日本のテレビ局で先月報道されたアメリカ・教育改革の番組、ならび新聞記事内容について。


緊急取材「【1】米国流教育改革の“落とし穴”」


(動画はhttp://www.youtube.com/watch?v=wKTYyHF-lIw


上記の番組への反論記事


朝日新聞の同様の記事


最近日本の教育関係者の方からアメリカの教員評価について、日本のテレビ番組で報道され、新聞でも同様の内容が伝えられた・・・との知らせを受け、上記のリンク先を教えてもらいました。


橋下大阪市長の展開する教育基本条例の基本方針がのNo Child Left Behind(NCLB)法と似ていることから、アメリカの教育改革に関心が集まっている・・・・とのことです。


アメリカの教育政策に携わる専門家の端くれとして、興味深く番組&新聞記事を見たのですが、内容が少々偏っているような・・・という印象を受けました。おそらく・・ですが、多分どちらとも橋本大阪市長の掲げる教育改革に反対の立場だという前提(または結論)で番組(又は記事)を報道されたような・・・という感じです。


今回、番組、記事内容への批判ではなく、私個人として、(橋本大阪市長の教育改革の流れの是非はともかく)内容的に、これは明らかに事実に反するのでは・・・、とか論理の飛躍がある・・・といったことを中心にコメントしたいと思います。


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なお、今日から何回かに分けて書く最大の目的は、(番組&新聞記事内容の批判ではなく)


日本にいる方に、アメリカの教育改革の内容を(極力誤解されたり、表面的に理解されることなく)正確に理解してほしい


ただその一点にあることを理解した上でお読み下さい。

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<落ちこぼれゼロ法!?>


No Child Left Behind


(以下、下記にある英語は全て上記のNCLB法・原文から引用しています)


まさか、No Child Left Behind Actがそんな訳になっているとは知りませんでした(笑)。言われてみれば、このNCLB法を日本語の訳したことはこのブログではないですが、この訳ではかなりの確率で誤解を招くかな・・と思います。


私が敢えて(本当に敢えて・・・です)日本語に訳せ・・・と言われれば、


学力差ゼロ法(結果責任を負う!!)


こんな感じでしょうか?

何度もこのブログでは言っていますが、NCLBの最大の目的は


学力差をゼロにすること(具体的には、2012-13年度内に、アメリカの全生徒をProficient(習熟)レベルにまで引き上げること)


これです。この最大の目的(簡単に言い換えれば学力向上ですが)を達成するために、


Accountability(説明・結果責任・・・学力が上がったり下がったりしたのは、誰の責任かをはっきりさせる)の徹底

(NCLB法原文では「Increase Accountability for Student Performance」と明記)



Reduces Bureaucracy and Increase Flexibility

(官僚的形式主義を軽減し、柔軟性の強化・・・つまり、柔軟に対応せよ・・ってことですが、原文を読むと、お金の使い方をより自由に、かつ貧しい地域によりフォーカスした予算配分をせよ、と明記


などです。後、NCLB法にははっきりと書かれていませんが、アメリカ全体の流れとして、(私が個人的に好きな)


Data-driven system(データ分析結果に基づいて政策立案、政策決定、政策分析を行うシステム)


の推進があげられます。NCLB法原文にもMeasurable(直訳すると「測定可能な」なる意味不明な訳語が出てきますが、要はできる限り数値化して(例:学力結果、出席率、卒業率、先生一人の指導生徒数、予算配分、貧困率など)データ分析&データ管理できるようにしようってことです)


テレビ番組、新聞記事ともに報道できる内容に限りがあるので上記の情報を取り上げることを期待するのは無理がありますが、一応上記はNCLB法、そして今のアメリカのK-12の流れです。


ちなみに、新聞記事&テレビ内容は、多かれ少なかれNCLB法を失敗、混乱を招いた・・・という点では一致していて、落ちこぼれゼロ法のネガティブな側面ばかり取り上げられているような・・・というのが正直な感想。


新聞&番組の内容を少々細かく見てみると、例えば


小学4年生と中学2年の数学と国語(英語)の全米学力テストの実施・・・とテレビ番組ではあり、これは何を指しているのか定かではないですが、


requiring that states create annual assessments that measure what children know and can do in reading and math in grades 3 through 8.


(小学3年生から中学2年生までの英語と数学の学力を毎年測定する学力テストの作成を義務付ける)


これが正確です。さらに補足すると、


学力が毎年どれほど上がったか?(AYP・・・Adequately Yearly Progress)を判断することを全州政府に義務付ける


が正確です。


小学4年生と中学2年生というのは、多分(・・・ですが)原文の


A small sample of students in each state also will participate in the fourth- and eighth-grade National Assessment of Educational Progress in reading and math every other year to help the U.S. Department of
Education track the results of statewide assessments required under Title I.


からの情報だと思いますが、これは


各州のサンプル(つまり、全員では規模が大きすぎるので、各州の一定の数の生徒にだけサンプルとしてテストを受けてもらい、連邦政府はその結果から全州の州別学力状況を把握する


というのがより正確な事実です(つまり、テレビ番組の内容はこの部分に限って言えば間違いです)。


アメリカ連邦政府は、昔からサンプルサイズ・・・と呼ばれる、州の(全生徒ではないですが)一定数の生徒だけを選び、学力テストを行い、ある程度学力を把握しようとしてきました。


サンプルだけで全生徒でないから、不正確だ!!と言われればそれまでですが、ここがみそで、このサンプルの数、統計学によって割り出された、データ結果が信頼できる正確な数値だと判断できるために必要な数は集まった上での話しです。


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統計学ではサンプルの数が必要な数だけ確保できたか?でさえ統計学のルールに従って決めるので、全生徒ではないですが、かなり信頼できる(つまり、学力結果が州の学力を正確に表すに必要な)数の生徒数にはテストを受けさせています。

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<NCLB法は失敗か?>


新聞記事、テレビ番組どちらも共通していることとして、


NCLB法は失敗


というもの。


アメリカの教育政策・データ分析の専門家であり、現在全米共通学力基準のプロジェクトの仕事をしている私の視点から言うと、


No Child Left Behind法が失敗かどうかは現時点では判断できない


と思っています。なぜなら、2012年-2013年の学業成績で判断することになっているからです。さらにいうと、テレビ番組、そして新聞記事ともに、ニューヨーク大学・ラビッチ教授の発言を取り上げていますが、この方の言う、


NCLB法は失敗だった、教育の質は上がるどころか下がった


は何を根拠に言っているのでしょうか?(テレビ、新聞ともに報道できる内容に限りがあったので、理由の部分が省略されてしまったかもしれません)。まず大前提として、学力が下がったか、上がったか?でいうと、


アメリカ全体の学力は下がっていません!!


急激ではないですが、上がっています。


http://nationsreportcard.gov/ltt_2008/ltt0005.asp


上記は、アメリカ連邦政府が管理運営する(上記で既に述べた)データ分析結果(数学で、9歳、13歳、17歳)です(つまり、アメリカで最も信頼される全米規模の学力の推移を示したもので、National Center for Educational Statisticsから引用)


見て分かりますが、NCLB法が可決され、施行されたのは2002年1月8日なので、施行後の最新の学力結果はリンク先のグラフで言うと、2004年で、その前にデータを取った1999年に比べて上がっています。グラフは2008年まで表示されていますが、2008年時もまだ上がっています


******敢えて上がってないのは17歳ですが、これも下がってません


2004年から2008年まで上がり方が99年から04年のような上昇率でないかもしれませんが、これ多分(私が思うに)不景気のせいかもしれません。


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この連邦政府のデータ分析結果は、他にも表示していて、それも見たのですが、やっぱり全体的には数学は上がっていて、Readingが同じくらいかな・・・といった感じでした

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いずれにせよ、学力は下がっていないので、ラビッチ教授の学力が下がったと言う根拠は何か分かりません(ってか、ラビッチ教授の経歴見たら、


serve as a member of the National Assessment Governing Board


(National Assessment Governing Boardって、リンク先のNational Center for Educational Statisticsが管理する同じ政府機関!!(つまり、私がさっき示したリンク先の機関のメンバーだった人)ホントにメンバーやったんかい!!って思わずツッコミいれそうになりました・・・)。


<総論>


予想通りですが、このネタ書き始めると、言いたいことが沢山でてきます・・・。NCLB法は本当にアメリカでは賛否両論で未だに議論がありますが、失敗と決めるのは少々無理があり、私は個人的にはNCLB法のおかげでアメリカの教育改革の突破口が開けたのでは・・・と思っています。


とはいえ、今現在NCLB法のWaiverを各州政府が求めている、又は既に受理された・・・というのも事実です。ただ、この法律のおかげで、オバマ政権のRace to the Top、私が関わっているCommon Core State Standard・・・といった教育改革がやりやすくなった、ということを考えれば、最初にどーんと大きな改革を掲げると、反対もまた多いのかな・・・そんな気がします。


というわけで、日本のテレビ&新聞報道については、次回(ワシントンDC元教育長のミシェル・リーに関して)に続きを書きます。