物理学における劣等生の特異な振舞い | texas-no-kumagusuのブログ

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トミオ・ペトロスキー(Tomio Petrosky、日本名:山越富夫)のブログです。

私が時々投稿するネットの質問・回答欄の「教えて!goo 」に最近投稿したものをこちらにも転載しておきます。ここでは、そちらでの誤植を直し、他の話も差し挟んでおきました。

普段から綺麗な歴史的仮名遣いでお書きになるplapotiさんから、次のような質問がきました。

>しかしながら物理学の一般向けの本を読むと「ふるまひ」といふ言葉がしばしば登場するにもかかはらず、どこでどんな「ふるまひ」があるのか、さつぱり判りません。せめて年に一度くらゐは、伊勢海老、松阪牛、ロマネコンティの大盤ぶるまひをしてくれたら、いくらかでも物理に興味をもつたかもしれません。

私の回答:

こんな経験、ちょっとやそっとでは出来ない「ふるまひ」の例を披瀝しましょう。文化と湯水のようなお金の合作でした。フランスの大企業の石油探索会社にシュルンベルジェって言うのがある。1927年創業で、もうお亡くなりになった先代の女オーナーの確か親父さんがロシアの石油探索で大もうけしたのが始まりだったと思う。彼女はプリゴジン教授と親しくしていました。私が彼女とお会いした時はもう相当なお年寄りのお婆ちゃんでした。

彼女はブリジッド・バルドーが住んでいた地中海のサント・ロペから車で1時間ほど内陸に入った丘陵地帯の避暑地トゥルトゥール(Tourtour)の村に近いレ・トレイユ(Les Treilles)というところに別荘を持っていました。その場所は元一つの村でした。そこを全部買い上げて、松林の中に点在するいくつもの家屋とブドウ畑と私設消防署を持っていました。丘陵地帯ゆえに家から家の移動は歩いて三十分から小一時間程かかります。家の周りのそこここにヘンリー・ムーアの彫刻等が飾られていました。

彼女はその別荘の村に世界中から文系理系に限らず人を集め、研究会などに解放していました。但し、そのお婆ちゃんはそこの別荘を通常の研究会会場として使われるのを嫌い、そのお婆ちゃんと特に親しくしている方のみが開く、私的で非開放型の研究会だけを認め、参加者も一般公募でなく、招待者だけのようでした。プリゴジン教授も夏にそこで何回かの数日に渡る研究会を催しました。私も参加者二十名ほどのその研究会に何回か参加しました。招待者の中にはその道の人なら知る人ぞ知る、数学者のイズライル・ゲルファントや理論物理学のジョージ・スーダーシャンや天体力学のヴィクター・ゼベヘリなど、綺羅星の如き教授方がご家族づれでその村に留まって、参加していました。

村の家々がその宿舎となるのですが、各家にプールが付いています。その家々はケバケバしておらず地味で、南フランスの乾いた景色の松林にピッタリ馴染んでいました。そして研究会の開かれる大きめの家への移動に、各人にレンタカー屋から借受けた車が与えられていました。始めのうちは気付かなかったのですが、その地味に見える家々は、贅沢さを目立たせない石の使い方と言い、間取りと言い、一軒一軒とてもお金がかかっている造りでした。

朝は自分たちで食事の準備して、各人がその家々で摂ります。何が驚いたかと言うと、その家々には魔法の冷蔵庫と魔法のベッドがあったのです。朝も昼の休憩時間も夜もその家で働いている人を見たことがないのに、昼寝や夜に研究会から帰って来ると、冷蔵庫の中に食べ物が何時も豊富に入っているのです。ベッドも綺麗に仕繕われていました。冷蔵庫から食べ物が湧き出していたのです。昨日飲み干したワインも、瓶の中から自然に湧き出たらしい。

研究会の中日に一日休暇があり、皆で各々のレンタカーに乗り合わせてサント・ロペに物見遊山に出かけました。そこでも私はビックリするような経験をしました。サント・ロペに着いてみたら、レストランで食べるにもお土産屋さんで気に入った物を手に入れるにも、お金がいるって言うことを突然思い出させられたからです。研究会での至極の講義シリーズを拝聴したり、夜に催されるピアノや歌曲の演奏会を堪能したり、食べ物やワインを自動的に湧き出してくれる冷蔵庫に囲まれた数日の生活で、この世にお金があることをすっかり忘れていたのです。これって、冗談ではありません。本当に、その衝撃は凄かったです。

私はプリゴジン先生の鞄持ちで、その他にも超大金持ちのケバケバした超豪華な邸宅を訪れ、そこで超豪華な食事のご相伴を何度か賜ったこともありますが、この地味な家と村の生活ほど贅沢を経験したことがありません。

序でに、プリゴジン先生の鞄持ちをしていたお陰で、滅多に出来ない経験をしたのでそれも紹介しておきます。ベルギー国王のご親戚の王女の家に招待されたことがあります。何が驚いたって、王女様って本当にお城に住んでいたのです。私は、最早お城って博物館や美術館ぐらいにしか使われていないと思っていましたから、これには驚きでした。そして食事の前にそこを訪れたことのある各王室の方々のお写真が飾ってある一間に通されました。そこにはまだ皇太子だった頃の今上天皇と美智子妃殿下のお写真が飾られておりました。そして、王女様が一つの写真の前で曰く、

「これがアメリカのロイヤ・ファミリーの方のお写真です」

そこには、ジョン F. ケネディーご夫妻の写真が飾られていました。

その時はベルギー王家の方3人を含め6人での食事でした。その席で感心したのは、王族の方は理系文系に限らずどんな話題にも途切れることのないご意見を持たれていたことでした。失礼を顧みず言えば、

「はぁ、これが帝王学と言うんだ。でも、こんなに勉強しなくちゃならないのって、大変でもあるんだろうな」

って思いました。

どうです、物理の先生方がやたらに「ふるまひ」という言葉を使いたがるのは、ナノデバイス内の電子のふるまひや、素粒子のふるまひや、宇宙のふるまひばかりでなく、こんな夢のようなふるまひの噂も耳にしているからじゃないんですか。

実は私は高校時代、同学年生数300人を一寸越える生徒の中で300番以下の成績になったことのある劣等生で、大学入試でも志望校を全て落ちた経験の持ち主です。こんな私でも、こんな異様なふるまひが出来るのも物理の世界なんですよ。


レ・トレイユの別荘について2013-04-25のブログ『日本人てすごい 12  世界最古の新聞 』にも少し触れてありますのでそちらも参考にして下さい。