日本のテレビ局で先月報道されたアメリカ・教育改革の番組、ならび新聞記事内容についての批評の2回目。


緊急取材「【1】米国流教育改革の“落とし穴”」


(動画はhttp://www.youtube.com/watch?v=wKTYyHF-lIw


上記の番組への反論記事


朝日新聞の同様の記事


前回のブログから結構日にちが経ってしまいました・・・(仕事の猛烈な忙しさ、NY日帰り、職場での残業、風邪などが原因・・・。ちなみに、来週は全米共通学力基準・PARCCプロジェクトの最も重要な会議があり、職場は皆大忙し)。


今回は予告通り、元Chancellor of Washington D.C. Public Schools(ワシントンDC地区の教育長、つまりトップ)のMichelle Rhee(ミシェル・リー)について書きます。


ミシェル・リーについては、朝日新聞の記事では取り上げられていないので、テレビ内容だけになりますが、ミシェル・リーはアメリカでも未だ賛否両論ある影響力の強い教育論者で、今現在StudentsFirst という教育改革をサポートをする非営利組織のトップとして働いています。


問題は彼女のDCでの実績に関するテレビ報道内容。気持ち良いくらい否定的に報道されてて、見終わった時、正直「本人がこれ、普通に日本語分かってて見たら、訴訟もんだな・・・」と思いました。では、データ分析の専門家として、彼女のDCで行った教育改革、そしてDCの教育状況などを伝えてみたいと思います。

<ワシントンDC・ミシェル・リーの教育改革>

多分、テレビ番組はミシェル・リーを橋下大阪市長みたいな感じで取り上げ、彼女の教育改革をネガティブに報道したような感じです・・・・・・が、どういう意図で報道するにせよ


ちゃんと事実は事実として伝えてほしい!!!


と思います。つまり、テレビ番組で伝えたミシェル・リーは、かなりの混乱を招いた人!!みたいな報道ですが、結論からいうと、


ミシェル・リーの教育改革が良かったか、悪かったか?は判断できない


というのがまっとうな意見です。なぜなら、彼女の改革は道半ばで終了したからです。


2007年にワシントンDC学区の教育長(DCはアメリカで唯一(規模の関係上)州政府ではなく、School District扱い)に就任、2009年12月12月に辞任。この間、テストスコアーを用いた教員評価を行い、DC学区の約3割に同等する人を解雇したり、いくつかの学校を閉校したりなど、それはそれはかなりガッツリ改革した人です。


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過去のブログで何度か書いたことがあるので、例えば2010年7月24日のブログ などをご覧下さい。

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当時、私はアメリカ北西部に住んでましたが、彼女の名前は教育関係者どころか、普通の一般人でも知るくらい有名で、DC教育長としてはありえないことに、普通のテレビ・トークショーなどに出演し、独自の教育論を語ってたくらいです。


日本の番組では、彼女のかなり急進的な改革を例えば、


23の学校を閉校し、250人以上の先生を解雇した


落ちこぼれゼロ法(No Child Left Behind Act:NCLB法)による影響


などなどが報道されました。悪しき改革者のような報道のされかたで、まーここまでするか・・・というのが素朴な感想です。


<ワシントンDCの学力状況>


テレビ番組にある、「学校は混乱した」、「最大の犠牲者は子供たちよ」


など言われてますが、客観的な学力データを見るのが早いので見てみると、


http://nces.ed.gov/nationsreportcard/states/


アメリカ・連邦政府の管理する、最も信頼できる学力データの一つ・National Assessment of Educational Progress(NAEP_のデータがリンク先です。District of Columbiaをクリックすると、小学4年生、8年生(中学2年生)の学力が出てきます。


ミシェル・リーが就任した2007年、そして彼女の実績が(大なり小なり)反映したであろう2009&2011年の学力結果を見ると、


学力は上がっています!!!!!


学校は混乱し、子供たちが犠牲を受けたなら、学力は間違いなく下がるはずです・・・が、実際は上がっています。まー、敢えて言うなら、Readingが、2011年度に4年生は1点だけ下がり、8年生は同じですが、1、2点なら下がったとは判断できません。


ミシェル・リーの影響があったとされる2009年は上がっているので、学校が混乱したかどうかはさておき、子供が犠牲にあった・・・というのは無理のある意見です。


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余談ですが、私の働く職場、実はDC出身者が結構いて、かつ子供までDCの公立学校に通わせている・・・なるがっつり地元民がいるのでミシェル・リーについて聞いてみたら、


1.ミシェル・リーの改革は良かった


2.彼女の教育改革で学習環境が良くなった


の2点を挙げていました。1番目は既にデータが示していますが、2点目を聞くと、DCはお金があまりにも不足しているため、生徒が教科書のないままで勉強していた、という事実があります。


教科書が普通に支給される日本とは大違いで、教科書が支給されず(もちろん地域によって様々ですが)教室に入って、置いてある教科書を持って好きな席につく・・・これがアメリカです。


連邦政府の全米テスト結果(National Assessment of Educational Progress)で教育水準がワースト1位のDCは、学習環境が最悪で、教科書すらない状況もありました・・・が、徹底した財政再建で、教科書を使って勉強できる環境にしたのです!!(←これは100%彼女による実績)。


さらに職場の同僚に聞いたら、DCの子供は健康状況も最悪で、それ故に予防接種も行うお金がなかったのですが、これも財政再建で、お金を捻出し、予防接種できる状況にまでしています。


同僚曰く、「彼女を批判しているのは、給料が下がったり解雇されるのが嫌な学校関係者、そして教員組合よ」とのことで、私が理解していたことと同じで、やっぱり・・・と思ってしまいました。


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<学力テストの公表・競争が教育を壊す??>

学力結果の結果を公表し、それで競争が煽られ、教育が荒れた・・・

みたいなフレーズでミシェル・リーの教育改革を批判的に報道してますが、日本は、なぜこういった見方しかできないのかな・・・と正直残念な気持ちになりました。フレームワーク(あるいは着眼点)がこの見方である限り、アメリカの教育を正確に理解することはできないのでは?という気がします。


では、先ほどと同じように具体的に見ていくと、テレビ番組で


全米を震撼させたテロの年(2001年)に、「教育こそが将来の国の競争力を高める」とブッシュ政権が提案、翌年(2002年)、全米で小学4年生と中学2年生に数学と国語の一斉テストを義務付ける「落ちこぼれゼロ法」が誕生した。

 

テストの結果は州や市町村、学校ごとに公表され、学校のレベルは一目瞭然となった。


成績が上がらない学校には教員を入れ替えたり、廃校というペナルティーを課してもよいとされ、生徒はよりよい学校に転校できる権利があるとされた。


この法律による学力テストで、ワシントンの合格率は最低ラインだったのだ。」


前回のブログで、小学4年生と中学2年生の一斉テスト・・・が間違いとは指摘しましたが、それ以外の誤り、誤解を招いている情報を見ると、


テスト結果が公表され・・・・の文面はその通りです・・・・・が、補足すると、テスト結果だけではありません。アメリカは、Accountability(説明責任、責任の所在を明らかにする)の徹底をNo Child Left Behind法で要求しましたが、先生一人あたりの生徒数(=Class size)や卒業率なども提示させているので、これはアメリカ全土に当てはまることになります


さらに最後の「この法律による学力テストで、ワシントンの合格率は最低ラインだったのだ」は、(はっきり言いますが)明らかに間違いです。この報道では、


No Child Left Behind法で学力テストが全米中で課せられた

テスト結果が全米で公表

ワシントンDCの学力結果が最低ラインと分かった


なる流れですが、さっきのリンク先・NAEPの学力結果を見て下さい。小学4年生は1992年、8年生(中学2年)は1990年からデータが公表されています・・・・・・・・・・、つまり


NAEPによる学力テストの実施&公表はNCLB法以前から行われています!!


No Child Lehf Behind法は悪い結果を招いた・・・という結論ありきで理屈をこねたような無理のあるロジックです。NCLB法はあくまで州規模(州内)で学力テスト実施を課したのであって、全米規模の学力テストではありません(←それは今準備しているCommon Core State Standardで、まだ試験的なテストすらできていません!!)


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NAEP(アメリカ教育省のデータ分析分析&管理機関)とNCLB法は全く関係ありません。多分、テレビ会社もそのあたりのことははっきり理解していないと思います・・・。

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報道内容を正確に訂正すると、


NCLB法以前は、州規模(州内)の学力テスト(例 - ペンシルバニア州内のテスト:Pennsylvania System of School Assessment、インディアナ州:Indiana Statewide Testing for Educational Progress(ISTEP)など)は州によって実施していたりしてない州が存在した

つまり、実施していない州は、州内の学力状況を正確に把握していなかった

連邦政府がNCNB法という形で州規模の学力テストを実施させ、(全米規模ではなく)州内の学力状況の把握、そして学力結果の責任を負わせるようにさせた


というのが本当の!!流れです。NCLB法でワシントンDCが分かったことは、(番組報道のワシントンDCの学力が最低ラインということではなく)


ワシントンDC内のどの学校が学力が高い、又は低いか?そして、どの学校の生徒の学力が向上しているのか、下がっているのか?


というDC内の学力状況だけです!!!!!!!


何度も言いますが、全米レベルでDC地区の学力が低いなど、専門家ならとーーーーーーーーーの昔から分かってます!!


この法律による学力テストで、ワシントンの合格率は最低ラインだったのだ」は、多分


1.合格率


多分、Proficiency Rate(習熟度)のことを合格率と表現(私に言わせれば誤訳に近いですが・・・)してますが、(日本の受験のような)合格・不合格の意味よりも、


生徒が、その学年で身につける必要があるとされる学力がみについたかどうか?


の基準です(テスト会社でデータ分析した経験、今の仕事である全米共通学力基準での基準値作成に携わっているものから言わせてもらっても、これは合格・不合格という類のものとは違います!!!!!)


専門用語で、Performance Level Descriptorって言うのですが、これについてはまた機会を改めてブログで書きます。実は、今PARCCプロジェクトの会議における最重要事項の一つです)。


この合格と表現するところがいかにも日本の誤ったフレームワークの悪しき例のような気がします・・・。


2.最低ライン


最低ライン・・・というか、Proficiencyレベルに達していた生徒の割合が最低だったのですが、これはNAEPの学力テスト結果で、NCLB法とは無関係です。NCLB法は、州内だけですから、最低ラインが分かったのではなく、ワシントンDC内でどの学校の学力が一番低いかが分かった・・・・・が正確な言い方です。


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NAEPは学力テスト内容、設問の難易度など同じで全州の生徒(サンプルと言われる一部の生徒だけですが)にテストをしていますが、NCLB法で規定された学力テストは州規模なので、州が異なれば、同じ学年のテストでも、試験でチェックされている学習内容、問題の難易度は異なるため、比較できません。
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後、気になるのが、


テスト結果を公表して、教育が荒廃した、又は現場が混乱した


と言わんばかりの報道内容。


くどいですが、NCLB法以前から学力テスト結果はもちろん、既に書いたデータ(卒業率、先生一人当たりの生徒数、地域別の配分されている予算、各学校の先生やその他オフィススタッフの人数などなど)を公表している州政府は数多くありました。


公表が駄目で、これらNCLB法実施前から公表を行っていた州政府の教育が荒れた、又は現場が混乱した・・・ということになります・・・・・・・・・が、もちろんそんなわけありません


日本人はピーンとこないかもしれませんが、アメリカの情報公開の徹底ぶりは(州によって様々とはいえ)かなりのレベルです。


以前お伝えしたかもしれませんが、州政府によっては、全社員の給料が実名で公表されてます(名前を検索すると、役職と年収が細かく分かるのです。もちろん、これも州法で公開が義務化されています)。


今アメリカで働いていて痛感しますが、お金の使い道の公開、報告の徹底ぶりは凄いです。州政府で働く人たちが、自分たちの情報はほぼ全て公表されているのに、なぜ同じ公務員である教員は情報非公開で済むのか?と言われれば、そんなわけにはいかないと思います。


さらに言うと、データ管理&分析が徹底され、情報公開もまた進んでいる州は、概して(実は)学力が高いのです!!(最たる例は、全米で1番学力の高いマサチューセッツ州 )。


学力結果はもちろん、テスト実施方法(Testing Manual、Administration Manualなどと呼ばれる)も公開、実際のテスト(設問、文章問題など全て)も公開、関連する州法、テスト実施日程も全て公開、何でも公開です(ちなみに、データ分析方法などを記したテスト会社からの報告書も大抵そのまま公開されてます)。


学力結果の公表で現場が混乱、生徒は大変・・・・・なるロジックは日本では頻繁に聞く報道内容(又は報道パターン)ですが、この見方を一度取り払ってアメリカの教育現場を見た方が良いかもしれません。


<総評>


今回のブログは結果的に、学力テストの公表とアメリカの学力状況の話になってしまいましたが、アメリカでは


情報公開は当たり前(してない方がおかしい)


という前提で政策立案が行われているような気がします。それ故、政策議論でも(そして今ずっともめている教員評価でも)公表するという前提で、公表するにふさわしい分析結果&正確な情報を公開する、ということを念頭に議論が進められているような感じです。


というわけで、ミシェル・リーが行った教員評価などについてはコメントしていないので、次回以降にしたいと思います。