新東宝俳優録33 吉田輝雄 | お宝映画・番組私的見聞録

新東宝俳優録33 吉田輝雄

新年第一回は特に新年とは関係なく、新東宝俳優録の続きである。以前やったかもしれないが今回は吉田輝雄である。
吉田輝雄は36年生まれ。58年に立命館大を卒業後、湯浅電池営業部に勤務したが、翌59年大蔵貢にスカウトされ、新東宝に入社したとある。本当に大蔵に直接スカウトされたのかは定かでないが、「日本映画俳優全集」のプロフィールにはそうある。
で、デビュー作となるのが大空真弓主演の「大学の御令嬢」(59年)である。ヒロインのいる白薔薇寮の向かいの下宿に住む学生四人組の一人という役柄。で他の三人が先にデビューしていた菅原文太、寺島達夫、高宮敬二で、吉田のデビューにより「ハンサムタワーズ」が完成したのであった。この時点でハンサムタワーズの名称が使われたかどうかは、はっきりしないが、結局4人揃ったのは本作と「男の世界だ」(60年)の二作だけである。
「大学の御令嬢」だが、何故か「Movie Waker」では、吉田の名前が抜けているし、新東宝映画のサイトでも吉田輝雄?みたいな扱いになっている。ひょっとしたらクレジットからもれていたり(つまりノンクレジット)とかしたのだろうか。この十数年CSでも放送されていないはずで確認はできないが、当時の新聞広告には吉田の名前もあったし、4人揃ったスチール写真も「新東宝大蔵」という本で確認できるので、間違いなく出演はしている。
デビューから3作目の「爆弾を抱く女怪盗」(60年)では高倉みゆき、文太に続いて三番手扱いになり、続く「女体渦巻島」では主演である。ここで初めて石井輝男監督作品に出演し「テルオ」コンビが誕生したが、吉田輝雄の本名は輝男であり、実は字も一緒だったのである。
新東宝は61年5月に映画制作を終了するが、その時に公開されたのが「火線地帯」で、吉田が主役であった。新東宝倒産後はハンサムタワーズ(+松原緑郎)は、揃って松竹に移籍するが、松竹が一番欲しかったのは吉田だったと思われる。「愛染かつら」(62年)で、岡田茉莉子の相手役を務めたり、小津安二郎の「秋刀魚の味」(62年)に出演したりもしている。しかし、次第に助演に回ることも多くなり、66年には松竹を退社している。松竹では主演のなかった文太よりも先に退社しているのである。まもなく東映と契約し石井輝男と再会して「網走番外地」シリーズなどに出演した。
その後。同監督の「徳川女系図」(68年)や「異常性愛記録ハレンチ」(68年)といった「異常性愛路線」で主演、準主演を務めるが70年に東映を退社し、テレビに活躍の場を移している。
個人的には「ゴールドアイ」(70年)が印象に深い。リーダー役が芥川龍之介の長男・芥川比呂志で、サブが高松英郎、3番手が吉田で以下は若林豪、仮面ライダー直前の藤岡弘、千葉治郎、ドラマデビュー作だった渡瀬恒彦、柴俊夫などがレギュラー出演していたアクションドラマである。吉田輝雄もこの番組で知った記憶がある(再放送だったが)。
京都でクラブ経営を始め、ドラマへの出演も減っていった。70年代前半で姿を消したようなイメージがあったが、たまにドラマには顔を出しており、NHKの「なにわの源蔵事件帳」(81~84年)にも警部役でレギュラー出演していた。
80年代後半から90年代前半にかけては活動記録がないが、96年あたりからドラマに顔を出すようになっている。02年には高宮敬二と「ハンサムタワーズ」として復活歌手デビューを果たしている。