『色街をゆく』補記 序 その2 | 断片的な日々 

『色街をゆく』補記 序 その2

ワニマガジン社刊『東京ダークサイドリポート』(99年刊)に池袋についてのルポのような原稿を書いてから、2年ほど経った2001年秋頃のこと、日本ジャーナル出版から発行されていた月刊誌『ドンドン』(現在休刊)に売り込みをかけた。


電話に出たのは、編集長の若月祐二氏だった。いつものように、企画の提案をさせていただきたいと言うと、若月氏はけだるさそうな口調で言った。


「いやあ、来ていただいてもねぇ…」


ライターの売り込みに、門前払いなど珍しいことではない。根性の無い筆者は、この時点であっさり引き下がることも多かった。だが、実話誌系の雑誌のなかでも『ドンドン』は好きな雑誌だったので、是非とも仕事をしてみたかった。「ご挨拶程度で」「お時間は少しで結構ですから」などと、何度も頼み込んだ。


その結果、「…そうですか。では…」と、とりあえず訪問のアポだけはもらうことができた。


訪問当日。名刺交換した若月氏に、過去に書いた記事のコピーを参考として渡した。そのなかに、『東京ダークサイドリポート』掲載の記事もあった。若月氏は、眼鏡の奥から気難しそうな目でそれらをちらりと見ると、机の上に無造作に置いた。そして、いつくか会話のやり取りをしたと思うが、よく覚えていない。


「それでは、よろしくお願いします」


筆者はそう言って、若月氏に深々と最敬礼すると、日本ジャーナル出版の立派なビルを後にした。


(これは、仕事はもらえそうにないな)


若月氏の興味のなさそうな雰囲気から、筆者は漠然とそう思った。

ところが、それから1ヶ月近くたって、筆者にとってまったく想定外の方向に話が進んでいくことになった。

(つづく)