学習を立体化する-反転授業を様々な組織の企業内研修に取り入れ、実践した結果、分かったこと。 | Work , Journey & Beautiful

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反転授業についてのinfogragphic
(画像の出展先:「The Flipped Classroom Infographic」Knewton


反転授業(Flipped Classroom)
という学習形式がある。一般的には聞き馴染みのない言葉であり、一部の教育関係者にのみ知られている言葉なのではないだろうか。

学校教育を例に説明すると、日本の学校教育の基本的なスタイルでは、生徒は教室で教科書をもとに先生から教わる。よりインタラクティブな場にするためにディスカッションをしたりロールプレイングなどの演習に時間をあてる授業もある。しかしその数も少なく、また演習を取り入れたとしても、精々多くて3割程度の時間である。主に課題に取り組む、つまり学んだ知識を実践するのは基本的に家で行うーーつまり宿題だ。

反転授業とは、その名の通りこの従来の学習スタイルを反転する。つまり教室で教わり、教室の外(つまり家)で実践するという構図を反転しようという考え方である。例えばどのようなスタイルになるかというと、事前に各自特定のテーマについて、学習してくる。そして教室では教師から、知識は理解しているということを前提に、グループで取り組むべき課題が与えられる。反転授業のスタイルでは、教室にいる時間の殆どはディスカッションをしたり、ロールプレイングをする時間にあてられる。この反転授業形式の学習スタイルは主にアメリカで注目され、実際に学校現場にも導入が開始されている。インターネットの普及、SNSの発達、タブレット端末の登場など、ITが発達することでより効果的な事前学習が可能になったということがその後押しをしている。


反転授業形式のメリットとは?

反転授業形式にはどのようなメリットがあるだろうか。様々な人が様々な側面からメリットについて言及をしているが、一番の大きなポイントは学習効果の向上であろう。

ここでいう学習効果とは何もテストの点数が向上する、という意味ではない。相手がいる中で、学んできたことを自分なりに言葉にしたり実践することで、頭に詰め込まれた断片的な知識が再構築され、学びが深まる。相手と議論をすることで、考え方の幅が広がることで学びが深まる。実践し、フィードバックを受けることで学びが深まる。相手との関係性の中で、相互作用を生みながら、実践的に学ぶ。これが反転授業形式の従来の学習形式との最大の違いである。


反転授業形式のデメリットとは?

反転授業形式のデメリットについても様々な意見が述べられている。

主なものとして、まずこれまで導入したことがあるわけではないが懸念点を示しているもの。

これは、例えば
・授業を全て予習にしたのでは家庭の負担にならないか?
・“ノートに書いて覚える”という行為が損なわれるのはかえって学びを損なうのでないか?
・動画での学習に慣れてしまうと、人との関わりが損なわれてしまうのではないか?(道徳心などが育まれないのではないか?)
などである。

これらの懸念点の多くは対策が可能である。予習で終わらせずにレポートを書いてこさせることで、“書いて覚える”行為を担保することができる。(ちなみに単に暗記するためにメモをとることよりも、フリーでエッセイを書かせる方が記憶に残りやすいということが実験で明らかになっている)

また実際にこの学習形式を取り入れたけれど、導入をやめた人はどのようなデメリットを感じているかというと、思ったような効果が得られなかったというものである。

・教師の負担が減るかと思いきや、あまり減らなかった。
・事前学習教材を用意したが、生徒が主体的に学んでくることが少なく、結局授業をしなくてはならないなどである。

確かに反転授業形式は決して教師の負担を軽減しない。そればかりかこの学習形式を効果的に実施しようとすると、これまでの授業では求められなかったような、生徒一人一人に向き合い関わる特殊なスキルが求められる。事前学習教材を与えても、予習してこないというのは比較的よく耳にする課題である。その対策として、何かしらの課題を出しておき、毎回授業の冒頭で課題を用いた演習を実施する(つまり課題をやってこないと大変になる)などの工夫を行うケースもある。何れにしても、様々な工夫を施すことである程度は予習率を高めることは可能であるし、どうしても予習をしてこないケースに関しては個別対応を検討すべき問題である。


最大の課題は学習デバイスの普及

まだまだ学校教育の現場では反転授業の導入は進んでいない。大学の授業や個別指導塾などの一部の私塾では取り入れられているところもあるが、小~高校までの学校教育では殆ど拡がっていない。

これはデバイスの問題だ。反転授業形式の学習を導入しようとすると、どうしても一人一人に事前学習用の環境が必要になる。必ずしもタブレット端末が一家に一台あるとは限らないし、パソコンだってあるかどうかは分からない。公平を期すためには、全員にタブレット端末を配布するなどの施策が必要であり、そのためにかかる予算は膨大である。


企業研修の現場では反転授業形式の学習形式は拡がりを見せている

他方、企業研修の現場では反転授業形式は少しずつ拡がりを見せている。正確には、反転授業という言葉が言われ始める前からこのスタイルの研修は存在していた。それは限られた時間しか社員を拘束できない中で、研修の効果を高めるための試行錯誤の結果誕生した。

反転授業形式の研修を導入し、参加者に感想を尋ねると「従来の研修よりも濃密だった」「是非、他の研修も同様のスタイルでやってほしい」といった声が上がる。拘束時間が短く、要点がしぼられた研修は参加者にとっても絶対的な価値がある。私自身が反転授業形式の研修を導入する中で感じる価値はこれだけにとどまらない。それは、実践することによって学ぶ、さらに相互作用によって学ぶ、という学習スタイルを意識的に行う経験が提供できることだ。

実際のところ、一般に「仕事ができる人」というのは研修そのものを必要としない。しかしこれらの人ははじめから仕事ができる人だったわけではない。自ら主体的に学び、実際に実践し試してみる。自分の行動、そして周囲に与えた影響などを観察し、周囲からフィードバックを受け取りながら、自分なりのやり方を構築する。このような実践と周囲との相互作用から学ぶという習慣を身につけているからこそ、自ずと仕事ができるようになる。つまりそうではない人との差は「学び方の差」にある。反転授業形式では、まさに学び、実践し、フィードバックを受けるという全体の経験を通して、実践から学ぶ。意識的にこの学び方を行えば、その後強制されなくとも再現することが容易になる。


スキル習得型研修の場合は、反転授業形式の研修を導入しやすい

企業研修はその実施目的によって概ね3つに分類される。

・社内規則やコンプライアンスなどについての理解を深めることを目的とした知識習得型。
・コミュニケーションやロジカルシンキングなどの何かしらのスキルを身につけることを目的としたスキル習得型。
・ホスピタリティや理念・価値観の共有など仕事に対するスタンスを揃えることを目的としたマインド醸成型。

中でもスキル習得型と反転授業との相性が良い。スキル習得型の研修は、理解するだけではなく、行動に移す(実践できるようにする)ことが期待される。反転授業形式は短時間でも従来の研修と比べて多くの時間を反復演習に割くため、目的に合致しやすい。

最も、費用対効果の改善が見込まれるのがスキル習得型の研修なのであって、この他の目的においても反転授業形式の研修が有効性は認められている。例えば、知識習得型の研修において、事前に学習させ、研修の場では学習者自らに講義をさせることで知識の定着を行うような手法もある。あるいは、マインド醸成型の研修において、事前に何かしらの情報提供を行った上で、テーマに即した課題を課し、研修ではダイアログ(対話)をベースとした創発的なワークショップに取り組ませるような手法もある。




反転授業形式の研修を成功させる秘訣は、カリキュラム・教材・ファシリテーター(講師)

私が企業研修の現場でこのスタイルの研修を開発し始めたのは4年程前。実際に様々なクライアント向けに開発をし、設計と開発は勿論、自ら講師をやったり、反転授業の講師養成を手がけることも多い。(余談だが、こういった教材作成をする事業を拡大することがミテモという会社の興りでもある)
(参照:ミテモの反転授業形式の企業研修導入サービス

その少なくはない経験の中で、反転授業形式の企業研修を行う上で重要なポイントをあげるならば、カリキュラム、教材、ファシリテーターの三要素である。通常の研修を企画・設計・運営をされている方にとっては慣れ親しんだ要素だろう。重要な要素は通常の研修と“何ら違いはない”。ただしそれぞれの要素に求められる中身が異なる。


現場と研修室をつなぐカリキュラムのデザイン

反転授業形式の研修カリキュラムを設計する上で、考慮しなくてはならない点は通常の研修と異なり、
・現場での個々人の事前学習
・研修室での相互学習
・現場での個々人の事後学習と実践
の3つの場面を想定し、その一連でどのように研修参加者が学び、気づきを深めるかをデザインする必要がある。

スキル習得型研修の目的は、現場での行動変容、つまり学んだスキルの実践である。この目的に基づき、現場でどのようなことを実践させたいかを定め、各ステップごとのゴールを明確にするということだ。

・事前学習で何を学ばせるか?
・集合研修で何についてどのような環境で擬似的に実践させるか?
・現場に戻った時に何を事後に学ばせるか?

をそれぞれのステップで明確にする必要がある。

なお、それぞれのステップにおいて多くの事を詰め込まない、ということも留意したい。事前学習で多くを詰め込み過ぎると負担が大きくなり過ぎるため、持続しない。また通常の研修よりも相互作用による学習に特化した時間は非常に疲れるので、長時間行えば行うほど参加者の理解力は落ちていく。


手軽に再学習が可能で、具体的なノウハウが記載された教材

反転授業形式の研修においてどのような形態の教材が必要だろうか。

多くの参加者は忙しい日常業務の合間を縫って事前学習を行う。そのため教材はすぐに中断でき、すぐに再開できる形態であることが望ましい
。また、集合研修の最中に、あるいはその後の実践において短時間かつストレスなく確認ができる教材が必要でもある。

つまり反転授業形式において使用する教材を作成する上で、重要なことは映像やWEBを活用することではない。

上記の2点を鑑みると現時点で最も優れた媒体は紙(印刷物)である。WEBや映像はあくまで補助的なもの(より興味をひくもの、より理解を促すもの、学習状況を管理するもの)である。
(参照:テキストと映像で学習するカスタマイズ型eラーニングコンテンツの作成・制作

勿論形態だけではなく、教材に記載されている内容もまた重要である。参加者が現場で「これならばすぐにできそうだ。実践してみよう。」と感じられるような分かりやすく仕事に直結した具体的なノウハウが記載されていることが求められる。そのために教材を作成する際には、先に参加者が該当テーマにおいてどのようなことに悩んでいるか、どのような課題を抱えているかをヒアリング(アンケート)をし、分析することが望ましい。


各ステップをつなぐストーリーを構築するファシリテーター

反転授業形式の研修における集合研修の場は、90%程度の時間をディスカッション、ロールプレイング、ディベートなどの演習にあてる。そのため、ファシリテーターに求められるのは演習の進行や実践後のフィードバックであると想像されるかもしれない。確かにこれらの要素は、参加者にとってより気付きの多い場とする上で極めて重要である一方で、ある程度教材設計段階で構造化(マニュアル化)することができる。

実際に私もいくつかのクライアントで反転授業形式の導入を支援する中で、現場の社員・職員の方をファシリテーターとして養成してきた。多くは通常業務を抱えた中での社内ファシリテーターで、インストラクションスキルやフィードバックスキルを専門的に伸ばしている方ではない。こういった職業ファシリテーターではない方々が現場でスムーズに集合研修が実施できるようにインストラクション・ガイドを作る。このガイドで進行方法やフィードバックの仕方はある程度担保できる。

一方で構造化できないこともある。反転授業形式では、現場で独習し、集合研修で演習を通して相互から学び・気付きを深め、また現場に戻り学び直しをするとともに実践を行い、学ぶ。学習経験が広範囲にまたがるために得られる気付きも多種多様である。それそのものは反転授業形式のメリットでもあるが、単純にこの形式を取り入れると学びや気付きはほとんどコントロールされてない。

参加者によっては「色々とやらされた」ということしか記憶に残らない、というリスクがある。このようなリスクを防ぐために、参加者にとってこの一連の体験が、どのような意味があり、どのようなことを実現することを目指すもので、何がポイントとなるのかを明確化する必要がある。この意味・目標・ポイントを参加者に伝えるキーとなるのがファシリテーターである。映像でもなく文字でもなく、生身の人間であるファシリテーターから伝えられるキーメッセージとそのメッセージを下支えする体験談が最も参加者の心に残るからである。


社会人の学びを創造的なものにできるか?

世界に先駆けて講義のない授業を提唱したのはスタンフォード大学だった。

同大学の医学部副学部長のCharles Proberと、経営学の教授Chip Heathはそのスタイルの効果を示すために下記のような実践研究結果を示している。

「ノーベル賞を受賞した物理学者のクラスと、院生たちの協力を得ながら問題を解くクラスの、1週間の実践結果を報告している。それによると、最後のテストの平均得点は、後者(講義のないクラス)74に対し、前者(ノーベル賞クラス)は41で、倍近い違いがあった。」


まさに今、学習は立体化しようとしている。これまでのように学習者が同時に集まり、教授者が知識を伝えるような平面的なスタイルからシフトしようとしている。この変化を捉えて、どのように教育・研修をデザインしていくことになるのか。最後にProberとHeathがThe New England Journal of Medicine提唱した大胆な提言を紹介し、本記事を締めくくりたい。

20世紀の大半において講義は、効率的な知識移転の方法であった。しかし、知識を完全にビデオで配布できる今世紀においては…テクノロジ、エンタテイメント、デザインなどすべての領域で、YouTubeが数十億のビューをサーブしTEDが数百万人にトークを届けていることに見られるように…講義はむしろ、貴重な時間の浪費ではないのか?”