぱらぱらと捲っている雑誌の、ネクタイ特集。
綺麗にまかれたそれを眺めて、漏らしたそのセリフ。
その一言で、また蓮の視線が凍りついた。
いや、視線だけではなく…。
部屋の空気そのものが、凍りついた。
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