texas-no-kumagusuのブログ

トミオ・ペトロスキー(Tomio Petrosky、日本名:山越富夫)のブログです。


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ある方から、

 

 > 量子力学とはなんぞや?と思い、調べた時期がありました。が、基礎知識がないせいもあって、ほとんど頭に入らず、よくわかりませんでした。

 

と質問されたのが切っ掛けで、長年量子力学を研究してきた者の立場から、一般人向けに量子力学の解説を書く気になりました。どの教科書にも書いていない今回初公開の量子力学の本質の話をご披露しましょう。多分、世界中の物理の研究者でも、これからお話しする点に気が付いていない人たちがいくらでもいると個人的には思っています。

 

ニュートン力学が自動車や電車やロケットや人工衛星の運動という、我々の大きさのスケールで起こる現象を理解するのに最も基本的な力学体系であるように、量子力学は今日のナノテクノロジーという、原子や分子の微視的世界を理解するための最も基本的な力学体系なのです。量子力学なしでは、iPhonやITや人工頭脳(IA)や、もっと本質的には、我々生物が分子のレベルで行なっている事象を語ることはできません。

 

一般人向けの解説本で上記の方のように量子力学の説明がわからない主な理由は、以下でお話しするように、高度な数学の知識が要求されるからです。スワヒリ語のわからない人にスワヒリ語で書かれた小説を読めと言ってもチンプンカンプンでしょう。もう一つは、一般人用の解説では量子力学の「不確定性原理」や「シュレーディンガーの猫」の話をことさら神秘的な話として強調するように書かれているのも主な理由になりそうです。これから話す内容は多くの物理学者も気づいていないという印象を私は持っていますが、もし神秘的な部分があるとすれば、それは量子力学にあるのではなくて、ガリレオのあの有名な言葉

 「自然は数学の言葉で書かれている」

にあるのです。そのことに気がつけば、量子力学で言っていることはすごく簡単なことです。それを今から論証してみせましょう。

 

ガリレオの言葉は、物の量、例えば物体の位置や速度は「数」で表現されるよね、と言っているのです。もし皆さんがこの主張になんの神秘性を感じないのなら、これから説明するように量子力学にも神秘性はありません。

 

ガリレオの時代は現在我々が算数と呼んでいる「加減乗除」という未熟な演算以外に知られていませんでした。でも、物体の位置や速度を数で表されることに気が付いたら、「数」そのものではなくて「関数」が大切であることは誰にでも自然に気がつきます。例えば、物体を落とした時に移動する距離は時間の1乗の関数ではなくて2乗の関数に比例するなどです。「関数」とは、一つの数(例えば時間)に対して別の数(この場合距離)を対応させる規則のことです。そして、皆が関数を論じるようなり、さらにガリレオより半世紀あとになって、ニュートンが惑星の運動を記述するための道具として、加減乗除よりもっと複雑な微分積分という演算を発見しました。余談ですが、微分積分は「すこし分かり、分かったつもり」と読みます。

 

冗談はさておき、その後、約200年に渡り

「我々が観測しているのは『数』で表される物の性質を表す量であり、そして自然はその量と量の間の『関数』によって書かれている」

と物理学者たちは信じていました。

 

ところが、今から百数十年前辺りから、原子や分子という途轍もなく小さい微視的な世界の現象を調べることが出来るようになってきた。その結果、上のように考えると辻褄が合わなくなる現象が微視的な世界には一杯あることが解ってきた。その典型的な例は、エネルギーなど今まで連続に変わり得ると思われていた量が、飛び飛びの不連続な値しか持てないことが解ってきた。そのことを最初に指摘したのはプランクで1900年のことでした。そこで、量の塊、すなわち、量の粒が飛び飛びにあることを強調して、それを量の粒子、すなわち「量子」と名付けたのです。 

 

その当時の高度に発達した数学を使って、現象を記述する基本的な量が「数」であり、物理学とはその数の「関数関係」を論じる学問であるとの前提で調べれば調べるほど、不連続性を示す実際の観測結果と理論の間に矛盾が出てきたのです。

 

そして、1925年にハイゼンベルグとシュレーディンガーがそれぞれ独立に、自然は「数」を他の「数」に関係づける「関数」によって記述されているのではなくて、「関数」を他の「関数」に関係づける「関数の関数」によって記述されている、と考えるとなんの矛盾もなく、観測量が不連続な値を取れることを発見したのです。(脚注)

 

因みに、シュレーディンガーはオーストリア人で、モーツァルトもそうであったように、オーストリアの紙幣に顔が載っています。ついでに、彼は何人もの恋人を同時に持っていたという不届き者であったとも聞いています。

 

この「関数の関数」のことを数学では「演算子」とも言います。例えば、微分演算子とか積分演算子なんていうのがあります。要するに、人類は、自然は「数」によって記述されると最初に気がつき、その後の発展で、いや、数ではなくて「関数」だと気がつき、ついには、いやいや、「関数の関数」だと気がついたのです。今では、それをさらに一般化して、「関数の関数の関数」と3段階まで持ってくると、自然の記述が大変スッキリ表現できることが解っています(この関数の関数の関数のことを専門家はSuper operater:超演算子と呼んでいます)。この発展の流れって、すごく自然でしょう?要するに、一旦、自然は数によって記述できるらしいと気がつけば、「関数の関数」や「関数の関数の関数」にまでその考え方が発展するのに、なんの不思議も神秘性もなかったのです。それが量子力学です。

 

さらに、数は一点を表しますので、幅がありませんが、変数のある領域で定義されている関数には幅がある。その結果、その関数には平均値があり、さらにこの幅に付随して、平均値からのずれ、すなわち「ゆらぎ」がある。そして「関数の関数」の性質を論じるようになると、「ゆらぎ」のあり方が本質的になります。この幅に起因した「ゆらぎ」はどのようにしてもゼロにすることはできないよ、と言っているのが、不確定性原理なのです。

 

別の言い方をすると、物理に現れる量は「数」ではなくて、「演算子」だったのだよ、ということの必然的な数学的帰結が不確定性原理の意味なのです。でも、「不確定」なる誤解を招くような名付け方をしてしまったので、一見神秘的に聞こえ、多くの専門家が訳の判らない説明をして素人を煙に巻くし、さらに、物理学と数学を勉強して良い成績を残して博士になった人でもこの神秘性の意味がわからずに、それを根拠に、トンデモ科学を提唱して、宇宙の神秘性がどうの、ヒーリングがどうの、と素人を煙に巻いてお金儲けをしている人もいるのです。

 

また、「シュレーディンガーの猫」の話は、この「ゆらぎ」の存在と、それにもかかわらず、この世界では「ゆらぎ」の幅の中のたった一点のみが実現している理由は何なのかという、いわゆる「観測の理論」と呼ばれる、いまだに物理学の未解決の問題を簡潔に示した思考実験の話なのです。それは、まさに未解決という理由から、量子力学の専門家でも自分で何を言っているのかわからない問題なのです。だから、それを素人の方にうまく説明できる物理学者が滅多にいなくても不思議ではありません。だから、素人の方が良く分からなくても安心してください。機会があったら、私がプリゴジン先生と一緒に考えてきた「観測の理論」の意味することを紹介する時があるかもしれません。

 

以上おわかりのように、量子力学以前の物理学では、中学高校で習った「関数」のレベルで話が済んでいたのです。しかし、原子や分子の微視的な世界を記述するためには、演算子と呼ばれる関数の関数、すなわち、微分演算子だの積分演算子だの、さらにその演算子の固有値問題だのという、高校でも教わらない高度な数学を理解していないと、それをどう計算するのか説明ができない。

 

ところが、その計算法を素人の方に説明しようとしている解説書ばかりです。でも、そんな計算ができなくても、量子力学の言っていることは、自然は「関数の関数」で記述されていると言っているだけで、自然は「数」によって記述できる、と言っていることと同じぐらい、簡単なことを言っているのです。

 

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(注)数学好きの人のために、もう少し正確にしておきましょう。「関数の関数」にはある一つの「関数」にある「数」を対応させる物と、ある一つの「関数」に他の「関数」を対応させる物があります。数学では、前者を「汎関数」あるいは「超関数」と呼び、後者を「演算子」と呼んで区別しています。量子力学でいう「関数の関数」とは後者の「演算子」のことです。

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