『オーバー・フェンス』 (2016) 山下敦弘監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

今観るべき一本と言えばこの作品。同じ原作者佐藤泰志の映画化作品である2010年『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)、2014年『そこのみにて光輝く』(呉美保監督)とともに「函館3部作」と位置づけられる。素晴らしい二作品に続く佐藤泰志原作を山下敦弘が監督するのだから、期待するなという方が無理であろう。

 

ただ山下敦弘は、個人的には『ばかのハコ船』(2002年)、『リアリズムの宿』(2003年)の頃が一番輝いていたと感じていて、『リンダリンダリンダ』(2005年)で大化けして驚かされた後は、あまりピンときていなかった。久々に劇場で観た『もらとりあむタマ子』はひどかったし。

 

結論から先に言えば、函館三部作の中で、映画としての出来が一番いいのは熊切『海炭市叙景』であり、個人的に一番好きなのは呉『そこのみにて光輝く』であり、山下『オーバー・フェンス』はいずれにおいても三番手評価。しかし、久々に山下監督らしさがにじみ出た、水準以上の作品だと感じた。

 

まず小さな問題は、職業訓練校のハンパ者森(満島真之介)の役作り。組織で、「ドンくさい奴」がつまはじきにされることはままあるが、そのドンくささは、ピントがずれてるあるいは空気を読めないということが周りを苛立たせるのであって、この映画で描かれているような愚鈍であることは少ない。森の役作りは、知恵遅れっぽい印象を与え説得力がなかったし、初めから「こいつはいつかキレるぞ」と感じてしまうのもつまらなかった。彼に、「白岩さん(オダギリジョー)ってこの中(=職業訓練校)では一番まともですよ」と言わせることがポイントだったのだろうが、ばっさり切ってもいい存在だったと思う。

 

そして大きな問題は、オダギリジョー演じる主人公白岩義男の設定。もう一人の主人公聡「さとし」(蒼井優)が「壊れた女」であるのに対し、白岩は「壊す男」であり、その二人が互いを求めあい傷つきあいながらも支えていくことがドラマになっている。しかし、男が自分では「壊す男」であることに無自覚であるからこそ、相手の女性に「無視している」「蔑んでいる」と感じさせ、それが女を「壊す」ことになっていく。つまり自分が「壊す男」であることを自覚してしまえば、「壊す男」にはならないのではないかと感じた。離婚した元妻(優香)との再会時に、「変わったよね」と言われているように、この映画で描かれた白岩は、自分では「この中(=職業訓練校)では最低の男」と言いながらも、終始「いい人」にしか見えなかった。誰が見てもドン引きな聡を受け容れて、抱擁する白岩が「壊す男」であるはずがない。原作は未読なので、比較はできないが、テーマに関わる問題なので、監督の解釈の問題ではなく、原作の問題のように感じた。

 

佐藤泰志原作のよさは、どん底の中から最後に一筋の希望が与えられる「救済感」であり、人間の純粋さや強さを感じさせるところであろう。それは『海炭市叙景』でもそうであり、『そこのみにて光輝く』でもそうであった。しかし、この作品では、体裁こそ同じだが(タイトルが示すように、白岩が最後に放つホームランは、白岩と聡が抱える様々な問題を吹っ切る二人の絆の象徴)、あまりにもどん底状態が深すぎて、私は鑑賞中も鑑賞後も浮かび上がれなかった。聡が痛過ぎた。

 

最近ビッチ感が漂って今イチの蒼井優の演技はドはまり。やはり演技力はある。いい男はどんなにぐだぐだでもいい男というのは、オダジョーを見ていて誰もが感じるところではないだろうか。

 

職業訓練校のぐだぐだ感が、実に山下らしく、前半は楽しく観させてもらったが、聡がキレた中盤以降、あまりにも辛い映画だった。水準以上のいい映画なのだが、滅入った気分を引きずらないという人限定でお勧めする。

 

★★★★★ (5/10)

 

『オーバー・フェンス』予告編